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第9話 とろーりクリームパン

「好きに作っちゃうのもいけないかなぁ……」
「錬金師だから別に気にしなくていいんじゃ? 付与のコントロールもそこそこ出来てるし、ギルマス達が対策練ってくれるんだから大丈夫だって」
「そぉ?」

 お客さん達にもっと美味しいパンを食べて欲しかっただけなのに、錬金師って職業(ジョブ)のせいで人の心を振り回しちゃう……そんなパンは出来るだけ作りたくない。
 もちろん、今まで販売してきたパン達にそれがなかったわけじゃないが、前の時はルゥさんとロイズさんのキッツい御仕置きで平和的解決。
 以来、その件が暗黙の了解になったのか……僕にアピールする以外は、アイテム購入と同じ調子で冒険者さんは買いに来るように。

「今心配し過ぎて、パンにまで影響したら困るのは君だよ? しゃきっとするか笑う!」
「わ、笑……ふふ」

 困るのは、お給金の額が減っちゃうかもしれないエリーちゃんもなのに。
 なんだかおかしくなって笑えば、何故かエリーちゃんにため息つかれちゃった?

「その笑顔、いつもの連中に見せないでよ?」
「まずかった?」
「ああ」

 自分も男だけど、男の人のツボってわからない。



 カララン、コロロン



 ドアベルの音がしたので、僕らは切り替えてお客さんに一礼する。

「「いらっしゃいませ」」
「あ、あの!」
「はい?」

 入ってきたお客さんは、可愛いらしい魔法使いのお姉さんだった。
 魔法使いってわかったのは、専用の杖を持ってたから。
 だけど、なんだか切羽詰まった雰囲気。

「こ、ここが、スバルさんのパン屋さんですか⁉︎」
「あ、はい。表の看板にもありますが」
「よ、良かったぁ……」

 お姉さんは、安心しきったのか腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。
 僕とエリーちゃんは不思議に思ったが、さすがに床に座っては汚いからと彼女を立たせてあげた。

「もう、見つからなくてぇ……ギルドから往復するのに四日もかかっちゃって」
「あんたどんなけ方向音痴なんだよ!」

 エリーちゃんが叫ぶのも無理ない。
 商業ギルドもだけど冒険者ギルドの方も、ルゥさんが徒歩で来れるくらい距離は短いのだ。住宅街の裏だから少し道は入り組んでても、そう間違えることはないはず。

「はいぃ……パーティーの皆にはおっちょこちょいってよく言われてますぅ」
「おっちょこちょいで片付けるパーティーは優しいな! で、店長のスバルはこっちだけど」
「そ、そちらの人が?」
「はい。私が錬金師兼店長のスバルと言います。こっちは護衛兼店員のエリーちゃんです」
「護衛?」
「うちの評判聞いてきたんなら、スバル見たらわかるでしょ? 異常にモテるから追い払うのも兼ねて、冒険者ギルドから派遣されてるのがあたしだ」

 開店してから三ヶ月も経ってるけど、それも知らないのなら他の街から来た人なのかな?

「な、なるほど。あ、私はDランク冒険者のシェリーと言います。そ、その、お力を貸していただけないでしょうか!」
「うちの商品でですか?」
「は、はい……私、パーティーもですがアシュレインに来たのは数日前なんです。ギルドの方で、こちらの噂と評判を聞いて」
「ちょい待ち。長くなるんなら、表に札かけてくる。スバルはそのまま聞いてて」
「はいはーい」
「え?」
「たまにあるんです。こう言った相談も」

 押しかけてくる人達は種類問わず買っていくが、ちゃんと効能も理解してくれてます。が、当然効果がどう効くのか分からない人もいる。
 最初は無料にしてたけど、人数が増えてきたり時間が長いとお金を取るようになりました。ただ、初見さんは30分までは無料にしているよ。
 シェリーさんにも説明すれば、相談中の立て看板をつけてきたエリーちゃんと一緒に聞くことに。

「で、シェリーは何をお求め? うちは基本的に回復専門だよ」
「治癒、でしょうか?」
「完全完治は軽傷か中傷くらいですね? もっと大きい怪我の場合はここじゃなくて、西にある商業ギルドに卸してます」
「あ、いえ。そ、その……スバルさんが言っていた商業ギルドの方では売り切れで」
「「あー……」」

