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第13話 閉店後の日常








 ◆◇◆







「スバルー、看板取ってきた……よ」
「あ、エリーちゃんありがと……う?」

 もうそんな時間かと思ってお礼を言ったんだけど、エリーちゃんが少したじろいでいた。

「どうかしたの?」
「それは君の方でしょ?……また売り上げの悪いパンが偏ってたの?」
「あ、そうそう。って、顔変だった?」
「思いっきり、眉間にシワが」

 お客さんがいないからって、うっかりしてた。
 眉間に指をぐりぐりさせてから、精算作業をさっと終わらせて例のパン達の前に立つ。

「夕方に値下げしてても、食パンとバタールは残っちゃうなぁ……」

 開店してから三ヶ月。
 最初こそはポーションのようなパンと言う物珍しさとその味に完売することはあった。
 だけど、時間が経てばニーズによって売れ行きが変わってくる。
 冒険者さん達は手軽に食べられる調理パン。
 住宅街の主婦さん達は、主食用のパンに加えて子供達向けの菓子パン。
 比率から言うと冒険者さん達が多いから、どうしても食パンとかはあまりがちになってしまう。

「そうだね。ただでさえ安いのを更に下げても、残るのはほとんどその二つか」

 実家でもやっていた、翌日に売ることが出来ない商品なんかを閉店間際にセールをしてても、やっぱり日持ちしやすいパンは残っちゃう。
 様子見してきたけど、いい加減次の手を打とうか。

「三日後の営業日から、やってみるかぁ」
「また新作?」
「うん、明日はお休みだけど。用が終わってから手伝ってくれる?」
「もち」

 次の予定も決まったことで、パン達を一部は保管。一部は残念ながら廃棄。残りは僕達のまかないや主食用にと手分けして閉店作業を進める。
 扉の鍵とセキュリティ用の魔術をエリーちゃんがかけてから、厨房を通り過ぎて倉庫脇の連絡通路を通っていく。

「今日もお疲れ様、エリーちゃん」
「スバルもお疲れ。あたし先シャワー行ってくるー」
「はーい」

 連絡通路の先は、パン屋に隣接させてる一軒家。
 そこに僕とエリーちゃんは二人で住んでいます。
 男女がひとつ屋根の下で、って最初は反対したんですが。


『お前自覚しろ⁉︎ その見た目でひとり暮らししたら襲われるぞ‼︎』
『スバルちゃん、言われなきゃほんとに可愛い可愛い女の子だものぉ』


 などとギルマス二人に言われ、エリーちゃんも仕事だからと納得。
 せめてプライベート空間は分けようと二階をエリーちゃん、一階を僕に。その理由で洗面所、お風呂もそれぞれ別に作ってもらいました。
 エリーちゃんが先に行ってから、僕はキッチンに寄って冷蔵庫の中を確認する。

「ご飯は炊くから……うん、あれにしよう」

 手を洗ってからお米を研いで、鍋につけ置きさせてから僕もシャワーへ。
 自宅での食事当番は交代制にしています。

(最初はエリーちゃんの調理技術を磨くためだったんだけど、いつの間にか交代になったんだよね……)

 おかげで三ヶ月経った今は、エリーちゃんも僕が教えた日本の家庭料理とかが普通に作れる。たまに、エリーちゃんがロイズさんの奥さんに教わった、こっちの世界の家庭料理も出てきたりします。

「さっぱりー! さぁて、急いで作らなきゃ」

 お米は鍋で炊く方が断然早いから、スピード勝負。
 メインはお米を使うから、おかずとかはなし。
 肉と野菜を切って炒めて始めた、お米の方にも火をかける。スープは作り置きをあっためて、サラダには手作りドレッシング付き。
 実家でもお母さんの手伝いしてたから、下手なひとり暮らしの男の子よりも手際いいと思う。

「あ、ケチャップのいい匂いー。今日オムライス?」
「せいかーいっ!」

 今日のメインはオムライス。
 うちだとお米料理と言ったらこれってくらいに、一緒に住んでから頻繁に作っている。エリーちゃんはまだ卵を巻くのが上手くいかないので練習中だ。

「サラダとかは出来てるから、並べてもらっていい?」
「スープは?」
「今あったまったねー」
「じゃ、それもやっとく」

 僕がフライパンで卵を巻いてる間に、彼女が手際良く準備してくれたおかげで洗い物も楽ちん。
 それぞれ席に着いたら、いただきますをして静かに食べ始める。
 エリーちゃんの実家もだけど、僕の方も『家族との食事中は基本静かに食事に集中』と言われてきたから、食べてる間は無言。
 でも、この時間は嫌いじゃない。
 だって、エリーちゃんが幸せそうな笑顔になって食べてくれるから。

