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Monster Meets Monster 1







 ──キーンコーンカーンコーン。
 鳴り響くチャイムの音とともに、二年C組の教室は騒然とし始める。
 それまでの静けさはどこへやら。
 走り去るように出て行く男子生徒や、姦しく会話を始める女子生徒。
 担任教師の男性がやれやれと呆れたような声で注意喚起しながら去っていく。




「イツカ、どっか遊びに行こうぜ」
 一介のプロヒーローである榊ライトも、この空間では制服に身を包み、学生生活を謳歌するひとりの高校生だ。




 個人情報はそれぞれヒーロー協会とヴィラン同盟に保護されているため、マスクの下にあるその素顔を知る者は少ない。
 ライトの場合、同期でヒーローの世界に入った幼なじみと、高校で出来た親友のふたりだけ。
 学校側にはヒーロー活動をしているという書類のみの提出になっている。




 それぞれの団体や事務所で公開されている情報の中には身長や体重などといった個人的なプロフィールもあるが、顔写真などはっきりと本人を特定できる情報は載せられていない。
 せいぜいマスク姿が公開されているぐらいだ。




「今日は能力実習はないの?」
 この学校では、能力の有無で生徒たちを区別していない。
 その代わり、放課後に一時間ほど能力者専用の授業が設けられている。
「あー、うん。今日はちょっとな。じいちゃんから、昨日のダメージが残ってるから休めって。一応、夜には稽古をつけてもらうつもりだけど」




 特訓を重ねて引き締まったその身体に目立った外傷は見えない。
 ヒーロースーツに組みこまれている衝撃吸収作用のおかげだ。
 ただ、その見えない内側──心には大きなヒビが入っていた。




「……そっか。オッケー、いいよ。どこに行く?」
 イツカは何かを察した様子。
 しかし、何も言わずに会話を促す。




 正義と悪をその身で表した彼らは、敵視の目を受けやすい。
 それがどれだけ客引きのための見せかけであろうとも。
 ゆえに、それを気にせず自分に接してくれる友人は、ライトにとって非常にありがたいものだった。
 友人の優しさに感謝しながら、ライトは口を開こうとして──




「──ボスバーガーとかどうかなっ?」
「うおっ!」
 ライトの背後からドンッと衝撃が加わった。




「っとと。チアキ、脅かすなって!」
 負ぶさるように飛びついてきたのは、ふたりのクラスメイト、美郷チアキだった。
 肩から手を回しながら、彼女は背中の上で人好きのする笑みを浮かべる。




「たはは、ごめんごめん。ついやっちゃいたくなって。でも、五条くんだって共犯だからね! あたしのこと知ってて黙ってたんだから」
 ライトの視線を受けて、さっと目をそらすイツカの姿。
 答えは火を見るよりも明らかだ。




「いや、夫婦の戯れをジャマするのも悪いかなー、と」
 友人の口から流れるように放りこまれる爆弾。
 まだ夕焼けがまぶしい時間でもないのに、二人の顔が真っ赤に染まる。
「「ふ、夫婦って俺(あたし)たちはまだそんな!」
「はいはい、おあついおあつい。夏のシーズンはもう終わりましたよ」




「「だから違うって言ってるだろ(じゃん)! ……あ」」
「ごちそうさまごちそうさま」
 息はぴったり、さすが教師も認めるクラス公認夫婦。
 本人たちの口からは認めていないので、非公式ではあるのだが。




 それからいくらか世間話に興じた結果、三人の行き先はボスバーガーに決定した。
 三人で教室を出て行こうとした時、はっと気づいた様子でスマホを取り出す。
「あ、ちょっと先行ってて。帰るのが遅れるって妹に連絡しとくから」
「はいはーい。相変わらずシスコンだね、五条くんは」
「あんまり遅いと置いていくからなー」




 にやり。
 イタズラが成功したようなその表情を見て、ライトは自分が悪手を打ったと悟った。
「じゃあ遅れていくよ。おふたりで放課後の逢瀬をどうぞ楽しんで」
「あー、あー! 今の無しだ! 無し! 絶対に待っとくからな! なぁ、チアキ!」
 恥ずかしさのあまり、ライトは全力で否定する。
 しかし、返ってきた反応は彼の予想していないものだった。




「……別にそんなに強く否定しなくてもいいじゃん」
「え」
「ほら、先行っとこ」
「あ、ちょっと待ってくれよ、チアキ!」




 ライトとチアキがセットで考えられていたのは、今も昔も同じだった。
 家が隣どうしである彼らが幼い頃からよく一緒に遊んでいたからだ。
 周りには否定しつつも、彼らも心のどこかでは自分たちがいつか”そう”なるのだろうと確信に似た何かを持っていた。




