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第9話  レビング邸へ

事情を父さんに説明したらめっちゃ怒られた。

 ステータス値ではこちらが圧倒しているとはいえ、5歳の子どもがゴブリンとオークにケンカ売ったとなれば、親としても心配になるだろうしそこは反省している。それに、ふたりが本気で俺を心配しているのがありがたかった。

「まったく……これからは気をつけろよ」

 父さんはお説教をそう締めくくって、いつもの調子に戻っていた。こういう空気の切り替えがうまいところは見習いたい。

 ちなみに、レビング家招待への件は伝えた。

「貴族に恩を売るなんてでかしたぞ! その妹をうまく誑し込めば貴族と身内の関係になって生活も華やかになるぞ!」――というゲスい発想に至らないのがうちの両親の誇らしいところである。

 ただ、まだ5歳である俺がレビング家に招待されて粗相をしないかどうかは大変気にはなっているようだった。

「フォルトは年の割に落ち着いているし社交性もあるから問題ないと思うけど……」

 若干の親バカ要素をのぞかせながら、母さんは深いため息をついた。うーん……王都であったレビング伯爵の印象は「温和な人格者」って感じだし、多少の粗相で目くじらを立てるようには見えなかったけど。まあ、それはこちらの世界の価値観はまた別物だろうし、とにかく俺が失礼のないよう細心の注意を払って立ち振る舞えばいいだけの話だ。

 俺は両親におやすみの挨拶をしてから自室へと戻った。
 もともとは倉庫だった部屋を、母さんが妊娠したのをきっかけに父さんが子ども部屋へ改装した部屋だ。わざわざ庭に新しく倉庫を建ててまで用意してくれたこの部屋を、俺はとても気に入っている。

「ステータス」

 これまた父さんの手作りベッドに仰向けに寝て、俺は自分のステータスを呼び出す。


【フォルト・ガードナー】  種族・人間  レベル94

 HP   880
 MP   824

 攻撃   678
 防御   572
 敏捷   554
 運    912



 スキル①【交渉術レベル99】
      レベル解放 ……【嘘看破補正A】
      レベル解放 ……【信頼補正A】

 スキル②【言語調整レベル99】
      レベル解放 ……【スライム族◎】
      レベル解放 ……【リザードマン◎】
      レベル解放 ……【ゴブリン◎】
      フラグ解放 ……【ドワーフ族◎】
      フラグ解放 ……【オーク◎】

 スキル③【対話能力レベル99】
      レベル解放 ……【同年代同性会話補正A】
      レベル解放 ……【同年代異性会話補正S】
      レベル解放 ……【年長者同性会話補正A】
      レベル解放 ……【年長者異性会話補正S】
      フラグ解放 ……【年下同性会話補正A】
      フラグ解放 ……【年下異性会話補正S】

 スキル④【言霊吸収レベル3】
      フラグ解放 ……【取得経験値2倍】
      フラグ解放 ……【詠唱吸収(風)】



 変更された点は最後の項目のみ。
 詳細をチェックしてみると、


【詠唱吸収(風)】 …… 風魔法の詠唱に込められた言霊を吸い込み、自らの魔力に変換できる。


「風魔法を吸収するってことか?」

 つまり、俺への風魔法は実質無効化されたってことになる? しかも、

「(風)ってついているんだから……他の属性も無効化にできるのか」

 もし、全属性のフラグ解放ができたら、魔法による攻撃をすべて無効化にできる……え? 何それ? もう無敵じゃん。

 ――なんて、浮かれていたけど、すぐに考えを改めた。

 問題は、このスキルの名称にもなっている【詠唱】の部分。つまり、魔法を使うのに唱えるいわば呪文に込められた言霊から魔力を吸い取るって考えでいいと思うんだけど、レベルの高い魔法使いの中には無詠唱で魔法を使える者もいるはずだ。詠唱を必要としない高レベルの魔法使いには効果がないだろう。
 あと、たとえばドラゴンの吐く炎とか、そういった類の攻撃も防げない。あくまでも詠唱付きの魔法に効果は限定されるってわけだ。
 この世界に存在する魔法使いの中で、無詠唱で魔法を扱える者がどれだけいるかわからないけど、その数によってこのスキルの有用性は変化していく――考えれば考えるほど、浮かれている場合じゃないな。

 とにかく、一度実戦してみないことにはなんとも言えない。今の俺には情報――特に魔法絡みの情報が少な過ぎる。今度王都へ連れて行ってもらった時は王立図書館で何冊か関連書籍を借りて来よう。幸い、この世界における読み書きに支障は出ていないから、内容も把握できるだろう。

