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第21話

金之助(きんのすけ)はもう声を出せない。足下の海面を凝視するしかできなかった。

––––と、水面の色が(みどり)から(あい)に、そして黒へと変わったと思った途端、海が盛り上がってきた。
影が浮上してくる。

––––ザバババババッン!

何かが水面を裂く。

––––ギャオオオオオオオオッ!

それは巨大な蛇の頭であった。
黒いような、緑のような、(つや)のない鱗に覆われた「それ」の中で、朱色の目玉ふたつだけが(らん)として光をたたえていた。

海から突き出てきた蛇は、天に顔を向け、口を開く。
上下の顎門(あぎと)には、のこぎりを埋め込んだかのような鋭い牙がびっしり並んでいた。真紅の口内の中で、先がふたつにわかれた舌が(うごめ)いている。

この蛇の口の中、死に直結した穴に金之助とアバズレン、そして彼ら同様に爆風で館から突き飛ばされた、ふさと成行(しげゆき)の四人が吸い込まれるように落下する。

––––ヒュルルルル!

またも砲弾の音。

––––ズシャッ!

金之助たちが大蛇––––波蛇(なみじゃ)、またの名をレビヤタンに飲み込まれる一瞬前にその頭部に着弾––––吹き飛ばす。
即死である。
砲撃で頭を失ったレビヤタンの残ったからだは、すぐに石化をはじめた。

金之助たちは、いまはもはや海につき立つ石柱となったこのレビヤタンに衝突する。
骨を砕くほどの衝撃––––はなく、石面は触れた途端、サラサラとした砂となり、彼らの身体をやさしく包み込んだ。

––––サササササッ!

レビヤタンはすべて砂となりはて、海水と混じりあって土へと変わり、小さな島をそこに現出させた。
「……助かった……のか?」
土饅頭(つちまんじゅう)の即席の島の上で、いまだアバズレンに横抱きにされている金之助は、久しぶりに意味を成す言葉を発した。
アバズレンが無言で金之助を下ろす。
さきほどまで、くわっと凶暴な口を開いていたレビヤタンは、いまは湿り気を帯びた土くれと化していた。

––––足の裏が生温(なまあたたか)い。
金之助は裸足であった。
ほんのすこし前まで病室のベッドに寝ていたのだから当然である。
病院に来る前も、来てからも、急転直下の出来事は埒外(らちがい)にもほどがある展開に、息つく暇もない。
気がつけば、着ている病衣が大きくはだけていた。
あわてて胸元をととのえる。合わせを(そろ)えつつ、傷を見せた時の成行の触手のような十指を思い出す。
「……う、うーん」
その成行の呻き声が聞こえ、金之助はビクリとした。

「いたたたたた!」
地面に寝かせされていた成行が痛む頭を押さえながら、その上半身を起こす。
その背を看護婦のふさが支えていた。
「……よかった、みんな無事だ」
金之助は胸をなでおろす。

––––と、気がついた。

「あ、のぼさん!」

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