第8話 戦い終わって
「た、助けていただき……その……あ、ありがとうござ、ござ、いますぅ……」
馬車の扉から半分だけ顔をのぞかせて、レナードの妹――サーシャはお礼の言葉を述べる。それが終わるとまたすぐに馬車の中へ体を引っ込めた。
「……すまない。妹は極度の人見知りで、特に異性がダメなんだ。俺や父上以外には長年仕えている執事でさえあの調子で怖がっているんだ」
極度の人見知りか。なんだろう……すげぇ親近感が湧く。ただ、近づこうとしたら涙目になって距離を取られた。
「ああ! ほ、本当にすまない! 妹に悪気はないんだ!」
妹の粗相に慌てふためく兄レナード。
「大丈夫だよ」
しかし俺はさっきのレナードにも負けないくらいの爽やかな笑顔で返す。その言葉に嘘偽りはない。女子から距離を取られるなんて、前世では日常茶飯事だったし。別に泣いてねぇし。目のハイライトオフになってねぇし。目尻にたまるこれは心の汗だし。
「勇敢な少年よ。此度の働きは見事であった。礼を言うぞ」
「あなたがいなかったら、私たちは全滅していました」
涙――じゃなくて心の汗を拭って、声をかけてきたふたりの男性に目を向ける。
ひとりは白髪混じりの黒髪をオールバックにまとめ、堂々とした振る舞い。間違いなく、この人はこの兵士たちのトップに君臨する人だ。
もうひとりは女性。年齢は20代前半。出で立ちは――いわゆるメイド服って格好をしている。コスプレってわけじゃないだろう。本物の伯爵がいるんだから、この人だって本物のメイドさんに違いない。
「いえ、困っている時はお互いさまですから。ただ、モンスターと戦うのは初めてだったのでちょっと緊張しましたけど」
俺がモンスターと初めて戦ったという事実に、周りの兵たちは騒然となった。うーん、あんまり好ましくない雰囲気だな。これ以上余計なことを言うと騒ぎが大きくなりそうだから、もうちょい控え目にしといた方がよさそうだな。
「まだ小さいというのにしっかりしているな……さすがは異質のスキル持ちだ。おっと、自己紹介が遅れたな。私は王国騎士団のグラン・ファーガソンだ」
「フォルト・ガードナーです。今は木こりである父の手伝いをしています」
差し出された武骨な手に、俺は自分の手を重ねる。続いて、
「私はプリム・ダンセットと言います。レビング家に仕えるメイドで、現在はレナード様とサーシャ様ふたりの専属メイドをしております」
グランさんとは対照的に柔らかそうなプリムさんの手を握る。
5歳児の俺に対しても、子ども扱いせずに接してくれているのは、さっきの戦闘のおかげかな。
「それにしても、あれが初めての戦闘とは思えないほどに筋がいいな。今からでもけして遅くはないぞ。王立の教育機関へ入学してはどうかね?」
またその話か。
内心うんざりしながらも、その気持ちを表に出さないよう注意を払いながら、やんわりと断る。
「俺は父のあとを継いで木こりになるつもりなので」
「そうか……実に惜しいな。君なら、鍛錬次第で次期騎士団長も夢じゃないのに」
俺のスキル【嘘看破補正】が発動していないところを見ると、さっきの発言は本心からの言葉のようだ。
騎士団長か……悪くない。悪くないけど、俺が大勢の騎士たちを率いて敵陣へ突撃していく姿なんて微塵も想像できない。やっぱり、リーン村で大人しく木こりをしていた方が俺らしい生き方だと思う。
だけど、「アレ」だけは伝えておきたかった。
「あの、グランさん」
「なんだ?」
「実は、先ほどのモンスターとの戦闘について――」
「フォルトー!!!!」
女の子の叫び声が森の中から響いてくる。
兵士たちは何事が起きたのかと再び武器を構えるくらいのボリュームだった。
声の主は……言わなくてもわかるよね。
「あ、アイリ……」
「! フォルト! よかった! 無事だったんだね!」
俺を見つけるやいなや、全力ダッシュで俺に抱きつくアイリ。勢いがつきすぎて抱き止められず、そのまま押し倒される形になってしまった。