「そういえば、こいつの解放条件ってなんだったんだ?」


《フラグ② ―― モンスターを3体以上倒す》


 ゴブリンを3匹倒したからフラグか解除され、スキルの追加効果が発動したのね。この条件って、最初からどんなものかわかっていたらすぐに入手できるのに、全部後告知だから厄介なんだよな。

 ……いいさ。ゆっくりやっていこう。時間はたっぷりあるわけだし。
 これからさらに追加されるだろう効果に期待を寄せながら、俺はゆっくりと瞼を閉じた。


 ◇


 翌朝。

 レナードの言った通り、リーン村には俺を迎えに来た馬車が来た。
その数――なんと7台。
 俺の想像を遥かに越える好待遇が待っていた。

「レビング家にとって大切な客人になりますので」

 風格漂う執事の男性が一礼して告げる。
 護衛ってこと?
 そんな厳重にしなくてもいいんじゃないか?
 スキルがあるとはいえ、今はまだただの木こり見習いなんだから。それとも、伯爵家子息と令嬢の命を救ったともなれば、これだけの大事になって当然なのか? 王国騎士団が苦戦していた赤オークが相手だったっていう点も考慮されていそうだな。

 俺は執事のログソンさんに連れられて馬車に乗る。
 御者に「お願いします」とあいさつしたら、王都で伯爵を乗せていた人だった。

「最初からおまえは只者じゃないと思っていたよ」

 嘘つけ。

 あ、そういえば、アイリには何も言わずに出て来ちゃったな。ま、これだけ騒動になっているんだから気づくだろう。それでも来ないってことは取り込み中なのかもしれない。逆に、この場にいたら「私も行く!」と言って無理矢理馬車に乗ってきそうだ。
 俺はそれでも構わないけど、向こうにだって都合はあるだろうし、無理を言うわけにはいかないよな。

 半ば強引に自分を納得させたところで、馬車は進み始める。
 王都へ行く道とは反対方向だったので、窓から見える景色はとても新鮮だった。途中で大きな湖があり、野生動物たちが気持ちよさそうに日光浴をしている。今度あの湖へ釣りにでも行きたいな。父さんに頼んでみよう。

 およそ1時間の馬車移動は、そんなことを考えている間に終わってしまった。
 到着したレビング家の屋敷は俺の想像を遥かに超越する大豪邸だった。
 屋敷の玄関へたどり着くまでには色とりどりの花が咲き誇る噴水つきの庭があり、メイドたちがお手入れに汗を流している。白塗りの屋敷は屋敷でとにかくデカい。一体どれだけ部屋数があるんだよ! そんなに必要ないだろ――と、ツッコミたくなるくらいだ。

「ようこそ、レビング家へ」

 馬車から下り、庭園の真ん中を突き進んで屋敷を目指す。
 その途中で、

「あ」

 庭園に設置された白いテーブルとイス。そこには、読書に夢中となっているひとりの少女がいた。かたわらにいるメイドさんは、昨日会ったプリムさんだ。そのプリムさんが、テーブルに置かれたティーカップにお茶を注いでいる。

 俺はその光景に釘付けとなった。
 まるで、一幅の絵画のような、まさに絵になる構図だった。
 

 透き通る銀色の髪。
 薄い桃色の唇。
 陶器のような肌。


 俺と変わらない子どものはずなのに、とんでもなく大人っぽく見える。

「どうかされましたかな?」

 俺の足が止まっているのを心配したログソンさんが声をかけてくれたけど、俺はすぐに反応することができなかった。ログソンさんは俺の視線から、その原因を突き止めて、

「サーシャ様が気になりますか?」
「っ! あ、い、いや、そういうわけじゃ」
「いやいや、お嬢様の美しさを前にしたら誰だってそうなります。それに、あの方には例のスキルが――」

 そこで、ハッと我に返ったログソンさんが口を手でふさぐ。でももう遅い。バッチリ聞こえたもんね。

「スキル? 彼女には、何か特別なスキルが宿っているんですか?」
「……申し訳ありません。わたくしの口からは何も言えません。このことは、他言無用でお願いしますよ?」

 静かに圧をかけられて、俺は首を縦に振った。どうやら、サーシャって子のスキルは相当ヤバいものらしい。ログソンさんも、俺が子どもだと思って油断してたんだな。ま、バラす気なんてさらさらないけど。

 庭園の先にある屋敷へ着くと同時に大きな扉が開く。その先では、

「やあ、待っていたよ――息子と娘の命の恩人よ」

 なんと、レビング伯爵自ら俺を出迎えてくれた。

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