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うそつきピエロ⑥




翌日 休み時間 屋上


優は日向を屋上へ呼び出した。 コウに対して言った言葉は、今でも罪悪感を抱いている。 
それに『しばらくは関わらない方がいい』と言われ、今話すこともできずにいた。 だが、このままコウを放っておくわけにはいかい。 
せめて暴力だけでも止めさせたかったため、直接日向に言うことを決めた。 コウが駄目なら日向に言えばいい。 そう思い、覚悟を決めて屋上の扉を開いた。 

そこには既に日向の姿があり、彼のもとまで足を進める。
「瀬翔吹が、俺に何か用?」
近寄ると、彼は優を馬鹿にするよう小さく笑いながらそう言ってきた。 そんな彼を見て、優は真剣な表情で言葉を発する。
「・・・自首してくれ」
「はぁ? 何のこと?」
「コウをいじめていることだよ。 暴力だけじゃなくて、コウに対しての悪口も言っている。 これは立派ないじめだよ」
「何のことかなー」
「しらばっくれるな! 日向が自首しないなら、俺が先生に言い付けるぞ!」
そう怒鳴り付けると、彼は真剣な表情を見せてきた。 
―――やっと・・・認めてくれるのかな。

と、思った矢先――――日向は突然、意味の分からないことを言い始める。

「瀬翔吹はさぁ。 いじめの本当の意味、分かってんの?」
「・・・は? 何のことだよ」
そう聞くと、彼は勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡いでいった。

「日本政府によるいじめの定義はこう書かれている。 いじめとは、当該児童生徒が一定の人間関係のある者から心理的、物理的な攻撃を受けたことにより
 当該行為の対象となった児童等が、心身の苦痛を感じているものをいう。 ・・・っていうこと、瀬翔吹は知っていたか?」

「ッ・・・」
優はこの後、彼が何を言おうとしているのかすぐに分かった。 
ここから先の言葉は聞きたくなかったのだが、日向はそんな優の気持ちには意に介さず、淡々とした口調で更に言葉を続けていく。

「さて・・・。 神崎は、心身の苦痛を感じていたかな?」

「ッ・・・!」
―――くそッ、コウ自身がこれはいじめだと認めていないっていうことかよ!
―――ということは、コウはいじめられているっていうことを、コウに認めさせなくてはならないのか。 
―――そんなこと、本当にできるのか・・・?
彼の放ったその発言に対し、優は何も反論することができなかった。 

だって、日向の言っていることは――――間違っていないのだから。

「もう言いたいことがねぇなら、とっとと失せな」
「・・・」
―――・・・分かったよ。 
―――コウにいじめを認めさせたらいいんでしょ?
「日向。 ・・・俺はお前のこと、絶対に許さないから」
それだけを言い残し、優は力強くこの場から立ち去った。 

そして屋上には一人、日向が取り残されている。 彼がこの後、独り言を言っていたということは――――去った優には当然聞こえず、知る由もなかった。

「・・・瀬翔吹優。 アイツ、本当に単純だよな。 ・・・もっともっと、神崎との友情に亀裂が入ればいいさ」

そう言って――――彼は一人、この時間を楽しみ笑っていたのだ。





放課後 1年2組


優は日向に言われたことを思い出し、色々と考えていた。 彼が言うには、コウはこれをいじめだとは思っていない。
だから優が先生に言い付けたとしてもコウはいじめられていると認めないため、これはいじめではないという結論が出て日向は処分されない。
つまり、コウが“自分はいじめられている”と、自覚すればいいだけのことだ。 コウ自身が『自分は日向にいじめられている』と、先生たちに言えばいい。
そしたら先生たちも、早急に日向を処分するだろう。 そのためには、コウに“コウはいじめられている”ということを認めさせなくてはならない。
だから優は今、もう一度コウのもとへ行っていじめを認めさせようとした。

