第二百七十五話
「メイっ! 魔力を落ち着かせなさい! そのままじゃ危険よ!」
「う、うう、うああああああっ!」
ドン、と地面を蹴り、メイが大剣を構える。その剣に、魔力が宿っていた。
この力は──っ!
《超感応》がビリビリと反応し、私はセリナを抱きしめながら後ろに跳ぶ!
「炎轟剣っ!」
破壊の力が地面に炸裂し、炎を纏って瓦礫を飛ばしてくる!
ちょっと、こんな町中で使うような技じゃないわよ!?
「「「うわああああああ────っ!」」」
予想通り、悲鳴があちこちで起こる。大通りの割に人通りが少ないから直接的な被害はなさそうだけど、丁寧に舗装された道は台無しになったわ。
それに過剰反応し、メイが敵意をみなぎらせた。このままじゃあ危険すぎる。なんとかしないと!
「仕方ありませんねぇ……」
セリナが魔力を滾らせ、テイムした魔物を呼び起こす。
出てきたのは、ガイナスコブラとウィンドフォックス、そしてハクテイオオワシにキマイラ。主力のオンパレードね。
「ウィンドフォックスちゃん、ハクテイオオワシちゃん、風舞踊! ガイナスコブラちゃんは地中から迫って! キマイラちゃんは毒針の準備!」
的確に指示して、私は狙いを悟る。だったら、私も。
「あああああっ!」
魔力を高めた瞬間、メイが地面を爆裂させながら蹴る!
同時に風が展開し、その突進を殺そうと襲いかかるが、メイは全身を捻りながら大剣を唸らせた。
この魔力はっ!
「「《エアロ・ブルームっ!》」」
私とメイは同時に魔法を放つ。上級魔法は暴風となって吹き荒れつつ互いに衝突し、見えない衝撃波を生んだ。――けどっ!
「負けるっ!」
叫ぶと同時に私の放った魔法がかき消される。弾けるように風が荒れ狂い、周囲の建物の壁や屋根を抉った。もちろんセリナの魔物が風を起こして抑え込もうとした。けど、それも負けた!
これは、《ミキシング》された魔法か!
グラナダは初級魔法に施して威力をとんでもないものにしてるけど、上級魔法でこんなのやられたら、本気でたまったもんじゃないわね。手がつけられない。
戦慄する間に、メイが剣を地面に突き立てる。
膨大な魔力が、零れた。
ぞわりと寒気が駆け抜ける中、それは解放され、私も剣を掲げて解放する。
「「《風神剣》っ!」」
唸る無数の風の刃。それらがまた空中で炸裂し、破裂音を何重にも響かせながら、暴風となってまた周囲に吹き荒れる。また悲鳴が上がって、住民たちは逃げ惑いながら退避していった。
けど、まだ甘い!
「もっと逃げて!! そんなんじゃ巻き込まれるわよ!」
私は声を張り上げてから、メイへ向けて飛び出す。とにかく技を使わせないようにしないと!
一気に間合いへ飛び込むと、メイが激烈な反応を示す。
「アリアスさん、だめっ……!」
「操られてるのね、すぐになんとかしてあげるからっ!」
「だめっ……! ぜんぜん、おさえ、きれなっ……あああああああっ!」
《超感応》が発動し、横薙ぎに払われた剣を躱す。
これは、速すぎる――っ!
私は即座にバックステップし、間合いを少し離す。でも、それより速くメイが追い縋った。
「くっ!」
牽制に剣を向けると、メイが鋭い軌道で斜め下から斬り上げて迎撃してくる。
ガキン、と剣戟、そして衝撃。
って、嘘、重すぎっ……!
手首が悲鳴を上げ、私は即座に剣を手放した。その勢いに負けて、私はバランスを崩す。
「いや、だめっ……!」
「メイちゃん、ちょっと痛いですけど、我慢してくださいねぇ」
メイの泣きそうな声が耳に突き刺さる中、ガイナスコブラが一気にメイを締め上げる!
かは、と、メイの口から苦しそうな声が漏れた。
ってこれ、結構な勢いで締め付けてるわね。
すかさずキマイラが駆け寄り、爪を閃かせて僅かな傷を腕につける。
「痺れ毒ですから、安心してくださいねぇ」
笑顔で言うのがとっても怖いんですけど。
でも、間一髪間に合ったわね。これでメイも大人しくなるはず。後は、じっくりとメイを暴走させている魔力を鎮静化させれば良いわ。
「うあ、ああ、ああああああああああっ!」
一瞬だった。
メイの全身から炎が爆裂し、ガイナスコブラを吹き飛ばしたのは。
んな、自爆!?
「まさか、毒を焼いて無効化……!? そんなことしたら、身体も無事では済みません! メイちゃん、今すぐその炎をおさめるのです!」
「あ、が、あっつ……っ!」
ヤバいわね、メイの耳に届いてない。このままじゃ、命をすり減らすだけだわ。
弾き飛ばされていた剣が落下してきて、私はキャッチする。
「これは、ちょっと乱暴になるわね……」
ぐ、と構え、魔力を高める。呼応して、メイの魔力がさらに上昇していく。
まるで潜在能力の全てを解放するかのように、それはあっさりと私の最大値を超えた。
って……これは、ヤバっ……!
