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うそつきピエロ⑧



時は少し遡る。 未来は担当していた掃除を終え、自分の教室へ戻ろうとしていた。 その時に偶然、廊下のど真ん中に立っている不自然な優を見かけて、彼に声をかけたのだ。

「・・・もしさ、悠斗が・・・いじめられていたらどうする?」
―――は? 
―――何を言ってんだよ・・・優は。  
優ならその答えは既に出ているはずだ。 必ず止めに入る、と。 
―――なのにどうして、今更そんな質問をするんだよ。 
だが彼は口を開きそうにないため、未来はとりあえず自分の答えを言ってみた。
「だよね。 ・・・よかった」
「おい・・・。 優? 一体、何をしようとしているんだよ」
―――もしかして優は今、危険なことを考えているんじゃないだろうな?
「ありがとう未来! 俺、行ってくる」
「え、待てよ・・・。 おい、優!」
―――ッ、くそ。
―――行っちまった。 
―――優は一体何をしようとしているんだ? 
―――・・・とにかく、優を止めないと。

「悠斗!」
未来は自分の教室まで走って戻り、すぐさま悠斗のもとへ駆け寄った。
「そんなに焦って、何かあった?」
「悠斗、優が危ないんだ」
「優が? 危ないって?」
「よくは分からない。 だけど、優が今から何かをしようとしているのは確かだ」
「いや、突然そう言われても・・・。 何をしようとしているのかも分からないなら、どうしようもなくね・・・?」
「そこで、だ! ・・・俺たちに、何ができると思う?」
「・・・は?」
未来は今の状況をどうしたらいいのか分からなかった。 優が危ないから止めてあげたいとは思うが、何をしようとしているのか分からないため、当然動くことはできない。
そこで第三者の意見を聞こうと、悠斗に助けを求めたのだ。
「え、じゃあ・・・。 一度優ん家行って、何をしようとしているのか聞いてみる?」
「・・・それだ」
―――どうしてそんな単純なことが思い浮かばなかったのだろう。 
―――こうなったら、今すぐに優の家を目指して出発だ。
「あ、おい未来!」

そして未来たちは、優の家を目指し歩いていた。 が――――途中、急に悠斗に呼び止められる。 
―――こんなところで何だよ。
―――もうすぐで優ん家だぞ?
「何だよ?」
「あれ、優じゃない?」
そう言われ、悠斗の見ている方へ視線を移した。 そこで目にした光景を見て、未来も一人の少年を静かに見据える。
「あ・・・本当だ・・・。 優だ。 こんなところで、何をしているんだ・・・?」
優は角に隠れているように見える。 といっても、未来たちの角度からでは丸見えなのだが。 二人はとりあえず、彼の行動を見ていることにした。 

1時間――――2時間――――3時間―――― 

先刻から優を見張っているが、全く動く気配はない。
―――こんなところで何をやっているんだよ、優は。 
今更だがこんなところにいても時間の無駄だと思い、このままここにいた方がいいのか悠斗に相談しようとした――――その時。 彼らに、動きが出た。
「え・・・。 コウ?」
いつの間にか、コウが優の後ろに立っている。 
―――二人はここで待ち合わせをしていたのか? 
だがその考えは、一瞬にして消え去った。
―――・・・いや、そうじゃない。 

だって彼らは――――言い争いを、していたのだから。

「・・・優のそういうところ、俺は嫌いだ」
―――は・・・何だよ、それ。  
あの二人はいつも仲がよく、喧嘩をしているところなんて今まで見たことがなかった。 
―――アイツ、本当にコウなのか・・・?
―――つか・・・“日向に決着をつける”って、どういう意味だよ。
「未来、コウがどこかへ行くよ」
「あぁ。 このまま、コウを追いかけよう」
「え? じゃあ優は?」
そう言いながら、悠斗は複雑そうな表情で優のことを見た。 彼は静かにその場に立ち尽くし、一人泣いている。 
そんな仲間を同情するような目で見据えるが、未来は静かに目を瞑った。
「・・・何だよ、悠斗は優のところへ行くか?」
「・・・いや」
悠斗は今の状態の優に話しかけることが気まずいと感じたのか、未来と一緒にコウを追いかけることに決めた。 

そして、コウを尾行して10分。 ついに――――二人の会話に出ていた日向が、その場に現れた。 というより――――日向が見えたと同時に、コウは彼に――――殴られた。
―――なッ・・・何だよこれ! 
―――一体どういうことなんだ!? 
―――どうしてコウが・・・日向なんかに、いじめられているんだよ!
コウに対するいじめは約20分程続いた。 その時間コウは殴られ蹴られ悪口を言われ、そして日向は何事もなかったかのようにその場から立ち去っていく。
「悠斗、日向を追いかけるぞ」
「・・・分かった」
―――・・・悠斗の気持ちも分かる、本当はコウのところへ行きたいんだろ。 
―――でも今は仲間よりもいじめていた犯人、日向を気にかけるべきだ。

