BUN-KEN-GO！

「うわわわわわぁぁぁ！」
「…………！！！」
絶叫しながら升(のぼる)が最初に部屋に飛び込み、言葉を失った金之助(きんのすけ)が蹌踉(よろぼ)い扉をくぐる。

––––ボコッ！

「ぎゃっ！」
何かが激しくぶつかる音と升の悲鳴。
なにが起こったかを確かめるより早く金之助は扉を閉めた。

––––バタン！

と、同時に、

––––ドンドン！

––––ドンドン！

扉の向こう側から激しくぶつかる音が響く。

––––オギャー、オギャー！

––––アハハハハ、アハハハハ！

無数の児啼(こぎゃなき)たちが体当たりを繰り返している。扉が軋(きし)み、いまにも弾け飛ばされそうであった。
床に転がっていた金之助は跳ねるように起きて背中を扉に押しつけた。
「……ハァ、ハァ、ハァ！」
階段を駆け下り、廊下をひた走り、心臓と肺がものすごい早さで動いていた。
落ちつかせるために大きく深呼吸をしつつ、さきほど鈍い音をたてた方に視線を向ける。

「いたたたたたっ！」
強い衝撃を受け、じんじん痛む頭をさすりながら升は起き上がる。
「……あ、あれ？」
彼の足元には、サーベルを手にした軍服男がうつ伏せで倒れていた。
あの異音はこの男の背へ、升が頭から飛び込こんだときに生じるたものであった。
「……あのう……大丈夫ですか将校さん?」
恐る恐る升はたずねる。
が、返事はなかった。
「のぼさんたち、無事か？」
代わって野太い声が飛んできた。それが聞き覚えのあるものとわかると、升と金之助は声をした方を見て––––そして目をまろくする。
白衣を着た男が日本刀を上段に構えて成行(しげゆき)と対峙していた。

「あ、あんたは！」
升は白衣の剣士を指さす。
「上野の森にいた医者⁉︎」
それはまぎれもなく升を眠らせた男の顔であった。
「……だよね？」
語尾が疑問になった。気を失うまでのわずか数瞬であったが覚えている。間違いなく目の前の青年医者であった。
––––だが、瀟洒(しょうしゃ)な気を漂わせていたような気がしたその顔が、いまは瘴気(しょうき)のような禍々(まがまが)しさをたたえている。同じ姿かたちをしたまったくの別人のような雰囲気に戸惑いを感じた升であった。

「なるほど、金之助くんの傷を縫(ぬ)ったのは、森鴎外(もりおうがい)先生だったか」
得心(とくしん)のいった顔をする成行。
その言葉を聞いた金之助は、
「……森……鴎外先生が、処置してくれたのか」
まだ癒(い)えていない胸の傷痕に手をあてる。小説家を目指す者にとって、森林太郎––––鴎外の名を知らぬ者はいない。
文壇に颯爽と現れたドイツ帰りの現役軍医小説家に、みな憧憬(どうけい)のまなざしをむけていた。金之助もそのひとりである。