北野の休日②
ちょっと現実に戻ろう。 インタビューを受けてほしいと頼んできた同じクラスの女子、小林が待ち合わせ場所のカフェに着いたようだ。
というより、北野の方が先に到着していたのだが。 少し彼女と立ち話をして、一緒にカフェへ入る。
適当に空いている席へ足を運び、向かい合わせに座って互いの飲み物やスイーツを注文してから、早速インタビューに移った。
最初に聞かれたのは、北野がよく一緒にいるみんなの関係について。
―――これって、結黄賊についてのことだよね・・・?
結黄賊に関しては詳しく言えないため、他の言葉に置き換えて言うことにした。
「みんなのこと、かぁ・・・。 みんなとは、中学校の時から仲がいいよ。 でも、俺がみんなと仲よくなったのは中3の時からだけどね」
「・・・え、人数が多くて何かのチームみたい? ・・・まぁ、そうだね。 チームみたいだと、俺も思っているよ」
「普段? 普段はみんなで集まって、遊んだり話したりして・・・そのまま解散が多いかな。 ・・・え? どんな話をするか? ・・・んー、何だろう。
本当にくだらない話が多いよ。 女子が聞いたら、きっと呆れる程に」
「えっと、どうしてみんなは沙楽学園へ来たのか、か・・・。 俺たちは横浜からここ、立川へ来たんだ。 それはユイが『立川へ進学したい』って言うから、俺たちも付いてきた。
必死に勉強したおかげで、みんなは無事、ここ沙楽学園に入学することができたんだよ」
「え? ユイが俺たちのリーダーみたい? まぁ・・・そうかも。 リーダー的存在だよね、ユイは。 確かにみんなは、ユイに付いていっているし」
「どうしてユイが、沙楽にしたか? ・・・んー、これは言ってもいいのかな。 藍梨さんに会うためだよ。 ・・・あぁ、そう。 ユイと同じクラスの、藍梨さん。
・・・あ、二人が付き合っていること知っているんだ。 ・・・え、知らない人はいない? えぇと、もう二人の関係はそこまで広がっているの?」
「ユイのこと? 本当にいい人だよ。 みんなはユイのことを信頼しているし、あ、もちろん俺もだけど。 ユイには感謝することがいっぱいある」
「喧嘩? 俺たちの間で喧嘩をしたことがあるか、ってこと? そりゃああるよ。 でも、俺はないけど。 未来と悠斗とか、仲がいいのにしょっちゅう喧嘩しているし」
「うん、全てユイが関わってる。 俺たちがトラブルに巻き込まれたりすると、ユイはいつも全力で俺たちの味方に付いて助けてくれるんだ」
「仲間割れやよくトラブルも起こしたりする俺たちだけど、この日常は俺にとって凄く楽しいし、いい思い出にもなっている。
この関係、この日常は、これからも変わってほしくはないんだ。 ・・・これはきっと、みんなも同じことを思っているはずだよ」
ここからはまた、過去の話をしよう。 先刻は、結人と初めて会話をした時のことを話した。 本当はもっといい出会いにしたかったが、それは仕方ないと思っている。
そして――――北野は、一部からいじめを受けていたのだ。 その理由は、明らかだった。 北野の両親は結構有名な医者だ。
そのため、生まれた時からお金持ちの裕福な家庭で育っていた。 北野自身はお金持ちだということは特に気にしていなく、普通の生活を送っていた。
よくお金持ちの人は、普通の子たちとは合わないと聞く。 例えば“お前たちみたいな貧乏な奴とは友達になりたくない”とか“給食なんて不味くて食べられない”とか
“そんな汚い遊びを一緒にしたくない”とか。 数え切れない程あると思う。 だがそのようなことは、北野は一度も考えたり思ったりしたことがなかった。
普通に友達が欲しかったし、給食は美味しくないとか一度も思ったことがなかったし、みんなと一緒にゲームもしたかった。
結人のいる小学校に転校したばかりの時は、友達は何人かいたのだ。 みんなは優しく接してくれた。 差別なんてされなかった。
だけど北野が小学生だった時の、ある日のこと――――突然、クラスにもう一人の転校生がやって来たのだ。
その子は男子で、体格がとても大きくどこかの番長でもやっていそうな印象の持ち主だった。
クラスのみんなはその転校生を見て怖がったりしていたが、北野は特に何も感じなかった。 “普通に仲よくできたらいいな”と思っていた。
だけど――――その淡い望みは、一瞬で消え去ってしまったのだ。
転校生のことを先生が紹介し、その授業を終えた直後の休み時間のこと。
「お前、何だよその持ち物。 自慢してぇのか?」
「・・・え、僕?」
転校生が話しかけてくれたのかと思いきや、出会ってばかりの最初の一言は喧嘩腰の言葉だった。
「違うよ、自慢なんかしていない」
必死に彼を説得させようとしたが、その努力は無意味だった。 北野の私物は、確かにクラスのみんなが持っている物とは少し違っている。
一言で違いをいうと、みんなが持っている物よりも少し高価な物を持っていた。 これらの私物は、北野が選んだわけではなく母が買ってきてくれたもの。
北野はその物を大切に使っていた。 友達も『その筆記用具すげぇカッコ良いな!』などと言ってくれたりもした。 凄く嬉しかった。
逆に、北野も友達の私物に憧れたりもしていた。 決して、見せびらかしてもいないし自慢なんてこともしていない。 だけど――――この転校生だけは、違ったのだ。
