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第9話

階下(した)からは––––

––––ギャァァァ!

––––ウワァァァ!

……いくつもの悲鳴。

子供たちの苦痛に満ちた魂切(たまぎ)る声––––さきほどまでいた部屋が阿鼻叫喚(あびきょうかん)の惨状になっているのが容易に察することができた。
「チッ!」
成行(しげゆき)は舌を打ち鳴らす。
階段を駆け下りるのももどかしい。
ふさをかかえた腕に力を入れると踊り場から一気に下まで飛んだ。

––––ドンッ!

着地するなり弾けるように廊下を駆け、子供たちのいる病室に飛び込む。

「……!」
––––目の前に広がる光景に成行は絶句。
床に子供たちが倒れ伏していた。
その誰もがピクリとも動かない。
ひと言も発しない。
……全員、絶命していた。
その横でひと振りの刀を握って立つ––––林太郎(りんたろう)
白刃(はくじん)を流れる真紅のしずくがポタリポタリと床に落ち、牡丹(ぼたん)の花を咲かせたように彩色する。

「イヤァァァァァ!」
自分たちが形成した赤い池に沈んでいる子供たちの、その変わり果てた姿を見て、成行の背に隠れるように立っていたふさは両頬を押さえて絶叫する。

––––が、
「うっ!」
不意に途切れる。

––––ドサッ!

糸が途切れた人形のように、ふさはその場にへたりと崩れ落ちる。
「看護婦さん!」
異音に振り向いた成行が見たのは、手刀(しゅとう)構え立つ長身の軍人––––元次郎(もとじろう)であった。
「……『のんのん』ごときが」
野太い声で吐き捨て、靴先で意識を失ったふさを蹴り小突(こづ)く。
「のんのん……か」
なるほど、と成行は思った。

「のんのん」とは(おが)み屋––––祈祷(きとう)、霊媒師の西国での呼び名。
「のんのん」であれば、赤子の(あやかし)の名を知っていたり、お札で撃退したのもわかる。
その「のんのん」が何ゆえ帝国陸軍が有する孤島の病院で看護婦をしているのか?

––––シュン!

その疑問に対する解答(こたえ)を出す時間を、成行が持つことは許されなかった。
一瞬の半分の時間後には、ふさの首筋へ手刀を打ち込んだ元次郎の五指は腰間(ようかん)のサーベルの柄を握り、成行へ抜き放たれる。

「うわっ!」
巨体に似合わぬ敏捷(びんしょう)さで後方へ飛び、刃光(やいば)をかわす。
「何をする!」
怒気を叩きつける成行。
軍帽(ぼうし)の影になり、その両眼はどのような形となっているかわからない。
だが、その口もとには、はっきりとした笑みが貼りついていた。

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