第39話 思うところはあれど
◆◇◆
───────…………昨日は、王様がお帰りになられてから大変でした。
片付けをなんとかやってから、厨房でいただいた金の紙を改めて見て、再度エリーちゃんが『陛下からの招待状!』と教えてくれました。
金の色は、王家の証。
金髪とかは別に普通だけど、蝶で使う事を許されてるのは王家だけだそうで。
その事実を受け止めようにも、僕らは震えるしか出来なかった。
いつもなら、どっちかが落ち着いて体制を整えるはずなのに、そのどっちもが使い物にならず。せめてもと、無心とほぼ無言で今日の仕込みを必死にやりまくって気持ちを落ち着かせた。
ご飯は手抜きで簡単サンドイッチ。補正気にせずに食べてお風呂に浸かってから寝ました。
(まだ気力回復し切ってないけど、体力は万全かなぁ……)
今は、普通の開店作業をほとんど終えて、ドーナツの仕込みと道具の準備。エリーちゃんは裏で食パンをドーナツ用に切ってくれています。
「塩っぱいのもいるかなぁ……?」
王様の時のような事態もあるだろうけど、全員が全員羽付きラスクを受け入れてくれるかわからない。
材料のストックも、両方たっぷり作れるくらいあるが、ニーズに応え過ぎては店が成り立たないだろう。
ケースバイケースで接客するのはもちろんだけど、うちは僕とエリーちゃんだけしかいないから。
(それにしても、エリーちゃんが気づくまで『オネエ』ってわからなかったなぁ……)
髪は地毛かわかんないけど、金髪のサラサラストレート。
全体的にほっそりとはしてたが、肩幅とかを隠すのに色味の強い大判ストールを羽織って、服装はゆったりとしたワンピース。その裾が長くって脚は見えなかったけど、全体的にルゥさんに負けないくらいの美女。
化粧もしてたのに、あれが男の人だったなんて今でも信じ難い。
(顔に注目しちゃったから、胸とか見なかったせい?)
僕は胸にパッドなんて入れてないけど、気にならないくらい冒険者さん達からはアピールされている。
王様の場合、変装にしては凝ってたけど、容姿の凄さで体型を誤魔化したのかな?
「あ、それいいかも」
ジェフ達が気づいたような、仕草や体の一部で誤魔化せないのなら注目を別に向けさせればいい。
いきなり女の子らしくするのは逆に不審がられてしまうから、コンプレックスのこの顔を更に利用しちゃえばいいんだ!
(ちょっと、王様に感謝だ)
あの人が言ってた、社交ダンスの賭けとかについては隅に置かずに捨ててしまうけど。
「悩みはここまで! さて、油はそろそろあっためていいから」
ぐぎゅぅるぅううううううう
きゅるるぅうううううううう
コンロに火をつけようとした途端、後ろから大きな音が聞こえてきた。
「……どちら様?」
僕じゃないのは自分でわかってるので振り向けば、向かいのお家の影に音の発生源らしき人達がいた。
「ご、ごめんなさいっ!」
「ま、まだかな……と思い、まして」
お顔真っ赤っかだけど、肌が異常に白い子供達だった。
先に謝ってきた男の子と横にいた小さな女の子は兄妹なのか、仲良く手を握っている。お兄ちゃんは大体10歳前後、女の子は7歳くらいかな?
ご両親が見当たらないのはすぐにわかったが、迷子じゃないみたい。
明らかに、僕の店に目的があってきたような口ぶりもしてた。
(それに、服装はお祭りっぽい晴れ着だけど……)
街の子供達の恰好に似せてるが、生地は絶対いいやつだ。この子達の容姿もキラキラしてるし、何より行儀が良過ぎる。
普通なら、『まだなの〜?』とか『食べたい〜』って声を上げる年頃。いきなり、謝る事が出来る子供は限られている!
(絶対、お貴族様だ⁉︎)
もしくは、王様の子供──つまりは王子様と王女様って考えたが、御付きの人もいないのが不自然だ。隠れてるかもしれないけど、ここは普通に対応しよう。
何より、この子達はお腹を空かせてるから。
「いらっしゃいませ。まだ開店前ですが、うちのお店に?」
「は、はい! 昨夜、ち……お父さんから、美味しいパンをいただいたんです。それがこのお店のだとお聞きして」
「お、お兄……ちゃんと、来ました」
言い直したけど、行儀の良さは隠し切れていない。
んでもって、やっぱり王様のお子さん達でした!