「風炎轟剣っ!!!」
その悲鳴のような声。
そして、意識が消し飛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――グラナダ――
なんだ、この有様は。
俺はすっかりと焼き焦げ、凄まじい破壊の痕跡を残す大通りを見下ろして驚いていた。
あちこちの建物も壊れていて、風の魔法か何かが荒れ狂ったのが分かる。後は、爆裂系の魔法か。それにしても、かなりの魔力が練り上げられていたんだな。
むしろこれだけの損害で済んでラッキーだ。
既に医療チームが到着していて、被害を受けた住民たちの救護に当たっている。
「死者はいなさそうだな」
周囲を探ったのだろう、
『ほとんどが軽い打撲か火傷くらいだな』
「まぁ鍛え方が違うからな」
それに獣人だから炎耐性の加護もあるだろうからな。
とはいえ、だからって安心できるような事態じゃあない。なんてったって、この魔力の残滓……こんな破壊をやらかしたのは、メイなんだから。
どういうことだ、何があった……?
それに、セリナはアリアスの気配もない。
メイと一緒にいたはずだし、仮に魔物が襲ってきたとしたら、共闘しているはずだ。なのに、この残った感じだと、メイと戦った……? ダメだ、俺の感知能力じゃあ、ここまでが限界か。
とにかく怪我人から聴取する方が早い。
そう思って足を向けようとすると、目の前に赤い球が生まれた。
『状況、把握シマシタ』
って、精霊か! 仕事が早いな。
「話せ」
『突如、町ニ魔力ガ襲イ、少女ノ奴隷紋ヲ活用シテ暴走サセマシタ』
……!
奴隷紋だけで分かる。暴走させられたのは、メイだ。そうか。それでアリアスとセリナが止めようとして戦闘になったんだな。
でもまだ疑問は残る。メイは確かに強いけど、二人がかりなら十分抑え込めたはずだ。
『ソノ際、二人ノ人間ガ対抗シマシタガ、少女ノ暴走ガ勝リ、爆発ニ巻キ込マレマシタ』
「それで?」
『二人ハ大怪我ヲ負ッタ模様デスガ、少女ニヨッテ拉致サレマシタ。行方ハ追エマセン』
「ほう。精霊のお前でも追えない、か……」
険しい表情のまま
しばらく沈黙してから、ため息を漏らした。
「なるほどな。随分と用意周到に気配を消しているもんだ。けど、俺様の鼻は誤魔化せん」
「何か分かったのか?」
「方角的に考えて、闘技場へ向かってるな」
……!
電流が、駆け抜けたような感覚だ。
「この町の存在を知っていて、奴隷紋を強制的に感応させて暴走を引き越させ、そして拉致する。その痕跡を残さない。こんな芸当が出来るのは、俺の眷属しか有り得ねぇよ」
「ってことは……闘技場を運営してるっていう?」
訊くと、
「そうだ。そいつ以外考えられねぇな」
「なんでまた?」
「あけすけに言って良いなら、景品だな。闘技場の優勝者や準優勝者に贈られる奴隷としてな」
……あ?
「おい、俺に殺意向けるな。俺が悪いワケじゃね」
両手をホールドアップしながら
俺は深呼吸を繰り返して沸き上がった怒りを鎮める。いや、抑え込む。
ってことはアレか。
メイに奴隷紋があって、ちょうど良いやって目をつけたのか。アリアスとセリナも価値があるからって判断して連れて行ったってところか?
へぇ、上等じゃねぇか。
俺はコキ、と首を鳴らす。
「……気が変わった。良いぜ、出てやるよ、闘技場の大会」
自分でも驚くくらい冷静な声が出た。
「優勝かっさらって、そいつをぶちのめせば良いんだろ? んでメイを、みんなを取り返す」
「おう、そこまでやる気なら大丈夫だろ。まぁ、今回はやりすぎだしな。メイってやつはとにかく、あのセリナとアリアスとかいう二人は王族と貴族だろう? そんなやつらを奴隷の景品になんてしたら、王国が黙ってない」
『そうなったら、水のと戦うことになるな』
「俺様、アイツ苦手なんだよな……そうなったら、クァーレも終わりになるし、世界のバランスが崩れる。それは困るからな。ちと残念だが、アイツは眷属から外すさ。そうすれば、好きに出来るだろ」
ああ、そう言えばそうだったな。神獣や眷属を倒すと、呪いを受けるんだった。
「一応、俺様の眷属──アホ息子だ。つっても育てた覚えはねぇけどな。それなりに強いから注意はしろよ」
「分かった。ちなみに名前は?」
「ギラだったかな、確か」
「……そっか」
覚えた。キッチリ覚えたぞ。
ぜってぇぶっ飛ばす。
密かに握りこぶしを作って、俺は怒りに燃えた。