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うそつきピエロ⑦




優は上履きから外靴に履き替え、走って正門へと向かった。 もちろん行く先はコウのところだ。 もっと言うならば――――彼がいじめられていた、あの場所。 
今まで二回コウがいじめられているところを発見したが、そこは両方共同じ場所だった。 そして時刻も同様、20時前後。 
だったら、自分が先にその場へ行って彼らを待ち伏せしていればいい。 だがコウか日向、どちらが先に来るのかは分からない。
もし日向が先に来たら、彼の目の前に立って言ってやるのだ。 『もうコウをいじめるな』と。 それでもいじめを止めないと言うのなら、直接手を出せばいい。 
日向と優だったら、優が勝つのは既に目に見えているのだから。 流石に彼も優にやられたら、懲りて今後コウには手を出さないだろう。 これでもう――――終わるのだ。 

そして優は、目的としていた場所へ着いた。 時刻は16時。 他に用事もないため、ここで4時間程待つことになる。
―――まぁいいだろう。 
―――コウのためなら、4時間待つことなんてへっちゃらさ。

そして――――待つこと、3時間半が経過した。 先刻から優は、角に隠れてその場を監視している。
薄暗い路地のせいか、人はあまり通らず今のところコウや日向らしき人影も現れない。 
―――・・・今日は、いじめられない日なのかな。 
―――いや、いじめられない日って何だよ。 
だけど、コウの顔に傷ができていたのは毎日ではなかった。 だから、日向にいじめられていたのは毎日ではないのかもしれない。
―――今日は来て、失敗だったのかな・・・。
そう思った瞬間――――突如、背後から聞き慣れた声が優の名を呼んだ。

「・・・優」

「ッ、コウ・・・」

後ろを振り向くと、コウは優の姿を見るなりまたもや溜め息をつき、こちらへゆっくりと近付きながら口を開く。
「優、何度言ったら分かるんだ。 どうして俺の言うことが聞けない」
「コウこそ、こんなところへ来て何をしようとしたんだよ。 コウの家は、ここから少し離れているでしょ?」
「そんなこと、今は関係ない」
「関係ある! ・・・ねぇ、コウ。 一緒に帰ろう? こんなところにいないでさ」
「俺はまだ帰らない」
「・・・また、日向にやられに来たのか」
「・・・」
そう口にすると、彼は黙り込んだ。

―――やっぱり・・・そうだったのか。 
―――今からここで、日向にやられるんだ。 
―――だったら早く、コウをこの場から離れさせないと。

「・・・優。 いいから帰れ」
「嫌だ。 俺はコウを守る」
「何だよ、守るって・・・」
「俺はコウに約束した。 “コウを守る”って」
「・・・優。 何も言わないから、早く帰ってくれ」
「日向が今からここへ来るんでしょ? だったら俺はいるよ。 コウの代わりに俺がここに残るから、コウが帰って!」
優の意志は、コウに何を言われようが変わらなかった。 そして、彼を守ってやりたいと思う気持ちも変わらない。 

たとえコウが――――何と、言おうとも。

「・・・早く、帰れ」
彼はその言葉を、静かに繰り返して言うだけだった。 だが優はこんな状況に、負けたりなんてしない。
「コウはどうせ、いじめを認めてはくれないんでしょ! だったらコウは諦める。 その代わり、俺が日向を懲らしめるから」
「何だよ、その代わりって」
「コウが無理なら、俺は日向に食らい付くって意味だよ」
「・・・優」
「何を言っても無駄だよ。 俺は決めたんだ。 コウを守るって。 この気持ちに偽りなんてないし、変える気もない」
「優」
「『関わるな』って言われても、俺がコウを放っておくわけがない。 このことは、コウだって分かっているはずでしょ?」
「優」
「俺の言いたいことが分かったなら、早く帰って! 俺は今から日向と決着をつける。 だから、早くコウは」

「しつこいんだよ!!」

「なッ・・・」

―――・・・駄目だ。 
―――耐えろ、耐えるんだ俺。 
―――今は・・・泣くところじゃない。

「邪魔・・・すんなよ。 しつこいんだよ、優は」
コウは優から目を離さずにいた。 優も、そんなコウから目を離せずにいた。 ここでそらしたら、本当の負けだと思ったから。 
―――俺は・・・負けたくない。
「コウに、そう言われても・・・。 俺は、諦めないから」
優は頑張ってその一言を口にした。 だけど、声は震えていた。 どうしようもないくらいに震えていた。 
だけどそんな優に対し、コウは何一つ表情を変えずにこう呟き――――この場から、去っていってしまった。

「・・・優のそういうところ、俺は嫌いだ」

―――どう、して・・・。

この瞬間――――優は耐えられずに、涙をこぼしてしまう。 彼を止めることができなかった。 もしかしたら、これから日向に会いに行くかもしれないのに。
それなのに、彼を止めることができなかった。 最後に、彼の名を呼ぶことすらもできなかった。 優はコウを――――この時、初めて見捨ててしまったのだ。
怖くて足が動けなかった。 いつもの優なら、いじめが起きているとすぐにでも駆け付けていたのに。 なのに――――何故か今は動けなかったのだ。 どうしてだろう。 
やはり――――彼に言われた言葉が原因なのだろうか。 

『しつこいんだよ!!』 『・・・優のそういうところ、俺は嫌いだ』

こんな言葉、コウから言われるなんて思ってもみなかった。 
いつもなら、彼はそんな優に対して『いじめられている子を助けるなんて、カッコ良いね』と、言ってくれるはずなのに。

―――あぁ・・・そうか。 
―――コウも、今の俺と同じ気持ちを味わっていたのか。 
―――俺がコウに“自己犠牲野郎”って言葉を・・・言った時みたいに。

だから優は動けなかったのだ。 “コウを助けてやりたい”という気持ちよりも、彼に言われた言葉のショックの方が大きかったのだ。
もう――――優には、コウを助けたいという気持ちは生まれないのだろうか。 本当に、このままコウを見捨ててしまうのだろうか。 

―――もう俺にはどうすることもできないのか。
―――いや・・・。
―――そんなことを考えてしまう俺こそが・・・最低だ。


優が一人で泣きながら、しばらく動けずにその場でたたずんでいる時――――一人でその場を静かに去ったコウは、違う場所へと移動していた。

「・・・優、ごめんな」

そう小さく呟き――――無力な自分に不甲斐なさを感じながら、その場から離れていったのだ。


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