 値段は上げてても、高収入の冒険者さん達も買うから競争率は高い。
 定期的にギルド職員の人に取りに来てもらってても、下手したら一瞬で完売だって。

「それで、本店のうちに来ようにも迷子になってたってわけか?」
「そーなんですぅ! もう、ほんと見つかって良かったですよぉ!」
「いちいち泣かなくていいから! で、スバルも言ったように高性能のは置いてないけど」
「そ、その……私、魔力の保有量が少ないんです」
「あんたDなのに?」

 魔力は生まれつき持ってる量もあるけど、成長と修行でまた変わってくるらしい。
 Dランクは、レベル40前後の中より下くらいの冒険者。
 悪くないレベルとランクなのに、パーティーさん達とどうやってやってきたんだろう?

「攻撃や防御の技の精度はいいんです。ただ、すぐになくなっちゃうんで……勢いで倒してからは、体術でなんとか」
「魔法医者には?」
「先天性のものだから、修行しても変わりにくいって。これでも、色々修行して量は増やしてみたんですが」
「芽が出るか出ないかってくらい?」
「そうなんです!」

 相談を聞くのは、大体がエリーちゃん。
 僕も受け答えはするけど、冒険者の知識とかはまだまだこじつけ程度だから勉強中。
 今も真剣に聞いてます。

「パーティーにもその体質を承知で迎えてもらったんですが、やっぱり迷惑はかけるしポーションはいいのが手に入らなくて。アシュレインに来たのはたまたまですが、ギルド内でよく噂になってたパンを聞いて……お、お願いです、完全じゃなくても、魔力の回復するパンってありますか⁉︎」
「ありますよ」
「ほ、ほんとに?」

 ただ、在庫はどうだったか見なきゃいけないけど。
 シェリーさんにディスプレイのところへ案内すれば、彼女の顔が少しほころんだ。

「す、すごい! こんな美味しそうなパンが全部⁉︎」
「効能は、棚の間にある札に全部書かれてあります。ポーション目的じゃなくても、普通のパンとして食べれますよ」
「わ、わぁ!」
「あったよ。こっちのクリームパンが二個残ってた」
「やったぁ!」

 後ろにいたエリーちゃんの方であったらしく、シェリーさんは杖を倒しちゃいそうなくらい飛び上がった。





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【スバル特製クリームパン】


・食べれば、魔力を70%まで回復してくれる
・製作者が一から手作りしたカスタードクリームが、これでもかとたっぷり入ってる甘い菓子パン。パンもふわふわで、いくらでも食べれるけど太りそうになるのがオチ




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 表示される時の味の評価は少し改編してるけど、大体は表示通りにネームプレートには書いてある。
 誇張し過ぎな気もしてるが、エリーちゃんにはふざけた部分を直せばいいと言われてるのでそうしました。
 シェリーさんはじっとクリームパンの札とパンを見つめていたが、

「こ、これ、こんなお安くていいんですか⁉︎」

 やっぱり、値段に気がついたか。
 ここは、エリーちゃんより僕の出番だ。

「パンでも、食パンや硬めのパン以外だと保存出来る期間が数日も保たないのがあります。ここにあるパンのほとんどがそうなので、お値段は札の通りです」

 ビニールなどの包装素材、賞味期限を引き延ばすシリカゲルもないこの世界じゃ、パンでも惣菜や菓子パンは劣化速度が速い。
 ディスプレイも風通しをよくしたり、少し冷空気を送り出す魔術を使ってても、完売しなければ一部は廃棄。
 作る量はだいぶ調整出来てきたが、必ず売れない商品も出てくる。食品販売業をする限り、どうしてもぶつかる壁だ。
 それを異世界用語を出さずに説明すれば、シェリーさんも納得したのか頷いてくれた。

「このクリームパンは、菓子パンって種類なんですが冷暗所で保管しても二日が限度ですね」
「じゃ、じゃあ、使う場合はすぐの方がいいんですね?」
「腹壊していいんなら、好きにすればいいけど」
「ししし、したくないです⁉︎」
「エリーちゃん……」