 だが、最近ふたりは少しすれ違いつつあった。
 主にライトが特訓に明け暮れるようになったのが原因で。
 ここ半年で二日しか休みをとらなかった、と言えば彼の必死さが伺えるだろう。
 今日は三日目の休暇で、それを聞いたチアキはワクワクしていた。




 自分を優先してほしいと本音では思っていても、彼の付き合いもあるし、それを言ったらチアキ自身も交友関係はあるわけなので、強くは言えない。
 でもいっしょに遊ぶくらいならいいよね……。
 そんなことを考えている中でのライトの言葉である。
 自分たちの関係が否定されたようで、チアキは気に入らなかったらしい。




 戦うヒーローも、自分の幼なじみ相手には頭が上がらない。
 情けなく追いかける友人の姿を眺めながら、イツカはまだ教室に残っているクラスメイトに問いかける。
「あのふたり、いつ結婚すると思う?」




「普通に大学卒業したらとか」
「そんなに先かな。二十歳でしそうじゃない?」
「いーや、あれは高校卒業と同時にヤるな」
「実はああ見えてもうヤってんじゃね?」




 今日も星木高校二年C組は平和だった。








 玄関口に向かうと、そこには人だかりができていた。
 ちょっとした、なんてレベルではない。
 押せや引けやの大所帯だ。




「何してるんだ?」
 ライトはその集団の最後尾にいた友人に話しかける。
 すると、彼は興奮した様子で校門の方を指さした。
「榊と美郷ちゃん! いや、あれ見てみろって!」
「あれ?」




 そこには美しいひとりの女性がいた。
 秋風に吹かれるセミロングの髪を抑えるその様は、絵画の中から飛び出してきたかのよう。
 生徒だけではなく教師も、その美貌に釘付けになっている。
 いや、見惚れるな、というのが無理な話だ。




 それでも近づこうという猛者が現れないのは、周囲に三人の黒服がいるせいだろう。
 ボスバーガーのマスコットにも似た彼らは、自らの主に近づけまいとその周囲を固く守っている。




「うわー、すっごい美人……しかもあれ、ボディーガード?」
 隣にいるチアキは興味津々らしい。
 その声に応えようとして。
 ──怖い。




「え?」
「どうかしたの、ライト?」
「……いや、何も。誰かを待ってるっぽいな」




 ライトはそれは心から聞こえてきた声だと気づかない。
 いや、もしかしたら本能が目をそらしていたのかもしれない。
 あの美女に恐れを抱いたということに。




「待たせてごめん、ふたりとも……って、何これ?」
 そこにイツカがやってくる。
 事情が飲みこめていないらしく、目の前の光景に若干ひいていた。




「それが──」
 ライトたちは理由を説明する。
 ちらりと人の壁の向こうから様子を見た彼は、苦笑いを浮かべた。
「気にしないで行こうよ。ライトだって特訓の時間もあるだろうし。こっちもあんまり遅くなると妹が心配するから」
「……さすがシスコンで有名な五条くん」
「美人を妹に持つとこうなるのか……」




「美人って、ふたりとも俺の妹見たことないでしょ」
「見たことないというか、見せてくれないのはそっちだぞ」
「そうそう。写真ぐらい見せてくれてもいいじゃん」
 チアキの言うとおりだ。
 イツカの顔は、友人のライトから見ても整っている。




 敵意を感じさせない表情に、穏やかな性格。
 加えて、男女問わず平等に接するコミュ力を持つのがこの五条イツカという少年だ、




「……気が向いたらね」
 こんな風に、曖昧な笑みを浮かべて自分のことを話したがらないのはたまにキズだが。




 校門前で美女が立っているとしても、生徒の行き来は止まらない。
 避けるように裏口から出る者もいれば、伺うように校門から出て行く者もいる。
 後者の中には顔を近くで見ようという人々も一定数いたが、ことごとく周囲の黒服にガードされていた。




 逆に言えば、近づきさえしなければ何もされない。
 それ以上に運がよければ男たちの壁の向こうから微笑んでもらえるということが分かっては、校門に向かう生徒が急増するのも仕方のないことだろう。




 そんな中に混じって、三人は行く。
 ライトは胸によぎる違和感に首を傾げながら。
 チアキは興奮したようすで。
 しかし、どこか自分たちに関係のないことだと認識していた。




「ねぇ、そこの君たち。ちょっといいかな?」
 自分たちが話しかけられるなんて、考えてもいなかった。




 通りかかったライトたちを招くために、男たちが間を空ける。
 その動きは統制のとれた働きアリのよう。
 奥には美女の姿。
 ライトにはその光景が、大口をひらく蛇のように見えた。

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