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冒険者ギルド

 商工ギルドを後にした俺達は、アケミとヨシエを引き連れて冒険者ギルドへと赴いた。

「商工ギルドで話している事がさっぱり解らなかったけど、売れる事になったのよね? 大儲けなのよね?」

 アケミが顔をテカつかせて身を乗り出して来る。

「大儲けって訳でも無いが、この町では多少動き易くなったってところだな」

「なあんだ……旦那様の事だから悪どく儲けたのかと思ったら……」

「そして逃げ回るのか? 今回の商売は逃げなくても済む様に地元商会の顔つなぎの挨拶みたいなもんだ。多少の損は経費として割り切る」

「最初からそれが出来ていれば逃げ回らなくても良かったのにねぇ」

 アケミのくせに耳の痛い事を言う。

 冒険者ギルドなる場所に到着してドアの無い入り口をくぐると、酒と汗と草の汁が混ざった様な独特の臭いが充満していてレッドバック時代を思い出す。ドアは最初から無い訳では無くて、力任せに引き千切られた様な痕跡が見える。

「ああ……この臭い……人間のクズみたいな連中が集う臭いだ」

 正直ウンザリする。

 ジロジロと無遠慮にこちらを伺う視線はまるで物理的に触られているかの様な錯覚さえ覚える。

 受付カウンターの内側では受付係らしい化粧が濃くて露出の多い女が、仕事中に編み物をしているので声をかけて見た。

「あのすいません。今宜しいですか?」

「ちっ……」

 受付嬢は舌打ちと共に編みかけの謎の物体を乱暴にテーブルに置くと、こちらに目も合わせずに投げやりに応対する。

「はーい、ご依頼でしょーかー?」

 受付嬢の目の覚める様なクズ対応に、こちらもうっかり清々しい気分になってしまう。

「あー、えーと。冒険者ギルドの登録なのですが、こちらで受け付けてくれのでしょうか?」

 努めて冷静に笑顔を忘れずに丁寧に要件を伝えてみる。

「弱っちい人は必要ありませーん」

 それまで様子を見ていた冒険者達から盛大な笑いが巻き起こる。

 確かに冒険者ギルドなんて物は、一つの強い冒険者パーティーがどんどん膨れ上がり、事務手続きをする人間やダブルブッキングした依頼を片付ける為の予備人員、荒事の中でも難易度の低い依頼を片付ける人員と、元は一つのパーティーが肥大化して行った物であり、ギルド側から「必要は無い」と言われればこちらが無理に加入する事は出来ない物である。

 だが、冒険者ギルドに加入している。若しくは冒険者ギルドに加入している程の強さを持った肩書きは持っていると非常に便利なので是非とも手に入れたいのである。

「ああ、僕では無くて後ろの彼女なのですが無理ですかね?」

 緊張した面持ちのヨシエが一歩前に出る。

「女性ですとぉ、慰安要員としてなら募集はしてますよぉ?」

 専属娼婦の募集はしているらしい。ヨシエの表情が苦虫を噛み潰したようになり、居合わせた冒険者達から冷やかしの歓声があがった。

「よお、よお姉ちゃん。なんなら試験をしてやろうか? このまま帰るのも釈だろう? 但し、誓約書は書いてもらうがな?」

「誓約書?」

 ヨシエとの会話に割り込まれた男が露骨に嫌な顔をしながらも、誓約書を見せて来る。

 誓約書の内容はザックリ言うと、試験試合を行うにあたってどの様な目にあったとしても双方合意の上での事なので一切文句は言いません。それが殺人でも性的陵辱であっても、結果勝っても負けても採用、不採用について文句は言いません。

 と、かなり身勝手な誓約書であった。

「この誓約書は双方書くのですよね?」

 誓約書を持ち出した屈強そうな大男は太い眉をピクリと動かして俺を睨み付けた。

「いえ、こっちが殺された時には文句は言わせないけれど、そっちが殺された時には治安組織に泣き付いて揉め事になるなんて事になったら……」

「ああん?」

「ああ、耳が遠いので? もう一度言いますね」
「聞こえている!」

「こっちも聞こえているので、そんな大声を張り上げなくとも聞こえますよ?」

「誰が誰に負けるって言ってるんだ?!」

「聞こえなかったので?」

「聞こえている! 俺がそんなヒョロっこい女に負ける訳無い! そんな誓約書などいらん!」

「じゃあ、こちらも書きませんよ。その代わり、勝負の内容に不満があった時には大騒ぎしますよ?」

 屈強な大男は血走った目でこちらを睨みつけると受付カウンターに置いてある羽ペンを掴み取り、誓約書に自分の名前を書き殴った。

 大男がバンと大きな音を立てて誓約書をカウンターに置くと、ヨシエの分の誓約書をこちらに差し出して来る。

 大男が書いた誓約書をドサクサ紛れに受付嬢が何処かに持って行こうとするのを制止して、俺の懐にしまい込む。

「ちょっと!」

「ほら、受付嬢も貴方が負けると確信しているから誓約書を横取りして有耶無耶にしようとしていますよ?」

「ちが……」

 余程頭に血が上っているのだろうか、大男は受付嬢を睨み付けると、彼女の鼻っ面に大きな拳を容赦なく叩き込んだ。

 壊れた人形の様に床にうつ伏せになった受付嬢は、呼吸をしていない様にも見えるが静まり返った冒険者達は誰も咎めない。

 命の軽い世界は本当に嫌だ。

 誓約書にサインを書き込んだヨシエは鼻歌交じりに自分のナイフをシースから取り出して、握りの調子を確かめる様に素振りを始める。コイツも殺る気満々である。

「ヨシエ、今日はこっちを使え、魔方陣も使って良いぞ」

 俺が取り出したのは最近ヨシエが鍛錬として、素振りなどに使用している『バールの様な物二号』である。
 長さ百二十センチ、重さ三キロあり、鍛造鉄で作られた頑丈だけが取り柄の鉄の棒である。重さ的にヨシエの得意技である斬撃とか言う離れた相手の首を落とすふざけた技は、スピードも重要なファクターらしいのでアケミ特製の軽量化魔方陣も貼り付けてある。
「動け」の掛け声で魔方陣を起動する事により軽くて頑丈な棒になり、「止まれ」の掛け声で魔方陣が止まり重くて頑丈な棒になる特別な棒である。

 ちなみに一号はヨシエが素振りの途中で手を滑らせて谷底に消えて行った。

「えっと……相手を殺しちゃう事になるけど良いんですか?」

 ヨシエがナチュラルに冒険者達を煽った事により会場は満場一致でヒートアップして行く事になった。

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