ルルの兄様④
「ルル……」
「兄様は、兄様に似てたの。監禁されても、死のうとしなかった兄様に。強くて、いつも私を守ってくれた」
「重なったのか?」
「うん……。だから兄様が見つかるまででいいの! 兄様を……兄様と呼びたいの」
「……もう呼んでるよね?」
「ふふっ、兄様ったら、こういうのは雰囲気なの!」
まだ人生経験も少ない少女に「雰囲気」を指摘されるとは思わなかった。いや、ある意味人生経験は豊富なのだろうか。とても偏ったものではあるが……。
純粋で無邪気なその顔には、ほんの少しだけ大人の顔が垣間見える。この少女は背伸びをしているのではない。
まだ幼いながらも、ちゃんと生きている。
だから知る必要がある。もうすでに生きる意味は見つかっていることを。
「ルル、生きる意味はまだ見つからない?」
「えっ? うん、見つからないの……。でも、伯母様も分からないって言うから、まだ早いのかな」
「ルルは兄様を探すために生きているのか?」
「そうなの! 私は兄様を……」
「だったらそれがもう生きる意味だよ。もうすでに見つけているんだ」
「じゃ、じゃあ……、ルルは死んじゃうの?」
伯母さんは余計なことを仕込んでくれた。純粋に捉えてしまうのだから、どんなに大真面目で言ったとしても、少しはぼかしてほしい所だ。
「いや、ルルは長生きするよ。兄さんが見つかったら、次はなにするの?」
「えっと、兄様といろんな街に行って、もっと世界を知るの!」
「……生きる意味を見つけても、それが1つだとは誰も言ってない。本当の生きる意味は、いまの目標なんだよ。だからやりたいことがあるルルは、生きるべき人なんだ」
「生きるべき、人?」
「そう。ルルは兄さんに必要とされてる。もしかしたら、いやきっと、世界中がルルを必要としてる。やりたいことがある人は、世界から認められるんだよ」
「じゃ、じゃあ! 兄様のやりたいことって?」
「僕は……」
不意打ちの質問にたじろいでしまう。自分で言っておきながら、自分の答えは考えていない。全く悪い癖だ。
旅の目的は……、特にないと思う。
ただ街を出たくて旅を始めて、変な奴に絡まれたり、きれいな景色を見たり、牢獄に入れられたり。この短い期間でいろいろなことがあったけれども、結局僕は何に向かっているのか。それは分からない。
ツギハギの考えをざっとルルに話した。少し考えてから、ルルは僕に教えてくれた。
「兄様は街から出るために、旅をしているの! それがやりたい事じゃないの?」
ルルの鋭い一面は、僕を教育する。こんな少女に教えられるなんて、自分もまだまだだと思う。
旅人になる前から、見聞を広め、経験を積んできたが、自分のことは一切分かっていないようだ。他人から言われて初めて気が付く自分の柄を、僕はゆっくりと噛みしめていた。
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村を出て、ルルとは別れた。
2日程度の付き合いだったが、予想以上に深まった仲はいささか面倒くさい。それはルルが嫌いということではなく、1人になった途端に「寂しい」という感情を覚えなくてはならないからだ。
随分と昔から孤独ではあったが、それでも寂しいとは感じなかった。街を出た時も、「あの肉屋とも会えないのか」なんて考えたことはなかったし、遠い昔に感じていなければ、これが初めての寂しさだ。
空は晴れ渡っているのに、僕の心は曇りがち。心なしか、目に映る光景が色あせているように感じる。
馬も僕が走る気分ではないことを理解しているのか、ゆっくりと歩いている。
あんなにも綺麗に感じていた自然の音すべてが、いまは耳障りだ。もっと静かにしてほしい。
峠の道はクネクネと曲がっている。
最短で峠を越えるルートもあるが、それだと馬が登れない。馬に跨りながら峠を越えるためには、どうしても迂回を繰り返さなければならない。
非常に面倒くさいが、馬を置いて荷物を何往復化して運ぶよりかはマシだ。
村を出たのが陽が落ちる3刻前くらいだった。いまはあと1刻で陽が落ちるくらいだろう。
夜を超えるなら、そろそろ準備を始めた方がいい。
広くもない道を少しだけ外れ、平坦な地を探す。
周りに水資源はなさそうだが、峠のど真ん中で平坦な土地なんてそうそう見つからない。傾いたところで1泊するよりは、やっぱり平らなところで就寝したいと思うのは、人であれば誰だって同じではないだろうか?
枯れ葉と小石を出来る限り除去し、テントを張り、雨に備えシートをかぶせる。テントの中に荷物を置けば、すぐに火おこしだ。
ここまでくれば慣れたもんで、火はあっという間に点く。まずは小さな焚き火を作り、その後に簡易釜を作る。小さな鍋を釜に乗せ、青物とルロ肉を加える。
そこに「血のジュース」と呼ばれている赤色の酸味の効いた液を加える。
パンを3切れほど皿にのせ、鍋に入れた具材に火が通れば完成だ。
熱いうちにスープを喉へ、パンをひたしてふやけさせて口へ。
完食したあとは食器や調理器具をさっさと片づける。
丸く輝く月が木々の隙間から見え始め、それを寝っ転がりながら眺める。
あいにく夜空のことは詳しくない。だから無数に輝いている点を指さしても、それがなにかは分かりかねる。しかしそれは知らなくても飽きない。
常にゆっくりと動き続ける点と月は、僕を惹きつける。
やがて月が天頂にきた時、僕はテントに戻り寝袋にくるまった。
短い出会いに物悲しさを感じつつ、一方でその出会いに感謝し、また訪れる朝を僕はひたすらに待つ。
計画は忘れ去った。
また明日からは、少し前と同じ、日の出とともに始める旅が始まる。