バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

湧水の道①

関門の検査に引っかからず、レウアの街にはスムーズに入ることが出来た。
峠から草原を一本道、海に沿いながら駆けてきた。
急ぎの予定なんてないが、なんとなく馬を走らせたら爽快な気がした。しかし実際は高低差があり、登ったり下りたりで、グワングワンとしていたため、少し乗り物酔いになってしまった。爆走しているのを行き交う人に見られている手前、途中で止まってしまうのはなんとなく癪だった。
知らずのうちに芽生えていた「負けず嫌い」が時間短縮に繋がったのは、素直に喜んでいいのか迷う。
まぁ、いまは夕刻、もし走らせていなかったら、関門が閉ざされて、ヨナを出た時のように野宿することになっていただろう。そう思えば、悪くはない……はずだ。

ヨナと比べ、レウアはもの凄く平坦だ。
高低差がほとんどなく、移動は楽だが、景色を見渡すことが出来ない。
いや僕にとっては、楽ではないな……。
イーアンも、ロヴェルも、ヨナも、道といえば必ず土や石で固められている道路のことを指した。おそらく他の街でも同じだろう。
しかしレウアは道をそのような意味で捉えることはない。
街の民にとって、道とは水路であって、石の道は道とは呼ばない。

そう、レウアは水運の街。貨物はもちろん、人も家畜も、全てが水を使って運ばれる。
外の人間が信じる道は関門まで。関門をすぎれば、道路は水路へと変身する。

水路の横には建物が並んでいるが、その建物は水面から離れており、下の隙間に船が停められている。また建物同士は1区画で繋がっており、水路で移動する距離でなければ、建物の中を通って目的地へと行く。そのため各建物には、必ず1階部分に共用の廊下が設けられている。
海から放射状に広がる大きな水路に、1区画を分ける枝分かれした小さな水路、そして私有地への侵入を許す住人の親切心。それらがこの街を支えているのだ。

今から僕はその水路を使って宿を探すわけだが、僕には根本的な問題がある。もちろん僕だけでなく、この街に入ってくる外の人全てに言えるのだが、単刀直入に言うと、船がない。
そう肝心の船を持っていないのだ。猛者であれば泳ぐことも視野に入れるのかもしれないが、生憎それは街の管理人によって禁止されている。破れば、水路のゴミ拾いを10日間やらされるそうだ。実に水運の街らしい罰だ。それのお陰か、水路は綺麗で、もともと水質もいいのだろう、底まで透き通って見える。
話を戻そう。船がない僕はレウアで生活どころか、次の街にさえ行けない。
つまり船は必需品なのだ。

だからといって、ここで一から船を作るのは時間がかかるし、金もかかる。そもそもそんなことを考えるのは馬鹿くらいだ。
そのためこの街には、その問題を解決しつつ、稼げてしまう画期的な職業が生まれた。
それが「運び屋」だ。
殺し屋とアクセントが似ていて間違える人もいるかもしれないが、ニュアンスは全く違う。ましてやそれと関連付けて、死体の「運び屋」と考えてしまったのなら、もう助けようがない。
関門の衛兵に聞けば、実際に死体を運ぶこともあるらしいが、そういう事実は伏せておきたいのだろう。ものすごく遠回しな言い方で、苦笑しながらお茶を濁していた。

その「運び屋」とは、目的地まで客を船に乗せて運ぶ職業だ。
関門前には運び屋に乗るための行列ができ、僕もそれに並ぼうとした。

「おーい、そこの坊や! うちの船なら馬も乗せてやんよ?」

「……チップは?」

「距離によるけぇ……。1日専用、2枚でどうやろか?」

専用というのはそのままの意味だ。自分専用の運び屋として短期間雇うということで、何日か滞在するような場合はよく使われる。
レウアには3~4日ほど滞在するつもりだが、微妙なラインだ。
ただ今はヨナで稼いだお陰で、金はある。もちろん無暗に使うことは出来ないが、どこか行くために一々運び屋を呼び止めるのは面倒くさい。
それであれば、雇った方が高くついても効率が良く、楽だろう。

「……とりあえず3日」

「了解でやっす! 前払いで6枚、ええすか?」

「はい、これ」

「ちょうどですわ~。ほら、乗った乗った!」

馴れ馴れしい感じが非常にムカつくのだが、自分もタメ口で話してしまっているので表情には出さない。
桟橋から一枚の板を使い、僕と馬は船に乗っかった。普通の運び屋よりは少し船体が大きく、その分舵手が2人いる。さっき話しかけてきた人と、髭の濃い中年男性だ。
普段から船を動かしているだけあって、これだけ重量があっても、船はキチンと進む。
目的地は分からない。ただ「おすすめの宿に」と言っただけだ。世が世なら、このまま連れ去られて、巻き上げられているところだろうが、幸い怪しいところには向かっていないようだ。
ちなみに怪しいところへ行き出した時にすぐ脅せるよう、常に警戒はしている。

着いた宿はこじんまりとした、新築のような宿だった。
ロビーはシックな雰囲気で落ち着いており、部屋も綺麗で、壁に張られた木材からは新鮮な木の香りがする。
見た目同様、やはり部屋自体は小さい。しかしベッドも机も備えられており、漂う新築の香りは身体をリラックスさせる。
機能面から言えば、十分だ。
それでいて1泊1枚で済むというのだから驚きだ。

舵手も言っていたように、これが本当の「穴場」だと感じた。
残念ながら風呂と飯は料金に含まれていないようなので、近くで探すしかない。
舵手は見かけによらず、客に対して最高の気配りが出来る人間のようで、その穴場の宿の近くには公衆風呂と酒屋が建っていた。

今夜の僕は、いつもより格段に機嫌がいい。

しおり