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第10話

成行(しげゆき)は、なぜ目の前の青年軍人が自分に斬りつけてきたか理解できなかったが、その剣先からは明らかに害そうとする殺気がほとばしっている。
「 ––––はっ⁉︎」
今度は背後に殺気を感じ、彼は横とびする。

––––シュン!

銀光一閃(ぎんこういっせん)
大上段から一気に斬りおろす林太郎(りんたろう)
渾身(こんしん)のひと振りは空を切り裂き、勢いあまって床板に深々と突き立つ。
間一髪、凶刃(きょうじん)から逃れた成行であった––––が、
「うわっ!」
足を滑らせ、床へもんどりうつ。
「……たたたたっ」
呼吸がつまりそうになるぐらい背中を激しく叩きつけた。

「……!」
散々に火花を散らした両眼に写ったのは、成行同様床に身を横たえる少女の顔。
その表情は驚きに強張(こわば)っている––––大きく見開かれたふたつの目には光がない。背中に大きな赤黒いシミを作って彼女は息絶えていた。
成行は少女の流した血に足をとられたのである。
少女の手には(さや)に収まった一本の短刀が握られていた。成行は鞘を握る少女の、その冷たくなった手を上からそっと押さえると、もう片方の手でその柄を掴んで引き抜き、跳ね起きる。

「……森さん、あんたがやったのか⁉︎」
短刀の切っ先を向け、問う。
「そうだが」
「この子たちを手にかけたのか⁉」
「そうだと言っている!」
叫ぶやいなや林太郎は大上段に構え、成行の頭頂めがけ振り下ろす。

––––バキーンッ!

金属と金属がぶつかり合い、高音とともに青白い光の破片が四方に弾け飛ぶ。
林太郎が放った一刀を、成行は短刀を寝かせて受け止めた。
まともに打ち合えば長刀にかなうはずもないが、そこは刃の角度と握る腕、支える足の力を巧みに使い、衝撃を受け流す。
成行は金之助(きんのすけ)(のぼる)に比べれば、刀剣の扱いに慣れていた。
彼の次兄、郡司成忠(ぐんじしげただ)––––のちに千島列島(ちしまれっとう)を探検、開拓した海軍将校に幼いころよりさまざまな体術とともに、刀法の手ほどきを受けてきている。

「……ほう、五虎退(ごこたい)か」
一撃を防がれた林太郎は間を取りなおすと、成行のにぎる得物(えもの)の名を言う。
五虎退––––足利義満(あしかがよしみつ)の時代、遣明使(けんみんし)として中国を訪れた者が、道中襲いかかってきた五匹の虎を見事打ち払ったことからその名がつき、越後の龍・上杉謙信(うえすぎけんしん)が腰に差していた名刀である。

そのような由来も、なぜ年端(としは)もゆかぬ少女が持っていたのかも成行にはわからない。彼はただ次撃にそなえ、柄をにぎる手に力を込めるだけであった。
「虎五匹は追い払えたが、わたしたちふたりの人間はどうかな?」
再び刀をかまえた林太郎と、サーベルを高く(かか)げた元次郎(もとじろう)が迫ってきた。

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