「おーいしかった! いつ食べても、卵の焼き加減最っ高!」
「お粗末様です」
「パンや菓子以外には補正付かないから、安心して食べられるし」
「はは」

 いくら錬金師でも、僕の場合はもう一つの職業(ジョブ)がパン職人だからか、ポーションのように作れるのは『パン』と『お菓子』だけみたい。
 お菓子は、パンと一緒に売ることが多いのもこの世界では普通だからとロイズさんは推測している。
 今作ってるのは、クッキーだけだけど。
 食後のお茶をエリーちゃんが淹れてくれる間に洗い物を済ませ、今日もらったあのピンクの紙を机に置いた。

「読もうか」
「仕方ないけどさ……」

 イレインさんから渡された、僕の親衛隊さん達が発行してる『会報』。
 メンバーが誰とか、本人達には会ったことないけど大抵はイレインさんや他の知り合いさんがくれるから毎回見てます。
 だけど、一部を除いて読みたくないのは僕もエリーちゃんも一緒。
 とりあえず、半分に折られた紙を開けばまず飛び込んできたのは。

「な、なんでこれ⁉︎」
「冗談で買ったメイド服、いつバレた……?」

 まず一番上には、僕の顔がデフォルメされたイラストが描かれている。
 服装は店頭で身につけてるものや私服とか毎回違うんだけど、何故か一度しか着てない恥ずかしい時もあるんです。
 ここは毎回ドン引きしちゃうけれど、重要じゃないから無視無視。
 真ん中に書かれている、『新作情報』が今回の目的だ。





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【新作、驚異のメンチカツサンド!】


 会員が独自のルートで購入者を割り出し、実際食して効果がどのように跳ね上がったのか取材しました!


 ・ソロ活動している格闘家(グラップラー)【ランクA】は、夕飯用に魔鹿を狩るのに試そうと使用してみたところ、補正の値(魔法以外の攻撃力を65%付与)にも関わらず……本来の力の三割で倒せたとか


 ・同じくソロの魔剣士(ルーンナイト)【ランクC】は、魔力を付与させずに剣技のみでゴブリン10体を軽々倒せたそうです



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「やっぱり、スバルが新米錬金師にしたって効果は絶大、か」
「普通に作ってるだけなのに?」
「時の渡航者の知識は、こっちの世界にとっては宝同然だよ。あと、スバルの仕事が丁寧なんだから、それがパン達にも現れてるんだって」
「は、恥ずかしいなぁ……」

 家でも学校でもきちんと修行してきたから当然のことでも、エリーちゃんが褒めてくれるとこそばゆく感じちゃう。

「ただ、これが広まったから余計に一人で出歩けないな」
「え?」
「自覚しなって言ったでしょ? 見た目以外に、新米でも腕利きの錬金師なら誘拐だけで済まなくなってくる。悔しいけど、こう言う親衛隊とやらも警戒してるから利用するしかないね」

 ここ、と言ってエリーちゃんが指した箇所には『スバルちゃん周辺を要警戒!』なんて書かれていた。

「あたしも護衛としてしっかり働くから、スバルも自分なりに注意するんだよ?」
「はーい……」

 ストーカー被害は今のところないけど、これからもないって言い切れないから頷くしかない。

「じゃ、明日は買い出し以外に試作もするんならさっさと寝よ?」
「うん」

 会報は戸棚にある専用の箱にしまい、部屋の灯りを消してからおやすみと言ってそれぞれ寝室に入った。

「……誘拐、かぁ」

 ベッドに入ってもすぐに眠気は来ない。
 ごろんと横になってから、さっきエリーちゃんに注意された事を考えてみた。

「この世界じゃ、日本よりも身近な出来事だもんね……」

 エリーちゃんが男性恐怖症になったきっかけでもある、奴隷商人がまだうようよしてる世界。
 犯罪なんて、日本以上に隣り合わせ過ぎて麻痺しちゃうくらい。
 誘拐なんて可愛い方だと思われてても、そうなりたくない。
 されたら、絶対元の世界にも帰れなくなる。

「……けど、明日はいつもより起きるの遅くても寝よう」

 考え過ぎて寝坊でもしたら、エリーちゃんに怒られちゃうからね。
 無理に目を閉じれば、僕は程なくして眠ってしまった。

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