「嘘なんか言うんじゃねぇよ!」
「痛ッ・・・」
転校生は北野にわざとぶつかり、軽く蹴り飛ばした。
「ひでぇな! 北野に何すんだよ!」
いつも一緒にいてくれた友達は、必死に彼に食らい付いてくれる。 北野はこの時“いい友達がいてよかった”と心から思った。
だけど――――その嬉しさも、一瞬にして消えてしまったのだ。
「今からコイツの味方をする奴は、俺が一人ずつ潰していく」
この転校生の一言で、北野の人生は大きく変わってしまった。 楽しい生活から――――とても辛く、苦しいものに。
あの一言で、いつも一緒にいた友達は何も言わずに離れていった。 そしてクラスもみんなも、北野には近付かなくなった。 それが苦しく、北野は私物を何度も捨てようとした。
だけどこれは母から貰った大切な物で、捨てるなんてことはできなかった。
そしてそのまま――――北野は、中学生になる。 もちろんその転校生とは、一緒の学校だった。
“・・・あぁ、また苦しい日々を過ごすことになるんだな”と思いながら、学校生活を送っていた。 通っていた中学校は、近くの小学校3校から進学してくる。
一緒ではなかった小学校の人でさえ、北野の悪い噂を信じてしまっていた。 “北野流星は自分がお金持ちだと自慢して、俺たちをけなしている”
そんなこと、一切思ってもいないし口にも出していないのに、あの転校生がそうみんなに言いふらしたのだ。
中学生になってから、いじめはエスカレートしていった。 教室の中で堂々とからかわれたり、放課後呼び出されては殴られたり。
からかったりするのはただのじゃれ合いだとみんなは思っていて、学校終わりに呼び出されていることについてはみんな知らなかった。
放課後はみんなが帰ってから、北野はいじめられていたのだから。 ちなみに北野が結人に言った『俺のこと嫌な風に思っていないの?』という発言はこれらからのことだ。
“俺はお金持ちだって自慢してみんなをけなしているけど、ユイは俺のことを嫌に思っていないのか”ということ。 彼はその時――――否定してくれたけど。
いじめられていることはみんなに隠していた。 言いたくなかったのだ。 先生にも、両親にも。 だから傷やアザが見られないよう、年中長袖を身に着けていた。
ここまで聞いて、疑問に思ったことはない? そう――――優のこと。 彼はいじめが大嫌いだ。
だから、優は北野がいじめられているのを見て、見て見ぬフリをしていたのかと思っただろう。 彼は実際、北野がいじめられていることに気付いてくれていたのだ。
だが気付いてくれたのは殴られたりする時のいじめではない。 殴られたりするのは先程も言ったが、誰も見ていない場所でやられていたため、知らなくても当然だった。
優はからかわれて北野が嫌な気持ちになっていることに、気付いてくれたのだ。
――――優なら普通に気付くって?
いや、そうではない。 優とは小学校が違ったのだ。 彼とは中学校で初めて、一緒になった。
それに、この中学校3年間とも優とは一緒のクラスになったことがない。
一緒のクラスになったこともなく北野のことを知らないはずの彼が、からかわれていることに気付いてくれたのだ。
転校生に私物を奪い取られからかわれている時に、止めに入ってきてくれた。 『そういうのよくないよ』と、言いながら。
クラスが違うから“毎日は止めてはくれないだろう”と思っていたが、毎日北野の教室へ来て止めてくれたのだ。
だが今思えば、優は北野のためにこの教室へ来ていたわけではないと思う。
そう――――この教室には、コウがいたからだ。
だから、優は休み時間になるたびにコウに会いに来て、北野がその時にからかわれていたら止めにきてくれる感じだった。 それだけでも、北野は十分嬉しかった。
そう言えば、みんなのいた小学校の話をしていなかったね。 簡単に言うと、北野たち学年の結黄賊は二つの小学校に分かれていたのだ。
まず北野がいた小学校には、結人・夜月・未来・悠斗・北野。 そしてもう一つの小学校には、コウ・優・御子紫・椎野がいた。
この二つの小学校は同じ中学校に進学するため、みんなはそこで集まったのだ。
では、中学校3年生になった時の話をしよう。 それは北野が――――いつも通り転校生に呼び出されて、校舎の裏にいた時のことだった。
「いつも調子に乗っていて、うぜぇんだよ!」
「うッ・・・」
普段通りに殴られ、蹴られ、やられていた。 調子になんか乗っていなのに。 彼のせいで北野の日常は崩れてしまったが、だからといって仕返しをする気にもなれなかった。
もしやり返したら両親に迷惑がかかり、仕事にも影響が出ると思ったからだ。
自分のせいで、仕事を辞めてほしくはなかった。 だったら、自分が耐えたらいいだけのこと。 だが転校生とのこのやり取りは――――これからも、ずっと続くのだ。
だから自分が強くならないといけない。 強くなって、絶対にくじけない。 この転校生なんかに、負けを認めたくない。
『俺はいじめられている』と言ったら――――負けなのだ。
北野が強くそう思った――――その時だった。
「俺のダチに、何してくれてんだ・・・よッ!」
―ドスッ。
―――・・・え?
