バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第22話

金之助(きんのすけ)は周囲を見わたし、(のぼる)がいないことを確かめる。
「……のぼさんはどこ?」
その言葉に(おお)いかぶさるように、

––––おららららぁぁぁぁっ!

升の絶叫が響く。金之助の頭のはるか上、病院の中から。
アバズレンが放り出された病室の穴の、そのふちに立って大声をあげている升。
「ヘイヘイヘイ、きゃがれ、きゃがれ! キャモーン!」
英語まじりで何者かを挑発していた。

––––キャハハハハ!

心から楽しいと言わんばかりの笑い声をあげながら、砲撃から逃れた無数の児啼(バンジー)が升に飛びかかる。

––––ザン!

––––ズシュ!

升は右手に長刀、左手にわき差しを握り、振るっては迫る児啼の首を次々とはね飛ばし、わり裂き、さし貫く。

「オッラララララッ!」
化鳥(けちょう)の鳴き声か のような奇っ怪な気合いを発する升。
奇妙なのは、その声だけではなかった。
講談に出てくる弁慶(べんけい)か仏像の後光よろしく、着ている病衣の(そで)をひきちぎって(ひも)にし、背中にまわして、そこに刀剣を何本も挟みこんで背負っていた。

さらに、これまた服をちぎって額に巻いたはちまきにも数本の短刀が、切っ先を天に向けて抜き身ではさまっている。
鬼の形相(かお)で群がる児啼を斬りまくるその姿、弁慶でも仏さまでもなく、悪鬼羅刹(あっきらせつ)、あの世の異形者の如き修羅姿(しゅらすがた)である。

「やるじゃない、あのコ。あそこにあった刀剣をかき集めてさ」
ふさは立ち上がり、手でひさしをつくりながら、頭上高くで刀を振るう升を見上げる。

「ラララララララッ!」
両腕の振る速さが増し、巻き上がる砂––––児啼の死骸で升の周囲に幾重にも白い(すだれ)を作る。
そこへ、

––––ヒュルルルルルルルル!

砲弾の飛んでくる音。
「のぼさんっ、はやくそこから逃げろ!」
金之助は両手のひらを口にあて、懸命に叫ぶ。

––––ヒュルルルルルル!

さきほどと同じ弾道を進んできた黒い凶悪な鉄球はあやまたず、吸い込まれるように壁にできた穴へ––––升の背へと迫った。

「ハッ!」
短い気合いを放つと、砲弾が背骨を砕くすれすれの間で、後方へ宙返り、虚空に身を踊らす。
「のぼさん!」
金之助は叫ぶ。

––––その時より、目に入ってきた光景が、ひどく緩慢なものになっていた。

––––着弾。

––––轟音。

––––穴から噴き出る大量の砂。

––––続いて飛び出す紅蓮(ぐれん)の炎。

……時がその流れをいまだけ(なま)けた、その動きを(おるろそ)かにした、かのようであった 。

しおり