「なかなか情熱的なガールフレンドがいるようですね」
クスクスと微笑む話の腰をすっかり折られたな。
「す、すいません。今日は父たちと一緒に木こりの仕事へ来ていたので……」
「そうだったのか。では父君も心配していることだろう」
「そうだよ! ライアンさんもずっと探してたんだよ! もしかしたら、またリザードマンに襲われたんじゃないかって!」
「リザードマン……」
以前、俺たちを魔犬から助けてくれたあのリザードマン。
そういえば、今回のオーク&ゴブリンの襲撃事件では姿を現さなかったな。……て、あれ自体がもう4年も前のことなんだから、すでにこの辺りにはいないだろう。出てくるわけがないよな。できれば、言葉の話せる今、直接会ってお礼を言いたいけど。
「フォルト、さっきは何を言いかけていたんだい?」
昔のことを想い出していると、レナードが興味深そうな顔をしてたずねてくる。
「ああ、えっと……戦闘中、オークが気になることを言っていたので」
「オークが? 君はオークと話せるのかい!?」
「そういうスキルなんですよ」
「スキル!? モンスターと話せるスキルなんて聞いたことがないよ! ステータスを見せてくれないか?」
「いいですよ――どうぞ」
スキル診断を受けるともらえるステータスカードをレナードに提示する。このステータスカードとは、自分の所持しているステータスを表記したもので、この世界における身分証明書になっている。また、スキルはレベルアップで内容に変化が起きるので、3年に1度は更新しないといけない決まりだ。
「! レベル94だと!?」
まず驚きの声をあげたのはグランさんだった。
そりゃ驚くよね。5歳児がレベル94なんて。しかも、モンスター討伐は今日が生まれて初めてっていうね。
「この【言語調整】というスキルがモンスターとの会話を可能にしているのか」
「【対話能力】に【言霊吸収】……どれも耳にしないスキルばかりだ。……というか、その年齢ですでにスキルスロットが4つもあるなんて信じられない」
「どのスキルも言語系スキルであるというのはなんとなく名前から読み取れますね。でも、ここまで言語系に特化したスキルばかりというのも珍しい――というか、過去に前例がないんじゃないですか?」
「うむ。私も聞いたことがない」
いつの間にかライアンさんとプリムさんまで俺のステータスカードをガン見していた。
「ねぇねぇ、早く戻ろうよ~」
アイリが俺の腕にまとわりついてそう急かす。俺としても、父さんが心配しているだろうから知らせたいことだけ知らせてとっとと仕事へ戻りたかった。
「あっとすまない。君は今仕事中だったな」
「え、ええ、まあ」
「では……明日改めて話をしてもらえないだろうか」
「明日ですか?」
「それはいい提案だ! 我が家へ是非来てくれ、フォルト!」
我が家?
我が家ってつまり……伯爵の屋敷ってこと!?
「い、いいんですか、その……俺みたいな平民が伯爵の屋敷になんて」
「あなたはレナード様やサーシャ様の命の恩人です。きっと旦那様もお会いになりたいと思いますよ」
一度しか会ったことないし、ちょっとしか言葉もかわしてないけど、たしかにあの伯爵の人柄ならあり得そうだ。貴族なのに、どこか人懐っこさみたいなものを感じるんだよな。
「この辺りで木こりをしているなら、君の家はリーン村にあるのかい?」
「そうです」
「だったら、明日の午前中にも馬車で迎えに行かせよう」
トントン拍子に進む俺の来訪話。
まあ、この場で詳細な話をするより、直接伯爵の耳に入れた方がいいとも思う。もしかしたら、伯爵には心当たりがあるかもしれないし。
それから――この世界の貴族の屋敷っていうのにも興味があった。
「決まりだな。私も明日は時間を作って伯爵の屋敷へ行こう。そこでじっくりと話を聞かせてくれ」
「わかりました」
こうして話はまとまり、俺は初めて貴族の屋敷を訪ねることとなった。
あと、レナードの妹のサーシャは、結局最後まで馬車から姿を見せなかった。
どんだけ人見知りなんだよ。