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執事コンテストと亀裂㊼




現在


コウが相手を傷付けた後、ここにいるみんなは何も言葉を発さなかった。 結黄賊も、赤眼虎も。 いや、発さなかったのではなく発せなかったのかもしれない。
リーダーはコウの攻撃で勢いよく遠くへ飛ばされたが、意識はまだあるらしい。 今でも頑張って顔を上げ、コウのことを見ようとしていた。 
だが――――やはり誰も口を開かない。 

この時結人は、赤眼虎のことを思い出していた。 出会ったのは横浜。 結黄賊を結成して、半年も経たないうちに現れたカラーセクト。 それが赤眼虎。 
赤眼虎が結人たちと出会った理由は、結黄賊を潰すためだった。 彼らの目的は、カラーセクトの中で一番になること。 当時、喧嘩をした結果は結黄賊の勝利。 
相手はとても弱く、当然の結果だった。 それから半年以上経ち、結人たち結黄賊は高校生となり立川へ来た。 
そこでいきなり柚乃が結人のもとへやってきて、それと同時に赤眼虎もやってきたのだ。 赤眼虎が立川へ来たのは、結黄賊に復讐するためだった。 
結人たちと出会うためだけに、柚乃をストーカーしていたのだ。 柚乃をストーカー―――― 今でも彼らが彼女に怖い思いをさせたのは、結人だって許していない。 
横浜にいた時、柚乃を攫った時のことももちろん許してはいない。 だが正直言って、コウが今相手を傷付けてくれたおかげで気持ちが少しだけ晴れた気がした。 
だってそれは――――相手が血を流している姿を、この目で見ることができたから。 

今も赤眼虎のリーダーは倒れている。 ここからどうしようか。 最後にリーダーに言いたいことは、山ほどある。 それをまず片付けていこう。 
そう思い結人がリーダーに対して口を開こうとした、その瞬間――――結黄賊の一人の少年が、突然声を張り上げた。 そしてそのまま、コウの正面まで行き彼の胸倉を掴んだのだ。

「おいコウ! コウ今何をやったんだよ!? 今コウは結黄賊のルールを破ったんだぞ!? それは許されるとでも思ってんのかよ!」

コウに対して怒鳴ったのは――――未来だった。 未来の表情や行動を見る限り、本気で怒っているらしい。 だがコウは、何も言い返さなかった。 
そんな彼を見て、また未来は怒鳴り声を上げる。
「コウ! 何か言えよ! 俺の話を聞いてんのかよ!」
「コウには手を出すな!」
「ッ・・・」
コウの胸倉を掴んでいない未来の反対の手は、強く固く握られていた。 このままだと未来がコウに危害を加えてしまうと思い、結人は強めの口調で彼を止めに入る。
「でも・・・! ユイ!」
「・・・悪い。 後で全てを話すから」
そう言うと、未来は納得していない複雑そうな顔をしながらも、コウの胸倉から乱暴に手を放し結人たちのもとから少し離れていく。
彼が離れると、赤眼虎の一人が大きな声を出して、突然結人たちに向かってこう言ってきた。
「・・・おい、お前今お頭を怪我させたな!? 警察に言うぞ、警察に!」
「警察に言った方が本当の負け、だろ?」
頑張って大きな声を出しているが、声が震えている赤眼虎の一人に対し、真宮が素早くそう口を挟んできた。

―――真宮は戻ってきてくれたのか。 
―――藍梨がいないっていうことは・・・藍梨をどこかへ、避難させてくれたのかな。

そんなことを思いつつ、結人は改めてリーダーに身体を向け直し言葉を放つ。
「お前は、こうされたかったんだろ? 俺たちに、傷付けてほしかったんだよな。 だから・・・これでもう、満足したはずだ。 お前らは、結黄賊には絶対に勝てない」
「ッ・・・」
リーダーの顔色を窺いつつ、続けて言葉を放った。
「今まで柚乃をストーカーしてきて、お前はどんな気持ちだったんだよ。 下の奴に犯罪行為を命令しやがって。 それが“いいリーダー”って言えんのかよ。
 もうお前らは、俺たちには勝てないんだ。 俺たちが本当に人を傷付ける喧嘩をしたら・・・どうなると思う? 命がいくらあっても、足りないと思うぜ。
 俺たちだって、本気を出せば人を傷付けることができるんだ。 ・・・だからもし俺たちに本気で勝ちたいんだったら、横浜でトップのチームになってから来い」
「・・・は?」
「今の結黄賊は、横浜のカラーセクトじゃねぇ。 立川のカラーセクトなんだ。 
 だったら、お前ら赤眼虎が横浜のトップになってから、もう一度俺たちに喧嘩を申し込んでこい。 今のお前らなんて相手にもなんねぇよ。
 今日勝負に負けて悔しいんだったら、そんくらいはできるだろ。 もし強くなって俺たちに再び対決を申し込んできたのなら、喜んでその勝負を受け入れてやるよ。
 それでお前らが満足するんだったらな。 まぁただし、条件はある」
「・・・条件?」
「あぁ。 条件は、立川の人々を巻き込まないこと。 俺たちの日常は別に狂ったりしても歪んだりしても構わねぇ。 つか、とっくに狂っているし。
 ただ、他の奴らを巻き添えにするのだけは嫌なんだ。 この条件を守ってくれんなら、いくらでもお前らの喧嘩相手になってやるよ」
自分の言いたいことは全て言い切った。 と言っても――――少しだけ、強がったところもあるのだが。 