(お父さん本人いいんですか⁉︎ お母さんの王妃様も見当たらないし⁉︎)
内心冷や汗だーだーだけど、ここは接客のプロ意識を保ったまま対応しなければ。なのでひと呼吸を置いてから、僕はにっこりと笑顔を作った。
「それはありがとうございます。ちなみにどんなパンか伺っても?」
「えっと……大きな羽根みたいなチーズがついたパンです!」
「カリカリで……お、美味しかったです」
はい、証拠確定。
けど、それを希望なら材料を裏に取りに行くしかない。
待てるかどうか聞こうとしたら、王女様の方がコンロの鍋に視線を向けていた。
「あ、あれで……何を、作るん、ですか?」
「こら、メイリー。店員さんを困らせてはいけないよ」
「ご、ごめん、なさい……」
「大丈夫ですよ? あれでは、ドーナツを作るんです。街で普通に売ってるのとは違ってチョコをつけたりしますが」
「「チョコ⁉︎」」
僕が説明をしてると、チョコの単語が出たら二人はキャロナちゃんのように興奮した声を上げた。
やっぱり、子供だから甘い物には目がないみたい。
「チョコを使うんですか⁉︎」
「はい。実演販売と言って、目の前で作らせていただきますね。時間がお有りでしたらお作りしますが」
「お金は持たせてもらいましたから、大丈夫です!」
「た、食べたい、です!」
「かしこまりました。では、少しだけこちらでお待ちいただいてもいいですか?」
「「はい!」」
店内で待たせてもいいかもしれないが、物珍しさとパンの棚に手を伸ばしかねないからだ。セキュリティに引っかかって大ごとになっても大変だし。
とにかく、急いで材料を持って来ることにした。
★・エリザベス視点・★
指を切らないように、だが素早く食パンを細切りにしていく。
スバルと出会って店員兼調理補助につくまで、料理なんて野営程度しか出来なかったのが、随分と変わってきた。
(それにしても、
昨日来た、ぱっと見金髪美女が。
だけど、大判のストールで隠せてても、あたしくらいの冒険者にはわかるくらいの肩幅と胸筋。
作り物の胸当てもせずに堂々と女装してる様は、口調と自分の体質のお陰ですぐにわかった。
ヨゼフさんから御来訪の可能性が高いと事前に聞いてても、まさか前夜祭直前にいらっしゃると思うだろうか?
(目的はスバルのパンか、スバル本人か……)
どっちも可能性はあったものの、スバルの気遣いと業務を遅らせちゃいけなかったから閉店作業をなんとか急いだ。
その間も、陛下との会話は至って普通。
少しスバルのトラウマを増やしかねない内容もあったらしいが、ラスクを購入して何故か王宮への招待状を手渡す事態に。
一度だけ、昔ロイズさんに見させてもらったのと瓜二つ。
事前調査はされてるにしても、何故御自ら?