「日向!」
未来はコウから少し離れたところで、日向を呼び止めた。 コウに会話を聞かれないために。
名を呼ばれた彼はその場に立ち止まり、ゆっくりと未来たちの方へ振り向く。 そして――――こちらへ向かって、小さくニヤリと笑った。
「今度は関口と中村か。 お前らも仲がいいよな。 お前らの友情も、この俺がぶっ壊してやろうか? ははッ」
そう言いながら、日向は甲高い声で笑う。 そんな彼に向かって、未来は真剣な表情で言葉を紡ぎ出した。
「俺らはコウたちみたいに、喧嘩をしない仲じゃねぇ。 悠斗とはしょっちゅう喧嘩をするさ。 ・・・ところで日向。 今、お前はコウに何をしていたんだ?」
そう聞くと、日向は身体ごとこちらへ向けてくる。 そして――――淡々とした口調で、その答えを話し始めた。 
それも、悪意を感じさせないくらい――――不気味な程に、陽気な口調で。

「ストレス解消をしていたんだよ。 色折が未だに調子に乗っていて、うぜぇからな。 アイツを見るたびにムカムカするんだ。 あの・・・偽善者野郎に。
 だからそのストレスを発散するために、ちょっくら神崎に協力してもらっている。 それだけのことさ」

「は・・・? お前、何を言ってんだよ」
混乱している未来をよそに、日向は独り言のように更に続けて語り始めた。 

「でもさぁ・・・。 最近、神崎を殴ったりするだけじゃ物足りなくてさぁ。 何つーか、飽きた。 だから、他にも何か面白いことが起きないかなーと思って。
 そしたらさぁ! 瀬翔吹とかいう面白い奴が、俺らの前に現れたんだよ!」

「おい・・・日向。 お前何を考えて」
「瀬翔吹って、神崎と仲がいいだろ? 俺が神崎を殴ったり蹴ったりしているのを見て、アイツはこれを“いじめ”だと言ってくるんだぜ? 酷くね!?」
「は・・・。 お前がやっていることは、完全にいじめだろ」

「いじめじゃねーよ。 神崎は別に、嫌がってもいないんだ。 寧ろ『俺にだけ手を出せ』って・・・言ってくれるぜ?」

―――え、それって・・・。
「いやぁ、あの二人は見ていて面白いよなぁ! 神崎と瀬翔吹の関係がどんどん崩れてどんどん亀裂が入っていく! 仲のいい奴らが言い合っている姿って、見ていて飽きないよな」
「ッ、お前・・・。 ・・・狂ってんな」

「さぁて・・・。 今頃色折は、あの二人を見てどう思っているのかな・・・?」

―――え・・・ユイ? 

もしかしたら結人はコウたちのことを、まだ知らないのかもしれない。 だったら彼に、コウたちのことを相談すべきなのだろうか。 
いや、でもそうしたら結人に負担をかけることになる。 もう少しコウと優の関係が戻ってから、相談をした方がいいのだろうか。 
まぁ――――二人のことは、既に結人も気付いているのかもしれないが。 

すると突然――――誰かの携帯の着信が、この場にうるさく鳴り響いた。
「あ、もしもしー。 牧野? あぁ、平気平気ー。 ・・・あ、ちょっと待って」
どうやらその音は日向のものらしく、耳から一度携帯を離し未来たちに向き直ってこう口にした。
「それじゃあ、これからも楽しませてもらうぜ。 ・・・あぁ牧野、悪い。 もういいよ」
その一言だけを言い残し、彼は電話をしながらこの場から去っていく。 すると突然、隣にいる悠斗が口を開いた。
「・・・つまり」
「ん?」
「優はこれをいじめだと言っている。 だけどコウのことだから、コウはこれをいじめだとは思っていないんだろう。 だからあの二人は言い合っていたんだ。
 ・・・それに優のことだ、コウにいじめられていることを認めてほしいんだと思う。 だけどコウは、それを認めようとしない。 ・・・そういう、ことなのかな」
確かに――――悠斗の推測は当たっているのかもしれない。 先刻聞いた二人の言い争いからも、優は『コウを守る』と言っていた。
他にも『日向と決着をつける』と言っていた。 それに――――『コウはどうせ、いじめを認めてはくれないんでしょ』と言っていた。
もしも悠斗の言ったことが合っているのだとしたら、優はコウに説得するのを諦め自ら日向に立ち向かい、決着をつけようとしていたのだろうか。
だとしたら放課後、優に聞かれた質問にも繋がる。 

―――そういう・・・ことなのかな。
―――・・・でも、優は・・・。 

優は――――本当に今、大丈夫なのだろうか。 

あんなことを――――コウに、言われて。


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