Monster Meets Monster 2
「あははははは! 何それ!」
「ですよね! おかしいですよね! よかったー、分かってくれる人がいて」
「いや、でもやっぱりそれはないだろ。なぁ、イツカ」
「どうだろ。そういう考えをする人もいるんじゃないかな」
学校から少し離れた場所にあるジャンクフード店。
その名をボスバーガー。
四人はそこで仲睦まじく笑いあっていた。
チアキはカレンと気があったらしい。
警戒していたライトも、すっかりその話術にほだされていた。
『東雲能力研究所 Aチーム顧問 東雲カレン』
四人の会話は、渡された名刺に対する驚きから始まった。
「東雲っ? 東雲ってあの東雲ですかっ?」
「飲食チェーン店とかファッションブランドとか経営してるあの?」
「最近じゃ世界企業ランキングでかなり上位まで食いこんだって話もあるね」
「うん、あの東雲だよ」
仰天した三人に、カレンは特に隠すでもなくそう告げる。
「すごい! すごい人だよライくん!」
「落ち着けって、チアキ。呼び方戻ってる」
「そんな人でもボスバーガーに来るんですね」
「あー、うん。確かによく意外だって言われるけど、ジャンクフードは研究職だと割とよく食べるんだよ。徹夜とかもやらなきゃいけない時があるから、お肌のケアは結構重要なんだけどねー。でも、楽だからついつい食べちゃう」
思いがけないセレブの誘いに緊張していた高校生組。
だが、これまでに数多の社交界を経験してきたカレンにとってはその緊張をほぐすことなど赤子の手をひねるほどにたやすいものだった。
かくして、いつの間にか四人の間には友好関係が生まれていた。
──表面上は。
いつの間にか購入したポテトやバーガーは全て平らげてしまっていた。
それでも、彼らの会話は終わらない。
「そういえば能力研究って、どんなことをしてるんですか?」
「お、研究職に興味がおあり?」
ライトの質問に、カレンは少し身体を傾ける。
服の合間からちらりと谷間がのぞいた。
そこに測定不能の吸引力が発揮されてしまうのは、男のサガというべきか。
「……ライくん」
「いっつ!」
暗い声にはっと気づいて目をそらしたときには、もう遅かった。
脇腹に走った鋭い痛みに、思わず彼は声を上げる。
女子高生だからと侮るなかれ。
彼女もヒーロー界で確固とした地位を築いている身。
その力は相当なものだ。
正面に座る美しい顔には、にやにやと意地の悪い笑みが。
気づいてる。
この人絶対気づいてやってる。
「どうしたの?」
「べ、別に何でもないっす!」
しかし、思春期特有の照れが、彼にそれ以上の追求を許さない。
美女の隣に座るイツカは、一連のやりとりを見て全てを悟ったらしい。
やれやれと言った様子で肩をすくめていた。
そして、のんきに手元のコーラまで飲み始めたではないか。
──いや、絶対イツカもそうなったって! だってすっげーデカ……。
ぎゅーっ!
