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第10話  黒幕は?

「君にはいろいろと聞きたいことがあるんだ」

 レビング伯爵直々に案内されたのは広い庭園が一望できるティールーム。この部屋だけでもうちより広いっていうんだから凄いよな。

「この部屋でちょっとだけ待っていてくれ」
「え?」
「実は、朝早くから一件だけ来客の用があったんだが、それが長引いてしまってね。もうすぐ終わるから、先に入っていてくれ。メイドにはお茶を用意するよう言ってあるから」
「わかりました。俺の方は大丈夫ですから、先の件を優先させてください」
「ありがとう。では、またのちほど」

 伯爵は扉を開けて俺を中へと案内すると来客のいる部屋へと戻って行った。

 さすがに伯爵となると多忙だな。
 勝手なイメージだけど、貴族って豪華な部屋で「キャッキャウフフ」しているだけかと思っていたんだけどな。
 まあ、お茶を用意してくれるっていうんだから、それを飲みつつこのだだっ広い庭園を眺めているとしよう。
 ――と、思っていたけど、部屋にはすでに先客がいた。

「待っていたよ、フォルト!」

 レナードだった。

 人懐っこい笑顔で俺の手を握りしめるレナード。妹とは対照的に、こっちはコミュ力の塊みたいな人だな。顔立ちは気品ある文句なしの美男子だけど、性格的にはいい意味であんまり貴族っぽくない。俺としては、そっちの方が好ましいけど。
 でも、ここはきちんと立場をわきまえておかないとな。

「お招きありがとうございます、レナード様」
「そんな堅苦しい話し方をしなくていいさ。いつもの調子で話してくれ」
「い、いえ、そんな」

 無意識のうちに、俺の視線はもうひとりの先客へと向けられていた。

「レビング様もそれを望んでいる。君には、これからもレナード様と良い関係を築いてもらいたいのだろうよ」

 グランさんだった。

 伯爵の意思、か。
 命の恩人とはいえ、俺はただの平民だ。その平民と自分の息子をまるで対等な存在であるかのように扱うっていうのはどうなんだ? それこそ、同じ貴族同士で年齢の近い子もいるだろうに。

 ――でも、俺のスキル【嘘看破補正】は発動していない。
 つまり、グランさんは嘘をついてはいない。
 伯爵の意思というのも事実なのだろう。

 ……それでも、何か裏を感じる。嘘は言っていないけど、その裏では何か別の目的が動いている。そんな予感がした。

「フォルトくん、初めて訪れた貴族の屋敷はどうだい?」
「もう、なんか……圧倒されっぱなしです」
「庭園はもう見たかい?」
「先ほどチラッとだけですが」
「ならあとで僕が案内するよ。妹のサーシャにも会ってもらいたいし」
「でも、また怖がってしまうんじゃ」
「あの時はモンスターの襲撃ということもあっていつも以上に動転していたみたいで、本人も失礼な振る舞いだったと反省しているんだ。それで、君がうちへ来たら一度会って謝罪したいと言っていてね。今度はさすがに昨日のようなことはないはずだ」

 席につき、メイドさんが淹れてくれたお茶をすすりながら、伯爵が来るまでの間ずっと会話をしていた。出会って間もない人たちと、これほど長い時間言葉を交わしたのはいつ以来だろうか。

 それと、サーシャに嫌われていたわけじゃないようなので安心した。
 
「すまない、遅れてしまった」
「失礼します」

 安堵のため息を漏らしたところで、レビング伯爵がやってきた。その傍らには、初めて見る小太りの中年男性が立っている。もしかして、早朝から伯爵に会いに来たっていう来客か?

「おや? あなたはフォンターナ商会のアレン・フォンターナ殿か?」
「これはこれは、王国騎士団のグラン・ファーガソン分団長殿に名前を知っていただけているとは光栄ですな。こうして挨拶に伺った甲斐があるというものです」 

 大人同士の挨拶を交わしたあと、アレンさんは俺の方を見て、

「ん? 君は?」

 露骨に表情が険しくなったな。
 まあ、俺の身なりからして、ただの平民っていうのは一目瞭然だし、なんでこんなみすぼらしいヤツがいるんだってことなんだろう。

「彼は昨日のモンスター襲撃事件でレナード様とサーシャ様を救ってくださった恩人だ」
「おお! あの事件は王都でも話題になっているよ! まさか君がその救世主だったとは!」

 ガラリと態度を変えて握手を求めてくるアレンさん。この変わり身の速さ……さすがは商人だな。

「私はてっきり昨日の襲撃事件はファーガソン殿が解決したと思いましたが」
「恥ずかしながら、思いのほか苦戦してね。こちらのフォルトくんに助けてもらったのだ。なかなか見込みのある少年だよ」
「ほうほう……そういえば、エレン教会の神官殿がとんでもないスキルとステータスを持った子どもを見つけたのに王立教育機関へと入学を断られて嘆いていたという噂がありましたが、その子どもというのが――」
「あ、それ俺です」

 神官さんそこまで落ち込んでいたのか。
 ていうか、この世界に個人情報保護とかって概念はないのか?

