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第二百九十三話

 沈黙が落ちる。長かったような、短かったような。
 その中で、俺はゆっくりと首を傾げた。

「……なめてんの?」

 ちょっと本気で殺意を漏らしつつ脅すと、獣人はひぃ、と引きつりながらも、なんとか踏ん張って睨み返してくる。さすがの根性ではある。

「ほ、ほほほ、本気だっ!」
「そうだ! こういうこともあろうかと策を練っていたんだよ!」
「どうだ、思いもしなかっただろう!」

 口々に言う獣人の頭領たち。
 俺は呆れてあんぐりしていた。
 いや、だって。頭が複数人も集まって出した結論が料理対決て。どないやねん。
 だが、と俺は思い直す。これはこれで考えられているのだろう。連中の心理として、焔ほむらから遣わされてくる使者となれば当然、強者を思い描いていたはず。実際、俺が人間だって分かってどよめいていたし。
 だからこそ、その強者が苦手とするもの、という一点だけに集中して議論を重ねたんだ。

 その結果が料理対決ってのはちょっとどうかと本気で思うが。

 とはいえ、これは受けるべきかどうか。
 突っぱねてぶっ飛ばすのは多分簡単。でもそれをして、果たして彼らが納得するかどうか。そもそもどう勝負するか、なんて決めてもいないし、こちらから提示もしていない。

「……(ほむら)め……やってくれたな」

 ってことは、こういう状況になるってのを分かってて敢えてやったな、アイツ。
 本気で何考えてんだってぇの。
 これについては後で抗議するとして、俺はため息を一つ漏らす。

「……分かった。受けて立ってやろう。ルールは?」
「よくぞ言った! この料理対決は食材調達から始まる時間制限制だ! 勝負は三連戦! 一人につき、それぞれ味、見栄え、そしてマズさ! この三つで勝負する!」
「おい待て。ちょっと待て、最後のはなんだ」
「ただ味で三つも比べるのはつまらんだろう。だから三つ用意したんだ」
「だからってマズさって……」

 それ、勝負になんのか?

「がっはっはっは! 自慢じゃないが、我ら獣人の男衆は全員料理が下手だ! 悶絶させてやるぜ!」

 いやそうじゃないんだけど、っていうかまぁ、それならそれで良いんだけどさ。

「別に良いけど。食材調達ってのは狩りをすれば良いのか?」
「そうだ。言っておくが、狩りに行くメンバーと料理をするメンバーは別々だぞ。調味料に関しては加工や確保が難しいからこちら側で用意した」

 まぁ妥当だな。そういうところは公平性を持って来ているらしい。
 獣人が指を向けると、テーブルにカバーがかけられている。合図と共にカバーがゆっくり取られると、そこには色んな調味料があった。塩、砂糖、スパイス、ハーブ。高級品のはずの胡椒まで丁寧に用意されている。

「足りないと思った調味料は各自で手配しても構わんぞ」

 自信満々に付け足されて、俺は大きく頷いた。その言質は大きいぞ。
 思いながら、俺はメイ、セリナ、アリアスを見る。料理に関してはこの三人に任せて大丈夫だ。狩りは俺とブリタブル、ルナリーで済ませれば良い。後、ポチとクータもいるし。

「勝負は晩御飯時――十九時とする! 異論はないな?」

 今が十一時だから、約八時間だ。十分過ぎる。
 皆を見渡して、同意を得てから俺は頷いた。

「よし、異論はない。後は審査員だけど、どうする……」
「はーっはっはっはっは! 面白そうじゃねぇか!」

 俺の言葉半ばで炎を撒き散らしながら姿を見せたのは、焔ほむらだった。
 絶対どこかで見てたろ。これ。
 思いっきり咎めの視線を送ってやるが、本人は気にする素振り一つ見せない。本気で気にしてないからな。
 獣人たちの方は一気にどよめく。
 その間隙を縫うように、(ほむら)は矢継ぎ早に言う。

「審査員は特別に俺様が用意してやろう! これも公平性を保つってやつだ! ほれっ!」

 パチン、と指を鳴らして炎を生み出す。
 炎が象ったのは、人だった。だが、感じる魔力からして明らかに精霊のものである。
 ま、まさか味見とかそういうのをさせるためだけに精霊を生み出したっていうのか? うっわぁ。能力の無駄遣い、ここに極まれり、だな。
 とはいえ、公平なジャッジをしてくれるのは有難い話だ。
 いきなりの登場に加え、いきなりの横やり(獣人たちからすれば)だったが、批判は出なかった。
 動揺はしまくったけど。