 ずっと前に廃棄用のチョココロネ食べてお腹壊したから、シェリーさんに注意したんだろうけど。
 結局シェリーさんは、クリームパン以外にもパーティーのお土産用にって、たんまり買ってくれました。

「お嬢さん達、ありがとうございました!」

 また来ます!と、紙袋を落とさないように抱えてから店を出た。

「……女の子にも、バレないんだね」
「あたしが出会ってすぐに気づかないくらいには」
「うぅ……」

 恰好もそうしてるからだけど、一度くらいは男の子と思われたい。
 けど、それは違う意味で大惨事になるとエリーちゃんに言われてるから出来ないでいた。





 ★・シェリー視点・★




 スバルさんにパンの期限を注意されたので、ギルド内の宿舎で待っててくれたパーティーのところへ急いで戻った。
 説明をきちんとしてから、リーダーは早速試しに行こうと、簡単な依頼を取って街の外へ出発。
 そして今。

(もう魔力切れた⁉︎)

 ホブゴブリン数体の群れを見つけて、手分けして倒してたらやっぱりすぐに魔力切れ。
 いつもなら援護を受けつつ杖を使った体術で倒すが、今回は違う。

「スバルさん特製のクリームパン!」

 全体的に丸っこいフォルムだけど、焼く時に切り込みを入れたのかひだがついたかわいいパン。

「へぇ、そーれが例のパンってか!」

 私が食べる時に防御役を買って出てくれたのが、槍使い(ランサー)のジェフ。ランクはCでも、気前のいいお兄さん。
 さて、守られてる場合じゃないとむせないようにひと口サイズにちぎって口に入れたが。

「あ、あっまい! 美味しいよぉ!」

 何このパンのふわっふわ!
 同じ値段で買うパンの方がパサパサしてることが多いのに、しっとりと柔らかくて甘い。
 甘いのはパンもだけど、 中に入ってる黄色いクリームがすっごいこってりしてる!
 けど変に甘過ぎもなく、パンと一緒に食べるとちょうどいい。棚に書いてあった『太り過ぎ注意』が納得出来ちゃう味だ。
 持って来たの、一個だけにしておいて良かった。
 二個買ったけど、両方食べちゃいそうなくらい。

「シェリー、回復したか⁉︎」

 リーダーの声が聞こえ、本来の目的を思い出した。
 味を堪能してる場合じゃないと、魔力の回復具合を確認してみた。

「すっごい! ほんとに回復したよぉ!」

 7割までってあったけど、気分は満タンに近い。

「そーりゃ、良かった。んじゃ、手始めにこれのトドメ頼むわ」

 ジェフがある程度ダメージを与えた槍使い(ランサー)のホブゴブを譲ってくれたので、遠慮なく杖を構えた。

『あまねく水よ、集え。切り裂く刃となれ!────斬水(スレイド・ウォーター)!』

 ジェフがちゃんと退いてから繰り出すと、何故か水の勢いが凄かった。
 それと、刃の鋭さもどことなく斬れ味が良さげ?と首を傾げてたら、いつもだと深い切り傷を与えるだけの水魔法がホブゴブを真っ二つにしてしまった!

「え、えぇ⁉︎」
「おいシェリー、質また上がってね?」
「ち、違う。違うよぉ⁉︎」
「おい、シェリー危なかったぞ⁉︎」
「「へ?」」

 リーダーや他のメンバーの方を見れば、地面が深くえぐれていた。
 ホブゴブに気を取られてたが、どうやら今の魔法で被害が他にも出てたみたい。

(スバルさんのパン、おそるべし!)

 けど、美味しいからまた買いに行くこと間違いなしなのは自覚してる。
 とりあえず、きちんとパーティーの皆にも説明してからお土産に買ったパンを宿舎で食べる事になった。
 リーダーとジェフが、ベーコンのロールパンサンドを取り合いになったのは見てておかしかった。

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【クリームパンの由来】


シェリーもハマったクリームパン。

由来は結構はっきりしているようです。開発者は、『中村屋』さん。

明治にあんぱんが普及していた頃、中村屋の創業者夫婦はある日シュークリームを食べる機会があったそうです。そして、そのあまりの美味しさに、餡子の代わりにクリームをパンに入れられないかと開発に取りかかりました。

最初の形は柏もち型だったそうですが、開発過程で今のグローブ型となったようです。

しおり