「はっはっはっ! 若者が元気なのは頼もしいことですな!」
「うむ。私としても、将来が今から楽しみで仕方がない!」

 笑い合うふたり。
 遠くから見ていると、良好な関係を築いているように見える。商人と貴族か……レビング家の領地内における商談のために来ていたのかな。


 ――でも……なんだ?
 胸騒ぎがする。


 アレンさん――嘘をついている?


 漠然とだが、俺の中でアレンさんへの不信感が急激に膨らんでいった。
 これも【嘘看破補正】のはたらきなのか?
 警告音は発せられていないが、アレンさんがどんどん怪しく見えてきた。
でも、俺がスキルを正確に発動させるためには直接アレンさんと会話をしなければいけないし、何に対して嘘をついているのか、その話題に触れなければ詳細な看破はできない。ここは強引にでも会話に割り込んで聞き出してみようか。

「では、私はこれで失礼致します」

 と、決意した途端にアレンさんが退室してしまった。あとを追いかけようにも変な感じになるし、何より、

「では、昨日の事件の顛末を聞かせてもらおうか」

 レビング伯爵はすでに席に着き、キラキラしている瞳でノリ気となっている。ああ、この好奇心を無視してアレンさんを呼び止めるなんてできない。
 
 ――それに、ぼんやりしている印象だけの話より、昨日の赤オークが臭わせた黒幕の存在について伝えておくべきだろう。

 事件の発端についてはすでにグランさんが報告を終えていた。
 王都での用事を終えた兄妹ふたりは、ファーガソン分団を護衛につけ、馬車で帰路に就いている際に、突如茂みからゴブリンが姿を現し、それからオークも出現したという。
 本来のファーガソン分団の実力からしたらあっという間に殲滅できるはずなのだが、この時ばかりは勝手が違っていた。

 モンスターがめちゃくちゃ強かったのだ――特に色違いのオークが。

 俺がゴブリンを数体倒したため、戦力差がようやく有利に傾いて倒すことができたのだという。で、ここからが肝心な俺のターン。

「あの時、俺はあの赤いオークと言葉を交わしました」
「グランから聞いたが、君が持っているのはそういった言語系スキルばかりらしいな」
「ええ。その言語系スキルのうちのひとつ――【言語調整】というスキルが、モンスターとの会話を可能としています」
「【言語調整】……やはり聞き慣れぬスキルだな」
「まだすべてのモンスターと会話できるわけではありませんが、オークについてはすでに条件解放されていたので言葉の意味が理解できました。その時、オークは何者かに命令されてレナード様たちを襲ったと言っていました」
「! なんと!?」
「裏であのモンスターを操っていた者がいたのか……」

 伯爵だけでなく、グランさんまでも驚きの声をあげる。

「……私に恨みを持つ者の犯行か?」
「いえ、もしかしたらアースダインという国家そのものに対する宣戦布告かもしれません。それに、モンスターが苦し紛れに言い放った妄言という可能性もあります。とにかく、他にも似たような事件が起きていないか、私は城へ戻って騎士団長へと報告してまいります」
「わかった。頼むぞ、グラン」
「お任せを」

 さすがは分団長を務めるほどの人物――冷静だ。
 それと、あくまでも個人の見解だけど、伯爵を恨む人なんていないと思う。
 凄くいい人だし、何より言葉に裏表がない。言葉を選びながらも本心はきちっと伝える誠実なタイプの人間だ。
 だとすると、グランさんが言ったように、標的は伯爵ではなく、その背後にあるアースダインという国自体。特に今は隣国のバズリーと王族の結婚を機に関係性を深めようとする動きが活発化してきている――犯人はこれをよく思わない人物ではないか。
 
 ……と、いうのが俺の推理。
 真相に迫るにはもうちょっと情報がほしいな。

 城へ戻るグランさんを見送った俺たちは、そのまま庭園を見て回ることになった。サーシャともそこで合流するらしい。

「父上……顔色が優れないようですが?」
「あ、ああ……すまないが、私は少し部屋で休ませてもらうよ。フォルトくん、せっかく招待したのに最後まで付き合えなくて本当に申し訳ない」
「いえ、俺のことは気にせず、ゆっくりお休みになってください」
「ありがとう」

 執事やメイドに支えられながら、伯爵は自室へと戻って行った。

「最近、ずっとあんな調子なんだ。

 レナードが表情を曇らせる。

「何か手伝えればいいのだが、今の僕ではただの足手まといにしかならない。歯がゆいな」
「……その気持ちだけで、伯爵様は十分だと思います」
「ふふ、父上にもまったく同じことを言われたよ。……それでも、無力な自分を恨みたくなってしまうんだ」

 本当に父親想いなんだな、レナードは。

「暗い雰囲気にしてしまったね。申し訳ない。これから妹に会ってもらいたいんだが……いいだろうか」
「もちろんです」
「なら行こう。妹はこの庭園の先にある書庫にいる」

 俺とレナードは肩を並べて書庫へと歩を進めた。

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