「コウ!」
もう関わらない方がいいとか、そんなことに構ってなんかいられない。 今日一日コウには話しかけなかったのだ。 
―――だからもう・・・いいだろ。
「コウ、待ってよ!」
コウは帰りのホームルームを終えると、すぐに教室から出ていってしまった。 名を呼んで何度も引き止めようとするが、彼は優の方へ振り向きもせず廊下をひたすら歩いていく。
―――聞こえているのに無視をしているの? 
―――だったら、無理矢理引き止めるまでだ!
「コウ!」
優は走ってコウのもとまで行き、彼の腕を思い切り強く掴んだ。 その行動には流石にコウでも足を止めてくれ、ゆっくりと優の方へ顔だけを向ける。
だが彼の顔は、いつも見せてくれるような優しい表情ではなく――――優を睨むような目付きで、小さな声でこう呟いた。
「・・・俺には関わるなって、言ったろ」
「そんなのは関係ない! コウ、お願いだから“いじめられている”って認めてくれ!」
「・・・は? 何のことだよ」
「『自分はいじめられている』って、言ってくれるだけでいいんだ。 だから!」
「優」
コウは優の言葉を遮って名を呼んだ。 そして、身体ごとこちらへ向けてくる。 彼の表情は相変わらず怖くて――――どこか、苦しそうな顔をしていた。
「・・・何だよ」
静かな口調でそう問うと、コウは小さく溜め息をつき落ち着いた口調で言葉を放つ。
「俺はいじめられていない。 それでいいだろ。 もう俺とは関わんな」
「いや、だから・・・。 あ、コウ! 待ってよ!」
彼はそれだけを言い捨て、掴まれていた手を無理矢理振り払いこの場から去ってしまった。

―――何、なんだよ・・・。 
―――こんな調子じゃ、コウはいじめられているって、認めてはくれないじゃないか・・・。 
―――・・・もう、コウを説得させるのは無理なのかな。
―――これで・・・これで、終わっちゃってもいいのかな。
―――コウのことを・・・このまま、放っておいてもいいのかな。 
―――いや・・・違うだろ、俺・・・ッ!

「・・・優?」
突然名を呼ばれ、俯いていた顔を少し上げる。 ――――未来だ。 未来が今、優の目の前に立っていた。
「どうしたんだ? こんなところに突っ立って・・・」
「・・・」
優は今、廊下のど真ん中に立っている。 先程から通行人の邪魔になっているということには気付いていたが、この場から動くことができなかった。
頭で考えていることと心で思っていることが色々とぐちゃぐちゃに混ざり合い、どうすることもできなかったのだ。
「・・・優? 何かあったのかよ」
「・・・ねぇ、未来」
「ん?」
話しかけてきたのが未来だと分かると、再び俯いて彼の顔を見ずにそう口を開く。 そして静かな口調で、あることを尋ねた。
「・・・もしさ、悠斗が・・・いじめられていたらどうする?」
「は?」
突然な問いに彼は一瞬困ったような表情を見せるが、優が何も言わずに未来の返事を待っていることに気付いたのか、こう答えてくれた。
「そりゃあ・・・。 悠斗をいじめた奴を、ボッコボコにするかな」
「・・・」

―――よかった、俺の思っていた通りだ。 
―――未来なら、そう答えてくれると信じていたよ。
―――でも・・・本当の質問はこれだ。

「じゃあさ・・・。 もし、悠斗がそれを望んでいなかったら?」
「え?」
「もし、悠斗が“いじめている奴をボコボコにしてほしい”だなんて・・・望んでいなかったら?」
優はもう一度、未来に同じことを尋ねる。 聞き取れなくて、もう一度言ってほしいという意味で聞き返したのではないと、知っておきながらも。
すると彼は――――迷わずに、こう答えた。
「悠斗がそう望んでいなくても、俺はソイツをボコると思うぜ」
「だよね。 ・・・よかった」
「おい・・・。 優? 一体、何をしようとしているんだよ」
優は、最後に言った未来の発言は聞いていなかった。 いや、聞こえなかったのだ。 最後の返事を聞いた瞬間、優の口元は僅かに笑っていたのだから。 
嬉しかったのだ――――未来からの、その返事が。 彼に聞けてよかった。 優だけではないのだ、そう考えるのは。 結黄賊のルールだなんて、もうこの際関係ない。
手を出したっていいのだ。 本人がそう望んでいなくても、自分の思っている通りに行動していいのだ。 そうだ。 どうして今まで気付かなかったのだろう。 
コウなんかに、従わなければいい。 

―――そう・・・俺が日向を、ボコればいい。

「ありがとう未来! 俺、行ってくる」
「え、待てよ・・・。 おい、優!」
優は未来の発言を無視し、この場から一気に駆け出した。 優は今、笑顔が絶えなかった。 それは自分でも分かる。

―――これでいいんだよね、未来。 
―――だって未来もきっと・・・俺と同じことを、するんでしょ?

“俺は間違ったことをしていない”と――――何度も自分に、そう言い聞かせた。


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