「それでは、気を取り直して……試合――開始っ!!」

 どこで用意されていたのか、ゴォン! というドラの音がした。
 獣人たちが一斉に飛び出していく。
 数がいたから気付いていなかったけど、女性の獣人も多い。彼女たちが調理担当なのだろう。

 ちらりと観察だけしてから、俺たちは外に飛び出した。

 狩り場の指定はされていないが、ここら周辺で取れるものだろう。

「ブリタブル。ここら辺で食えるのって分かるか? 肉で」
「無論だ。この辺りならフェナ豚やアズラ牛、クレーバード鳥とかが有名で、美味いな」
「じゃあそれ、狩ってきてくれ。クータとポチと一緒に」
「承知した」
「俺とルナリーは野菜とかの確保な」

 野菜に関しては俺の《鑑定》スキルでどうにでもなる。
 ブリタブルとポチをクータに乗せて肉の確保を任せ、俺とルナリーはオアシスの森へ入る。

「さて、と」

 コキコキ、と首を鳴らしてから、俺は魔力を高めた。

「《パッシブ・ソナー》」

 放ったのは、広範囲を索敵できる魔法。今回は食材というか、植物に焦点を当てている。
 ややあって返って来た反応全てに、俺は《鑑定》スキルを撃ち込む。

 普通なら膨大な情報量が一気に流れ込んでくるが、俺は食べられるかどうかだけをピックアップして《鑑定》を撃ち込んでいる。

 その二つを組み合わせ、俺たちはさっさと回収に向かった。
 美味しいかどうかまでは分からないので、こっからはルナリーのカン頼りだ。

「これとか美味しそうだな」
「うん、いい。しあわせ、感じる」

 ルナリーの食材に関するカンは完璧だ。
 おかげで山菜も野菜も果物もキノコも色々と採れた。特にイモ類を確保出来たのは大きいと思う。持ち運びは魔法袋に入れれば一切の問題はない。

 一時間くらいで収穫を終え、俺たちは戻った。

 会場はまだ人だかりは出来ていないが、野外キッチンが整備されていた(たぶんも何も(ほむら)が作り出したに違いない)。設備としては上々だろう。
 メイはすでに準備を始めていた。
 使えそうな調味料から出汁を取っている様子だ。

「メイ、ただいま」
「おかえりなさい、ご主人さま。早かったですね」
「ルナリーがいたからな。色々と採ってきたぞ」

 言いつつ俺はビニールシートにも見える風呂敷の上に野菜を置いていく。途中で見つけた卵も取り出す。
 たくさん並べると、メイは目をキラキラさせた。

「うわぁ、スゴいです、ご主人さま!」
「ルナリーもがんばった」
「うん、そうだね、ありがとう、ルナリーちゃん!」

 メイが頭を撫でると、ルナリーのしっぽが嬉しそうに揺れる。
 微笑ましいやり取りを眺めていると、上から鳴き声がした。クータだ。見上げると、もう着地体制に入っている。
 今度は衝撃波を起こさないように緩やかな着地を決め、クータは背中に乗せていた狩りの成果を地面に転がす。
 牛、豚、鳥。本当により取りみどりだ。

『少し遅れたか』
「思いのほか大量だったのだ、ついついとな。すまぬアニキ」
「気にするな。大丈夫だ」

 ポチとブリタブルに俺は鷹揚に言う。
 むしろ頑張った方である。これで肉にも困ることはないな。
 しかも既に血抜きまで済ませてある。もちろん下処理はまだ必要だろうが、調理には使えるだろう。

「この辺りの肉は熟成させるよりもすぐに食べる方が旨味が強いのだ。ただ焼いただけでも美味いぞ」
「そうなのか?」
「そのようですね。じゃあ早速調理に掛かります。時間がたっぷりあるので、試し作りも出来そうですし」

 検分していたメイが頷くと、そう言って陽射し対策で来ていた長袖をまくった。
 後は見守るだけだな。
 俺たちは狩りとか採集班なので、調理を手助けすることは出来ない。まぁ、いても無駄なんだけど。

「ってちょっと待て、この短時間であれだけ狩ってきたのか……?」
「あのキノコ、タティールキノコだぞ、なんで激レアのを……」
「いや、肉もヤバい、あの豚、捕まえるのに三日はかかるって言うぐらい難しいのに……!」

 背後からコソコソ話が聞こえてくる。
 どうやら珍しいものも取ってきたらしい。まぁあまり気にしてないけど。
 だって、メイの作る料理はいつだって最強なんだ。負けるワケねぇよ。

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