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第二百七十二話

「《クリエイト・ベフィモナス》」

 背の低い草むらに降り立った俺はすぐに魔法を放つ。クリエイション系の魔法と大地の魔法をかけあわせ、即席の壁を作り出し、ドームのようにして囲う。
 クリエイションだけでも可能だが、大地の魔法を掛け合わせる方が正確に且つ強靭に仕上げられる。
 用意した空間は、全員が座ってもゆったり出来るくらいの大きさにした。あまり広すぎると魔力が細かく行き届かない可能性があるからな。

「《クラフト》」

 そこに、俺は強化魔法を施す。
 これでしばらくは乗り越えられるはずだ。もし崩れる気配があれば、また補強すれば良い。

「砂嵐ってどれくらいあるんでしょうね」
「そうだな。ブリタブル、知ってるか?」
「ひどい時は何日も続くぞ。余は地元の民ではないから、今回の砂嵐がどれくらい続くのか、皆目見当もつかんな」

 ま、そうだよな。
 最悪、ここで寝泊まりしないといけない可能性があるのか。
 となると、外の様子を確認できるようにドアを作った方が良いな。ちょっと手心加えるか。
 早速魔力を練り上げる。

「《クリエイト・ベフィモナス》」

 とん、と地面に両手をついて魔法陣を発動させる。
 ぼこぼこと音を立ててドアが出来た。けど、そうなるとどうしても隙間が出来るので、ちょっとした作りにした。まず出っ張りを作り、そこにもドアを作り出すことで二重構造にし、さらにその間に壁を一枚生むことで密閉させたのだ。
 外に出たい時は、その壁を解放して、二つ目のドアを開ければ良い。

「本当に器用ですねぇ。さすがグラナダ様」
「そのうち城でも作れるようになるんじゃないかしら」
「んなムチャ言うな!」

 さすがにそれは無理だっつうの。
 ツッコミを入れつつも、俺は腰を落とした。

 問題は空気だけど、魔法袋を常に解放しておけば問題ない。食料もたっぷりあるしな。

「まさかこんなところで足止めくらうとはな……」
「でも、ちょっと、わくわく」

 ルナリーが無表情の中にも、子供らしい表情を見せた。
 ああ、そっか。分かる。なんていうか、この秘密基地っぽい空間も、体験したことのない未知の自然現象も、なんか刺激されるんだよな。
 大人からするとたまったもんじゃないらしいけど。
 俺はルナリーの頭を撫でながら、外の気配を探る。もう空気の流れが早い。たぶん、砂嵐に見舞われてるんだろうな。

「外の様子がハッキリと分かればいいんですけどねぇ」
「ちょっとグラナダ。そんな魔法ってないの?」
「あるわけねぇだろ。っていうか無理。千里眼系とかのスキルじゃないとな」

 スキルと魔法には明確な違いがあって、どちらにしか出来ないことというのも多い。千里眼もそのうちの一つだ。魔法で出来るのは、せいぜい気配を探知したり、空気とかの流れを察知したりするぐらいだ。

「まぁでも、俺様は十分面白い魔法だと思うぜ。こんなポンポンと家を作ったりするんだからな」

 聞いたことのない声で褒められて――って!?
 いきなり空間のど真ん中に、あぐらを崩して座っている人物が現れた。ローブにフードを深くかぶっているせいで良く分からないが、とんでもない魔力を内包してやがる!
 瞬間、全員が飛び退いた。同時に警戒が最大級に上がり、一気に魔力が上昇する。
 どういうことだ!? どっから入ってきた! っていうか誰だ!?
 混乱しつつも、俺はハンドガンを抜き構える。

「おいおい、驚いたからってその対応はヒドくないか? 特にブリタブル」
「……その声、まさか!?」

 フードが――、否、ローブそのものが炎に包まれる。
 って、おい!?

『懐かしいな。相変わらず荒々しい波動を放つものだ』

 その中で、ポチが落ち着いた声を放ってくる。これで確定か。
 いきなり空間の中に現れることが出来て、ブリタブルのことを知っていて、ポチが懐かしいと口にする。そんなの、クァーレの指導者であり、神獣でもある(ほむら)しかいない!

