執事コンテストと亀裂㊻
昨日 倉庫
結人は決闘の前日に、コウを呼び出していた。
「コウ。 ちょっと話があるんだ」
「ん? 何だよ」
コウを一人、倉庫へ呼び出した。 周りに他に誰もいないことを確認し、改めて彼の顔を見る。 だがここで、今から話すこととは関係のないことに気が付いた。
コウの顔に――――傷があったのだ。
「その傷、どうしたんだよ?」
「え? ・・・あぁ、ちょっと転んじまってな。 大丈夫だよ、すぐに治るから」
そう言って、コウは優しい顔をして笑う。
だがこの怪我が――――今後のことに繋がるなんてことは、この時の結人には知る由もなかった。
「そっか・・・。 何かあったらすぐに言えよな?」
「おう。 ・・・で、話って?」
コウは結人に話の先を促した。
「あぁ。 実は、コウに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
そこで一度深呼吸し、複雑な気持ちから落ち着きを取り戻す。
今から言うことは、リーダーからの命令だとしても言い出すには難しい内容だった。 だがこれは、コウにしか頼めないことなのだ。
彼は幼少期の頃から喧嘩をしていたということは、既に知っていた。 その時のコウは、もちろん無傷な喧嘩のやり方を知らない。
だから幼少期の頃の彼は、喧嘩をしていてもすぐに相手を傷付けていた。 まぁ――――その喧嘩が、普通なのだが。
この頼みは、他の仲間には任すことができなかった。 他に任せたとしても、彼らは“本当の喧嘩”というものには慣れていない。
“本当の喧嘩”を任せたら、相手を思っている以上に攻撃し傷付けて、生死に関わるところまで手を出すかもしれなかった。
だから、結黄賊の中で唯一“本当の喧嘩”に少しでも慣れているコウに頼みたかったのだ。
そして意を決し、コウに向かって口を開く。
「明日の決闘の時、相手に最後の一発を食らわせるのを・・・コウに任せたいんだ」
「え、俺?」
そう聞き返す彼に、結人は頷く。
「あぁ。 その一発で、相手を傷付けてほしい」
直球に頼み事を口にすると、コウは困った表情をしながら言葉を返してきた。
「傷付けるって・・・。 んー・・・。 でも、どうして俺なんだよ」
「コウは小さい頃から、喧嘩をしていたんだろ? もちろん小さい頃は“無傷な喧嘩”っていうのは知らないから、相手を傷付ける喧嘩をしていた。
他の仲間に頼みたくても、みんなは人を傷付ける喧嘩に慣れていないんだよ。 ・・・だから、コウに頼んだ」
「え、だったら」
「それは分かっている」
コウの言いたいことは、分かっている。
―――だったら、俺がやれってことだろ?
「俺がやりゃあいいっていうのは分かっている。 ・・・だけど、怖いんだ。 俺も人を今まで、傷付けたことなんてなかったから。
実際明日人を傷付けるとなると、本当に傷付けられるのかどうかも分からねぇ。 自信がねぇ。 悪い・・・。 俺、コウが思っているよりも・・・すげぇ弱いんだ」
結人は素直な思いをコウに伝えた。 今の状況じゃ、強がっていても仕方がない。 というより、結黄賊のみんなは“結人は弱い”ということは既に知っているのかもしれない。
そして何も返事をしない彼に対し、続けて言葉を発する。
「もし警察とかにコウが疑われたら、そこは俺が何とかする。 というより、俺が全部責任を取るから。 コウには何も負担をかけさせない。 だから」
「そこまで必死になんなよ」
「ッ・・・」
頑張って説得させようとしていると、コウは笑いながら結人の話に割り込んできた。
「いいよ、別に。 俺にしか頼めないんだろ? リーダーの頼みなら、何でも聞くよ」
「え? あ、いや、でも・・・」
意外とあっさり答えを出す彼に、少し驚いて言葉が詰まってしまう。
「それに、別に俺が疑われてもいい。 ・・・それで、明日決着がつくんなら」
そう言って、コウは再び優しい顔をして笑った。 その彼の発言と表情を見て、少し嬉しく思いながらも溜め息交じりで小さく呟く。
「コウさぁ・・・。 そうやって、自分ばかりを犠牲にすんのは止めろよな。 少しでも、俺を頼ってくれ」
するとコウは、悲しそうな表情を一瞬見せるが――――すぐに小さく笑いながら、こう返してきた。
「それはしょうがねぇよ。 だって・・・これが、俺なんだから」
そして、コウと話し合った結果――――最後の一発を食らわせる合図を、この時に決めたのだ。