北野には、今の一瞬で何が起きたのかさっぱり分からなかった。 ただ今のこの光景を見て言えるのは、目の前にいたはずの転校生が2メートル程先に移動しているということ。
そして先程まで目の前にいた転校生が、色折結人という少年に――――変わっていたということ。
「あれ、もう終わり? ははッ、やっぱり素人相手だと、俺は強く感じるぜ」
これはどういうことなのだろうか。 結人がこの転校生を、蹴り飛ばしたとでもいうのだろうか。 あんな一瞬の出来事で――――
何が起こったのか未だに頭がパニック状態になっていると、突然彼は北野の方へ振り返りこう口にする。
「北野、大丈夫? 立てるか?」
そう言って、手を差し出してくれた。 北野は結人に迷惑をかけないよう、彼の手を軽く握りほぼ自力でその場に立つ。
立ったことを確認すると、再び結人は倒れ込んでいる転校生の方へ身体を向け、強い口調で言葉を放った。
「もしまた北野に手を出したら、俺が許さないからな!」
その言葉に対し、転校生は負けじと言い返す。
「色折! お前はうぜぇ北野の味方に、つくって言うのかよ!」
「・・・」
その言葉を聞くと、結人は黙ってしまった。 結人はこの時北野の目の前に立っていたため、彼の表情を見ることはできない。
―――ユイがここで黙るっていうことは・・・やっぱり、俺の味方ではなかったんだ。
―――こんな俺の味方になっても、ユイもこの転校生に目を付けられるだけ。
―――無理も・・・ないよね。
この瞬間、彼とは気まずくなってしまった。 だがそう思っていると――――結人は冷静な口調で、先程の発言に対しての返事を言い放つ。
「・・・は、お前何を言ってんの?」
「・・・?」
すぐに言い返さなかった結人に、転校生は少し困惑していた。 だがそんな彼をよそに、続けて自分の思いを綴り出す。
「・・・俺は、俺の味方をしてくれる奴の味方だからよ」
「なッ・・・!」
そう言って少しニヤリと笑いながら、転校生が反論してくる前にもう一度転校生を蹴り飛ばした。
北野にはこの状況をどうすることもできず、ただ見ていることしかできない。 そして、何も言うこともできなかった。 そんな北野に――――結人は、こう言った。
「そんじゃ、北野! あの時の借りは返したからな。 あーでも、借りは返しても俺たちはダチのままだかんな」
「え・・・」
彼が素直な気持ちを言ってくれた嬉しさのあまり、やっと我に返ることができた。
―――俺とユイが、ダチ・・・?
「・・・おい北野、大丈夫かー?」
ぼーっとしていて何も返事をしなかったためか、結人がそんな北野を不思議に思い心配してくれた。
「あぁ・・・。 うん、ありがとう。 ・・・その、どうしてこんな時間まで学校にいるの?」
彼は帰宅部のはずだ。 部活で学校に残っているということはあり得ないと思い、素直に疑問をそう口にする。
「ん、俺? ・・・あぁ、先生から説教されていて、こんな時間になっちまったんだよ。 今日授業中、俺めっちゃ騒いじゃったからな。
説教終わって帰ろうとしたら、コイツの怒鳴り声が突然聞こえて、ちょっくらここまで様子を見にきたわけ」
そう言って、結人は転校生のことを見た。 彼はまだ意識はあるようだが、結人から蹴られたのがそんなに痛かったのか、その場にずっと倒れ込んでいる。
だが転校生の姿を見る限り、怪我などしている様子は一切ない。
「よし。 俺は帰るわ。 んじゃ、またな北野!」
そう言って結人は、今まで起きたことが何事もなかったかのようにこの場から走り去っていった。
そんな後ろ姿を何も考えずにぼんやり見ていると、急に彼は振り返りこう言い放つ。
「北野ー! ソイツが起き上がる前に、北野もその場から離れた方がいいぞー!」
大きな声でそう言いながら、再び背を向けて走り出した。 彼は嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった。 この表現が、今はピッタリだと思う。
そしてこの時、北野は気付いたのだ。
結人が向かうその先には――――彼と同じクラスの、八代夜月がいたということを。
一緒に怒られていたのか、それとも怒られている結人をこんな時間まで待っていたのか。 どちらにせよ、今から彼と一緒に帰るのだろう。
そして北野は、結人を最後まで見送ってからこの場から去った。
この時の自分は、何を思い何を感じていたのかは憶えていない。 だが一つだけ言えることは、この時の自分は嬉しかったんだと思う。 結人に、助けられて。
だけど――――それと同時に、嫉妬もしていたと思う。
結人と一緒に帰る、楽しそうな夜月の姿を見て。
これが――――北野が結人と会話をした、二度目の出来事だった。