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第14話

––––シュン!

空気を裂く音と、

––––ガキィーン!

刃と刃がかち合う響きが連続する。

(のぼる)に追いついた首なし将校––––元二郎(もとじろう)がサーベルを打ち下ろし、それを升が刀を横にして防ぐ。
火花と一緒に血のしずくも散り広がった。

「……ほぅ、今剣(いまのつるぎ)か」
林太郎(りんたろう)はつぶやく。
源九郎判官義経(みなもとくろうはんがんよしつね)の、四寸の愛刀。
彼がまだ牛若丸と呼ばれていた時代、あずけられていた鞍馬寺の別当(やくにん)から守り刀として渡され、衣川の戦いに敗れ自刃(じじん)する時に用いられていた短刀。「義経記(ぎけいき)」によれば、柄には紫檀(しだん)を貼り合わせ、鞘尻(さやじり)に唐草模様の(とう)を巻き、竹の輪違いの紋をあしらったものであった。

しかし、そんな名前も(いわ)れもこしらえも、そして成行(しげゆき)が握る五虎退(ごこたい)同様、そんな国宝級の名刀がここにあるのかも、升には知るよしもなく、

––––ガキィーン! ガキィーン!

ただただ迫るサーベルから命を守る、唯一の頼み綱であった。

……三合、四合、五合。
何度打ち下ろしても防がれることに苛だち、元二郎は手にしたサーベルを背中に触れんばかりに大きく振りかぶる。
「……いまだ!」
口に出すより早く升は動いた。
両足を元二郎の左足にからめる。
平衡(へいこう)を崩され、(かし)いだ元二郎の隙をついて()ねるように立ち上がった升は、その勢いのまま土手っ腹に頭突きを食らわす。

––––ズズッ!

今度は元二郎の靴が血で滑った。
升が飛び込んできた衝撃でサーベルと小脇に抱えていたおのれの頭を放り投げ、後方に吹っ飛ぶ。
「見たか、のうなしめ!」
目から火花を飛ばしつつ、言い放つ升。
「頭は地獄の閻魔(えんま)さまにくっつけてもらいな!」
どうやら升は刀剣を握ると人格が豹変(ひょうへん)するタチであるらしい。
鼻息荒く、語気鋭く、
「おらおら、またおねんねかい?」
手にした今剣を、やたらめったら振っては、空気を鳴らす。
「さぁ、おまえのアソコにおったててやるぜ、ヒッヒッヒヒッヒ!」
先刻まで悲鳴をあげていた升はそこにはいない。
「いくよ、いくよ、いくよ〜!」
下卑(げひ)た笑い。嗜虐(しぎゃく)の快感に口元をほころばせ、今剣の柄を逆手に持って、床に転がっている元二郎の胸に飛びかからんとした、その時––––

「図に乗るな、小僧」
まるで子猫の首根っこを持ち上げるように、林太郎は升の後ろ襟を掴んで引き上げた。
「え? うそっ!」
信じられない膂力(ちから)で持ち上げられ、升の両足はそろって宙に浮く。
ばたつかせる間すら与えず、

––––ブゥゥゥン!

ハエを追いはらうような軽い仕草で升を放り投げた。
鮮やかな()を描いて飛んだ升の身体は、

––––ガシャン! ガシャン! ガシャン!

いくつものベッドを巻き込んで盛大な音を立てて床に落ち、跳ね、部屋の壁にぶち当たって止まる。
「……」
升の意識もまた、そこで途切れた。

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