「けど、慌てた以外にスバルは臆してなかった……」
あたしより歳上でも、接客経験は家業を手伝ってた分ずっと長く、自信に満ちあふれていた。
いくら陛下と知らずとも、男性恐怖症の対象だったあの方にはすぐに反応がない出てしまう、その状態にもフォローしてくれた笑顔。
あの笑顔に、何度救われてきたことか。
(……今頃、幼馴染みのロイズさんと会ってるだろうから。ロイズさんからも何か言ってくれると思うけど)
昨夜は、仕込みに打ち込み過ぎてうっかり蝶も送り損ねてしまったし。
「さて、食パンはこれでいいから。次は生地作り」
ふくらし粉や小麦粉に砂糖を混ぜたのに、牛乳を入れただけだが、スバルが言うにこれがドーナツの元と変わりないんだとか。
混ぜる作業は簡単だが、その前にやる手順が結構手間がかかった。
美味しくするのにも、工夫が大事だと言うこと。
「パン作りもだけど、料理には厳しいからなぁ。スバルって」
開店前から、実力はロイズさんから物凄く認められていた。
あたしも、あの時最初に食べたロールパンサンドでしっかりわかったし、他の作業も含めてまだまだ修行の身。四ヶ月目になる今日まで指導は相変わらず容赦がなく、ジェフ達が気づいたのとは違う面でスバルが男だと垣間見えた。
(他所者以上に、時の渡航者でもだいぶこの街にも馴染んでるし……)
もともと人見知りしない性格ないせいか、街の住民達とすぐに打ち解けていた。
あたしが蹴散らしてきた連中もだが、基本的には好印象を持たれる美少女顔に人当たりがいいタイプ。あたしが男だったら、間違いなく惚れてるタイプでも実際は男だ。
初対面の時は、思わず手を握ってしまったが、いつもなら瞬時に気づくのが遅れた。
(それに、今だって嫌悪感は出てこない……)
むしろ、仕事以外でも頼りたくなる感じだ。
冒険者だけで生活してきた時は、ソロが長かった分それでいいと思ってきたのにこの変わりよう。
だけど、この街が『魔術師の地』と呼ばれるくらいに、実力と努力が何よりもの賜物と認められるところだ。
充分にパン職人として、新米錬金師として実力のあるスバルが認められて当然。
「それに、恐怖症も少しずつ落ち着いてきたのもスバルのお陰だ……」
生地を混ぜる手を止めて、少し昔を思い出す。
恐怖症になるきっかけの事件後のことは、実は少しスバルに嘘をついてた。
本当は、救助されてもしばらくの間、ロイズさんや父さん達も怖くて仕方なかったのだ。
男らしい顔つきと体。低い声。
たったそれだけで、肉親や知人達を遠ざける程の恐怖を抱いてしまう。
元に戻るまで少し時間はかかったが、身内やロイズさんのご家族以外は、相変わらず強気で接するしか出来ない。
それを、初対面の時にスバルは覆してくれた。
「女顔だから? 声がそんな低くないから?」
疑問は尽きないが、さっきも思ったように未だスバルに恐怖症の症状が出た試しがない。
考え過ぎててもいけないし、一度ルゥさんかカミールさんに相談に乗ってもらおうかと決めることにした。
「エリーちゃん、今いーい?」
「あ、生地もう出来たけど」
ちょうどスバル本人がやってきたので、考えは中断。
「実は、表にお腹を空かせてた子供達が来てね? 早いけど、もう露店始めちゃおうかなって」
「こんな時間に、子供だけで?」
祭りの開会宣言も終わったかどうかで、広場からこの店までは結構距離がある。
複数で来るにしろ、親も一緒じゃないのに単独で来るのは少し不自然な気がした。
「うん。それと、恰好は街の子達に似せてるけど……多分、お貴族様か」
「もしくは、陛下の御子息達?」
「あ、わかっちゃった?」
言いにくそうな態度に、もしかしてと思ったことを言えば、スバルは少し青くなりながらも苦笑いした。
「中に入れると、パン食べちゃうだろうから待っててもらってるんだ」
「普通の子供を装ってるんなら、別におかしくない対応でしょ? 御付きの人とかはいなかった感じか」
「うん、全然見当たらなかった。あ、悪いけど材料運ぶの手伝ってもらっていい?」
「ああ。あと、対応しきれないとこはフォローするよ」
陛下の御子息である、王太子候補の第一王子殿下と妹君の御年齢ならあたしの恐怖症対象外だ。
「ありがとうっ! 助かるよぉ〜!」
「ちょっ、スバル⁉︎」
何も持ってなかったから良かったものの、思いっきり手を握られて上下に振られる!
あたしも初対面の時にやってしまったけど、柔らかくてもしっかりとした骨の感触に、何故か顔や体が熱くなってきた。
(な、なんで? スバルとのスキンシップとか今更なのに⁉︎)
心臓もなんかドキドキ言ってる気がして落ち着かない!
なので、強制的に止めさせてから二人で表に出ることにした。
「あ、そうだ」
扉から出る直前に、スバルはクロワッサンを二つだけ棚から掴んだ。
「待ってる間余計にお腹空かせちゃってるだろうから、これくらいいいよね?」
「……だね」
身分が関係のない世界から来ても、誰と分け隔てなく接するこの人は凄い。
あたしも、恐怖症克服のために精進しなきゃと思った。
だが、表に出た途端。
キラキラした期待に満ちた子供の姿と、遠くからでもわかりやすい護衛の気配に、スバルの危険察知能力くらいは鍛えた方がいいんじゃないかと思えた。