ルルの兄様②
中に案内された僕はルルの家にお邪魔した。
扉を開けると、すぐ広間があった。奥には3つの扉が見え、1つはトイレ、他2つは寝室や物置といったところだろう。村の家にしてはなかなかの広さを持っている。
今いる広間には、中央に一本木のテーブル、それを挟むように長いソファーと木の椅子。部屋の角には暖炉が備えられ、炎がパチパチと音を出し、温もりを部屋に供給している。
湯気の立っている茶水を人数分運んできた伯母さんは僕とルルに座るよう促し、各々の目の前に茶水を置いていった。僕の隣にルル、テーブルを挟んで向かい側に伯母さんという構図だ。ちなみにルルは僕の腕にしがみつきながら座っている。
一口、熱々の茶水を口に含んだところで、伯母さんは感謝の言葉を述べてきた。
一通り、礼が終われば、軽い世間話へと話題は移っていく。
「ナギさんは若いのに、すごいわねぇ」
「旅がしたくて」
あの街の空気が嫌になって……、そんな真実は隠す。ルルは信用できたが、この伯母さんはまだ信用する気はない。
人間不信は本能的で、相手に嘘をつくことを迷いもせずやってのけた。
「そうなのね。それにしてもルルが兄様と呼ぶなんて……、いつ以来かしら」
懐かしむように、伯母さんは顔を少し斜め上に向け、思い出そうとしている。
「お兄さんがいたのか?」
敬語が苦手な僕は、どうしても軽い口調になってしまう。
「ルル。あなた、お部屋でナギさんとお話ししてきなさい。仲良くなりたいんでしょ?」
「……分かったの! 兄様、コッチ!」
伯母さんの表情から察するに、ルルから直接聞け、ということらしい。
ソファーから立ち上がったルルは僕の腕を話さず、そのまま奥の部屋へと誘った。
扉を開けた先の部屋は、予想通り寝室だった。
壁に寄せられたベッドは小さめなので、この部屋はルルの自室なのだろう。
「兄様、ベッドに座ってなの!」
言われるがまま、僕はベッドへ腰掛けた。ギシギシと音が鳴ったが、ちゃんと耐えられるようだ。
隣にルルが座り、しばらく静寂が続いた。
長い間の後、最初に口を開いたのはルルだった。
「……兄様は、寂しくないの?」
「寂しくは、ないかな」
「強いね、兄様は。私は……」
僕は次に出される言葉を辛抱強く待った。
「私にはね、兄様がいたの」
「……」
「兄様みたいに強くて、優しくて……、私を大事にしてくれたの」
黙って耳を傾け続ける。おそらく僕には理解できない、そして同情できるような話ではないだろう。それでも、僕は耳を傾ける。
それがどう役立つのか分からないけど、いまは聞くことしか出来ない……、いや聞くことが最善の策なんだ、と理解していた。
「私の兄様は、どこかに行っちゃたの。……もう何年も前に」
「……」
「兄様がいなくなって、私には母様と父様しかいなくなったの」
「両親は優しかったのか?」
「ううん、毎日怒ってた気がする。……私ね、閉じ込められてたの」
「……」
遠い記憶が一瞬引っかかって、しかしすぐにほどけた。その感覚を僕は捉えていたが、分からないものは分からない。
「ずっと兄様の部屋にいたの。母様も父様も、兄様を閉じ込めて、それのついでに私も……っ」
肩を震わせ、涙をこぼすルルをそっと抱き寄せる。僕の胸に頭をうずめながら、服が湿っていくのを感じながら、僕はそれでも次の言葉をずっと待つ。
ルルの気が済むまで、僕は待つ。
「私っ! ずっと……兄様のこと、探しっ……ててぇ! でも、見つからないから……っ!」
ルルは大きな声で泣き始めた。盛大に、縋るように、感情をむき出しにして泣いている。
それを僕は何も言うことなく、ルルをすっと抱きしめ、頭を優しく撫で、この時だけはルル専用の道具になったつもりで。
僕は落ち着くのを待ち続けた。