「いってぇ! だから止めてくれって!」
「ライくんなんか知らない!」
……ちなみに、チアキの胸はなかなかにぺったんこである。
「あはは、面白いねキミたち。それで、なんの話だっけ」
容赦なく続きを促してくるカレンに、確信した。
この人絶対Sだ。
「これからお世話になりそうなところですから。能力はヒーローにとっての生命線ですし」
「……」
そっぽを向いていたチアキの耳が、ぴくりと反応した。
どうやら話自体は興味のあることだったらしい。
「うんうん、意識が高いのはいいことだよ。さすがヒーローって感じだね。
君は?」
その美しい視線が隣へと向けられる。
話をふられたイツカ。
まさか自分に矛先が向けられると思っていなかったらしいイツカは、ストローを口に含んだままきょとんと首を傾げた。
「俺、ですか?」
「うん。能力開発とかに興味はない?」
その問いかけに、彼は少し悩んで首を振る。
「持っていないものに興味はないですね」
「じゃあキミは能力を持ってるわけじゃないんだ。ヒーローじゃないの?」
「? はい、そうですよ。ヒーローにはなりたいですが」
「ふぅん……」
鋭い視線がイツカを射貫く。
絶対零度の冷気が、にこやかな笑みの向こう側からにじんでいた。
「ねぇ、何であなたはこのふたりと関わってるの?」
ライトには初め、何を言っているのか分からなかった。
一瞬遅れて、内から熱い感情がわき上がってくる。
その感情の名前を、人は怒りと呼ぶのだろう。
チアキも知らんぷりを止め、戸惑いの感情をカレンへと向けている。
「あの、東雲さん」
「カレンでいいよ。何かな、ライトくん」
瞳にこめているのは強い批判。
だが、敵意を向けられても、カレンの態度は微々たる変化もしない。
それが、さらにいらだたしさを加速させた。
「イツカは──」
「いいよ、ライト」
しかし、抗議の言葉は友人にさえぎられる。
「でもよ、イツカ」
「いいんだ。俺に能力がないのは本当のことだから」
そう告げるツカは、いつも通りだった。
今までこの友人が怒ったところを、ライトは見たことがない。
どこか陰はありながらも、いつも落ち着いていて、笑顔を絶やさない穏やかな友人。
彼はきっと、このことにも怒らないのだろう。
だからこそ、ライトはもどかしかった。
「ふぅん……。じゃあ、そんな君にお姉さんが朗報をあげよう」
「朗報?」
「そう、ここだけの話なんだけどね、能力開発プログラムの研究が今、進んでるの。能力向上が目的だったんだけど、副作用で能力を持ってない人にも発現する可能性がでてきたんだよね。今日わざわざキミたちに会いに来たのもそれが理由」
あ、事務所の方には許可もらってるから、安心してね。
そう言って彼女はどこからか取り出した書類を差し出してくる。
プリントは『能力向上プログラム参加証明書』と題され、個人情報を記入する欄がいくつも設けられていた。
「いえ、俺は結構です」
イツカはやはり表情ひとつ変えずに跳ねかえす。
美女の笑みが、いっそう深まった。
「あら、つれない。
でも、ヒーローになりたいのなら能力がないとなれないよ。今のままじゃ一生君のなりたいものになれないと思うけど」
「それでも、自分で手に入れたものじゃないとみんなに誇れないと思うんです」
「きれい事だね。
わたしたちは一をあげるだけだよ。それを十にするのも、百にするのも君次第。
ね、キミたちもそれは分かるよね」
ライトの答えは決まっている。
「俺はイツカの考えに賛成です」
自分の話だけじゃない。
今までイツカのヒーローになるための努力を彼は知っている。
朝方にジョギングしている姿もよく目撃していた。
ここで彼女の言葉を受け入れてしまうと、彼の努力が全て無に帰してしまうようで。
それがイヤだった。
「確かにそう、ですね。まずスタート地点に立たなきゃ始まりませんもんね」
「……っ」
だが、チアキは違った。
「あら、もしかして協力してくれる?」
「少し考えさせてください。後日お返事させていただきます」
「嬉しい返事、期待してるよ」
彼女は冷静に現実を見ていた。
自分と同じことを考えているものだと疑っていなかったライトにとって、衝撃だった。
そこに生じた揺らぎを、カレンは見逃さない。
「ライトくん」
「……なんですか」
「キミにひとつ質問をしてあげよう」
「質問……?」
細いひとさしゆび、ひとつ。
「ヒーローは何のために戦うと思う?」
「………………みんなのために、じゃないんですか」
ふっ、と。
答えを聞いたカレンの目が細められる。
喜びではない。
感動でもない。
そこにははっきりとした失望が見て取れた。
「うん、これはまだちょっとオトコノコには難しかったかな」
「いったいどういう──」
と、彼女の腰がピロンと軽快な音を立てる。
スカートのポケットを一瞥して、彼女は残念そうな声を上げた。
「あらら、もうそんな時間。さて、わたしはそろそろ帰らせてもらうね」
「え、あ……俺も帰らないと」
その言葉で現在時刻に気づいたらしい。
イツカは急いで帰り支度を始めた。
「あたしたちはどうする、ライト? もうちょっといる?
……って、どうしたの?」
「あ、あぁ、いや、何でもない。出るか」
「ライト……?」
うつむいて、そそくさと周囲をまとめる。
自身を心配するその瞳を、彼は正面から見ることができなかった。