「おお、その感じは雷のか。そっちも久しぶりじゃないか」

 炎が消え、露わになったのは、途中から炎に変化している尖った耳とピンと立てる獣人だった。普通の獣人よりもやや獣に近いのか、つり上がった目には鋭い瞳孔があった。
 全身も獣毛に覆われているし、尻尾もある。
 ただ、内包している魔力は(たぶん隠さなくなったせいだろう)とんでもなく上昇していて、呼吸さえ苦しくなるようなレベルだ。

『おい、いい加減に魔力を落ち着かせろ。少し苦しい』
「おっと済まなかった。思わぬ旧友との再会に興奮しちまったみたいだ」

 言うなり、(ほむら)は魔力を鎮静化させた。
 あー、楽になった。
 喉をさすっていると、(ほむら)が怪訝そうに顔をしかめた。

「なぁ、雷の。お前、随分と変わったヤツの加護をしてるんだな。気でもふれたか?」

 ……むかっ。
 なんかムカつくぞそれ。
 弱っちいとかそういうのならまだ分かる。たとえSSR(エスエスレア)であったとしても、神獣からしたら弱いからな。けど、まるで俺の加護をしているのが間違ってると言わんばかりの物言いじゃねぇか。
 迷わず抗議の目線を送ると、(ほむら)は嘲るように顎をしゃくる。

『煽るな。相変わらずの単細胞だな。まったく。主、気にするな。コイツは強いヤツを見ると煽るんだ』

 はぁ?
 意味が分からず眉根を寄せると、(ほむら)がかかと笑った。

「言ってくれるじゃねぇか。言っとくけど単細胞ならお前も大差ないだろうが。魔族ごときにしてやられやがって。お前には眷属が多いし、弱ってるだけで消滅もしていないようだから大きな影響はないが、もし滅びてたらどうなってたか」
『耳の痛い話はしてくれるな。あれは不覚だったのだ』
「だったら俺のやり口にいちいち文句つけてくんな」

 にべもない。
 あっさりと論破されたポチが押し黙る。コイツ、さすが獣人を纏め上げてるだけはあるな。頭がキレる。
 頭の良い単細胞って、それだけでメンドクサイんだけどな。

「でもまぁ、せっかくの旧友との再会だ、ここらにしておいてやるよ。それに、お前らと会いたいのは俺も同じだったからな。だからわざわざ出向いてやったんだ」
「! そうなのか、オジキ!」

 ブリタブルが何故か目を輝かせて言う。尻尾があればパタパタ振ってそうだ。

「そりゃそうだ。カワイイ子供が独立して頑張ろうって言うんだ、背中を押すためなら来てやるさ。まぁ、それにしたって豪勢なメンツのようだがな? 神獣にドラゴン。夜界の王に、王国の王族。それに、チェールタでも随分と暴れたようじゃないか。耳に届いているぞ」

 ――なるほど。さすがってところか。情報収集も欠かしてないな。
 俺はますます(ほむら)に対しての認識を改める。コイツは油断も何もない。机上の上でも相当な難敵になる。

「それだけの功績を出されたんじゃあ、俺としても交渉のテーブルを用意しないワケにはいかない」
「それで迎えに来た、ということですか。ご丁寧ですねぇ」
「砂嵐も起こりそうな気配だったしな。ということだから、早速いこうか」
「早速、って言ったって……」

 その砂嵐に巻き込まれてるぞ。
 言いかけて、(ほむら)が勝ち気な笑顔で人差し指を立てた。

「おいおい、見くびってくれるな。俺を誰だと思ってるんだ?」
『……おい、まさか』

 不穏な何かを感知したように、ポチが低い声で咎める。だが、それで引き下がる人物ではない。絶対にない。出会って数分だけど、そんなの余裕で分かる。
 その証拠に、周囲にとんでもない魔力がまた満ち出している。

「安心しろって。これでも神獣だぞ。集団空間転移くらい、やって見せるさ」

 ……集団空間転移!?
 ちょっとそれってアレじゃねぇかハインリッヒでも不可能なとんでも魔法だろ!? いくら神獣だからってそんなの出来るのか!?

「任せろ」

 誰もが驚愕して言葉を失う中、(ほむら)はパチン、と指を鳴らす。
 直後、なんともいえない、身体の芯から揺さぶられるような感覚に襲われて、世界が一変する。

 ぼす、と、音を立てて着地したのは、砂漠のど真ん中だった。

 ……えぇぇ……?

 困惑していると、みんなも着地してくる。

「こ、ここは……?」
「砂っぽいわね、ホント」

 服で口元を押さえつつ、セリナとアリアスは不快を訴える。いや、俺もそうなんだけど。
 強烈としか言いようのない日差しに、今にも焼き焦げそうなサラサラの砂。周囲には、それしかない。
 これってアレか? 転移魔法に失敗したのか?

「よう、無事のようだな」

 考えていると、(ほむら)が姿を見せる。得意げな表情でまた指を鳴らすと、透明なベールがはがれるように視界が変わり、目の前に大きなオアシスと、町が出現した。
 隠蔽魔法で隠していたのか!
 しかも、俺でさえ気付けないくらい強力なものだ。

「ということだ。ようこそ、クァーレの首都、グランへ」

 砂漠の町に相応しい白い街並みに、オアシスの緑が映える町を指さして、(ほむら)は言い放った。

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