赤眼虎から喧嘩を申し込まれることについては、別に問題ない。 自分たちの喧嘩がより強くなるだけだし、身体もなまらないためいいことでもある。
それと、自分たちの平穏な日常を取り戻したいと最初は思っていたが、今はそこまで強く思わなくなった。
結人のどこかで、こういう非日常を楽しんでいる自分がいつの間にか存在していたのだ。 

その放った言葉を聞いて、赤眼虎のリーダーは最後の力を振り絞って無理矢理身体を起こす。 そして結人のことを見据えながら、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「ふッ、おもしれぇ・・・。 分かった。 次会う時は、ちゃんと憶えていろよ」
―――俺の意見に、乗ってくれたか。
「あぁ、もちろん。 お前らのこと、そして今日のことだって、絶対に忘れねぇよ」
そう言って、相手に笑ってみせた。
「あ、そういやさ」
ここで突然あることを思い出し、結人は続けて口を開く。
「ストーカーしたことは、警察には黙っておいてやる。 ・・・お前を傷付けちまった、お詫びな」

これで――――結黄賊と赤眼虎の決闘は、幕を閉じた。 

これが最後の戦いではないのだけど。

「お疲れー、ユイ!」
「今回も余裕で勝利だったな」
赤眼虎がまだ公園内にいる中、真宮と椎野が結人のもとへ近付きながらそう口にする。 赤眼虎のみんなは、傷を負ったリーダーを囲んでいた。 無事に終わってよかった。 
いや――――よかったのだろうか。 だけど酷い怪我を負った者は、見る限りいなかった。 これでしばらく、結人たちは普通の生活を送ることができるのだ。 
明日は普通に学校がある。 そしてコンテストもあって、藍梨のこともあって――――それに柚乃のことも、終わらせなくてはならない。
結人は今日の決闘だけでなく、やらなくてはならないことがたくさんあるのだ。 
―――また明日から、頑張らないとな。
今の興奮した感情を落ち着かせていると、結人の後ろにそっと歩み寄る少年が二人いた。
「ユイ」
―――夜月? 
その声が夜月のものだと分かり、結人は自然と振り返る。 だが、そこにいたのは夜月だけではなかった。 伊達も――――いたのだ。
「どうした?」
今から何を話されるのかさっぱり分からず、普通に彼らに尋ねてみる。 すると夜月は、言いにくそうに顔をしかめながら――――結人に向かって、こう言葉を放った。

「・・・藍梨さんと別れたって、どういうことだよ」

―――え?

「は? 何だよそれ」
「いつ別れたんだよ」
「嘘・・・だよね?」
「別れてなんかいないよな?」
夜月から出たその言葉は、結黄賊のみんなにはすぐ伝わっていった。
「・・・説明しろよ、ユイ」
夜月は結人のことを真っすぐに見据え、真剣な面持ちでそう口にする。

―――・・・バレち、まったか。 

いや、バレてよかったのかもしれない。 やっと、みんなに話せるタイミングが訪れたのだ。 そう――――思えばいい。
これで自分が疑われたり、信用されなくなってもいい。 みんなに本当のことを話す時が自然と訪れたのだから、このタイミングは逃さないようにしないといけない。
―――・・・神様は、俺があまりにもうじうじしているのに呆れて・・・仕方なく、チャンスを与えてくれたのかな。
「分かった。 後で全てを話すよ。 真宮」
この気まずい状況を唯一知っていて、どんな顔をしたらいいのか分からなくなっている真宮に声をかけた。
「藍梨は今どこにいる?」
「倉庫の中へ避難させたよ」
「藍梨を家まで送ってきてくれるか? 送ってくれたら、今日はそのまま帰ってもいいから。 あ、怪我とかはしていないよな?」
彼の容姿を見た上で、そう口にする。
「うん、分かった。 大した怪我はしてねぇよ、擦り傷くらいかな。 ・・・ユイ、頑張れよ」
―――・・・真宮は、俺のことをずっと心配してくれていたんだよな。
「あぁ。 ありがとな、真宮」
真宮を見送り、彼が藍梨を倉庫から連れ出すまでの時間稼ぎをすることにした。 

今は――――あまり藍梨と、会いたくなかったから。

「なぁ!」
結人は未だにこの場にいる赤眼虎たちに声をかけた。 すると赤眼虎の連中は一斉に広がり、リーダーを結人に見せるような態勢をとる。
「その怪我、手当てしてやるよ。 北野いいか?」
「あぁ、もちろん」
「別に手当てなんかいらねぇよ」
「いいから大人しくしておけ。 ここで弱っていたら、どうしようもねぇからな」

そして少し経って北野の手当てが終わり、あとは解散だけとなった。
「それじゃ、トップになってからまた戻ってこいよ」
「あぁ。 次、俺たちは絶対に負けねぇから」
―――今日も俺たちに負けたくせに。 
心の中でそう思いつつも、また相手に向かって笑いかける。
「おう。 次、楽しみにしているぜ」
赤眼虎のリーダーと結人は少しの間言葉を交わし、そのまま彼らは公園から去っていった。 きっと、これから横浜へ戻るのだろう。

彼らを見送った後、結人は仲間の方へ振り返った。 これから今までのことを全て話して、今の迷いを全てなくすのだ。
「中へ、入ろうか。 ・・・伊達も、来いよ」

今の状況を一番理解していない伊達は――――戸惑いながらも何も言わずに結人たちに付いていき、そのまま倉庫の中へと入っていった。


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