エピローグ
「……結婚式?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
向かい合うようにして座っているのは、パパだ。
葬儀の後、私たちは色々とあって、色々と壁を乗り越えて、今こうして一緒に過ごしてる。パパの隣には、パパが暮らしていた家の大家さんだった、幸子さん。
そして、新しいきょうだいになったカイくん。
端から見れば複雑な環境なのだろうけれど、私たちは平穏に暮らしていた。誰一人として、今の形に対して不満を持たなかったからだと思う。
実際、居心地は悪くはない。
生活を始めた当初こそ、私とパパがぎくしゃくしていたけど、幸子さんと司、そしてカイくんのお陰で、関係は修復された。
何より、パパがママと私を大事にしているのが分かったし。
「うん、結婚式。お姉ちゃんたち、式をあげてないんだよね?」
パパの爆弾発言を引き継いだのは、カイくんだ。ブライダル関係に就職して、ばりばり仕事をこなしている。
「まぁ、挙げてないんだけど」
司も驚きに目を見開きつつ、正直に答える。
そう。確かに私たちは挙げてない。お金を貯めることが大事だったし、あまりそういうことに意識がなかったこともある。
「じゃあさ、挙げちゃいなよ」
「そんな簡単に言わないでよ。お金だってすごくかかるんだし」
幸子さんのしれっとした言葉に、私はつい反論した。
もちろん今時、費用を押さえた結婚式もあるけど、それにしても、だ。費用の出費は避けられない。
「でも、花嫁姿になるって、女の夢の一つでしょうよ?」
「そりゃそうだけど」
「ということで決定だね。いくよ、今すぐに」
「「……へ?」」
そう言って起き上がった幸子さんを見ながら、私と司は目を点にさせた。
うんちょっと待って。どういうことなのかな?
本気で分からず、更に首を傾げると、カイくんが堪え切れなくなったように笑った。
「僕がブライダル関係の仕事って知ってるよね」
「うん」
「今度、新しい式場をオープンさせるんだけどね、どういう感じで式が出来るのかなぁっていうのを知りたくてさ。それで、どうせやるなら実際に結婚式をやってみようってなってね。それでモデルを探してるんだよ」
ほう、なるほど。宣伝とかにも使うってことなんだろうね、きっと。
「だったら本物が良いじゃない?」
「……つまり、僕たちってことですか?」
司が顎に手をやりながら慎重に言うと、幸子さんとカイくんは嬉しそうに頷いた。
っておい。
いかん、ここはなんとしても阻止しないと! 慌てて私は両手をぶんぶん振る。
「いや、でもモデルでしょ? 宣伝とか、広告とかに使うってことだよね!? 私そんな可愛くないから、無理だから!」
「大丈夫。プライバシーはばっちり守られるから。正面からの写真とかは撮るけど、それは記念に、だし。広告とかには使いません。花嫁姿の後ろからは撮るけどね」
「え、いや、でもっ!」
「それに、サキちゃんのウェディングドレス姿、僕も見たいなぁ……ダメ?」
――ぬぐぅっ!?
あざといまでの甘え方に、私は危うく撃ち抜かれそうになる。けど、まだ何かが引っかかってて、私は頷けない。
結局どうしていいか分からないで固まってしまった。
「まぁ、なんだ」
ごほん、と咳払いしながら、パパが入って来る。
「サキ。パパも見たい。それと、ママも」
神妙な面持ちで言いながら、その手にはママの遺影が抱きしめられていた。
ちょっと、それ。
何がどう引っかかっていたのかを理解して、私はぐっと唇を噛んだ。
そうだ。
ママは私が結婚したことも知っているけれど、でも、花嫁姿は見せてあげられなかった。きっとそれは、心残りだった。
「そうだなぁ。僕も自分の奥さんの最高に可愛い姿は目にしたいかな?」
そして最後の追撃は、司だ。
くそ、なんだ、なんなんだ、皆して!
「……分かった、分かったわよ! もう! そんなこと言われて断れるわけないじゃない!」
やけくそになって叫ぶと、みんなが笑って、そして小さく拍手してくれた。
顔を真っ赤にさせていると、すぐに司が抱き寄せてくれる。
「良かった。それでこそ、僕の好きなサキだよ」
そう囁かれて、私はもっと顔を赤くさせた。
「ちくしょうっ、みんな大好きだよ!!」
――ママ。
私を置いていったママ。
でも、大事なものを残していってくれたママ。
月並みな言葉だけど、ありがとう。
なんの変哲もないけど、大好き。
これからも、見守っててね。