ルルの兄様①
寝袋を片づけ、朝食の準備を始める。
朝食とはいっても、簡単なものだ。夜中に作った保存食とパン1切れを袋から出し、両手に一つずつ持って食べる。
保存食はマズくはないが、美味でもない。味は濃く、かたい。それでも僕とルルは文句を垂らさず食べている。
森には平穏が訪れ、静寂を保っている。それを崩さぬよう、僕たちも静かに食事をする。
それが今のルールな気がしていた。
食事が終われば、すぐに荷物をまとめ出発の準備を始める。
馬にはルルを前に抱えて跨り、あの雨の時と同じぐらいゆっくりめのペースで、麓の村まで歩き出す。相変わらずの茂みだが、さほど気にはならない。
地面には所々、水たまりが出来てていたが、ドロドロになっている所はなかった。
衣服が汚れることなく、道を進んでいける。
「村に着いたら、伯母様に兄様の話をするの! ものすっごく強くて、カッコイイ兄様だって!」
「ほどほどに、ね」
半刻もしない内に村へたどり着いた。
これならば、寄り道せずに行った方が良かったと思った。そうすれば、ルルを危ない目に合わせることなく済んだかもしれない。
もし、あの時昼寝なんて考え付かなければ……、後悔が募っていく。しかしそれをルルに悟られぬよう、僕はすぐその自責の考えを振り払い、村に着いた時のことを考えた。
「よくもルルを危険な目に……!」と、もし話を聞いた村人がそう言ってきたらどうしようか。きっとルルは僕を守るだろうが、大人はそれを聞くだろうか。
考えれば考えるほど、不安になってくる。
だけれども、それでも僕は良いと思ってしまっていた。
たまに思う。僕は人に貶されて初めて存在意義が生まれるのではないか、と。
遠い昔、もう忘れてしまった記憶と経験が、その思考回路を発生させる。
何があったのかは分からない。だけど、きっとそれは壮絶なものだったのだろう。
漠然とした考えはまとまらない。確実に言えるのは、その過去がいまの僕を作ったということだ。
それは感謝すべきではなく、きっとそうさせた人物を責めなければならないのだろう。しかし何もかも分からない僕にはどうしようも出来ない。実はただの自意識過剰な被害妄想だったのではないかとさえ思ってしまう。
そうやって、また悪い方向へ考えが進んでしまう。宜しくない。またすぐに考えを払拭し、とりあえず「叱られたのなら受け入れ、すぐに出て行こう」と、それだけを胸に刻み、いざ村へと入ってくのだった。
「兄様、村に着いたの」
馬を村の入口につなぎ留め、ルルに手を引かれながら、所々に石が埋め込まれた道を歩く。
どうやらルルの家に行くようだ。そこに伯母さんも待っているのだろう。
周りを見渡せば、家屋と畑が広がっていた。家畜もいるようで、しかし眠りについている。
まだ朝を迎えたばかりの村はほとんどが眠りについているようだ。外にいる村人も少ない。
ルルに気が付いた村人はみんなして、ルルを囲み「大丈夫だった?」「家に行ったら伯母様に謝りなさいよ」と心配と安堵の入り混じった言葉で迎えていた。
どうやらルルは人気者のようだ。確かにルルの人柄からすれば納得がいく。一通り声をかけ終わった村人が、今度は僕に礼をし始めた。
「助けて頂きありがとうございました」「勇者様です」と、中には涙を浮かべながら感謝を述べてくる人もいた。
やっぱりルルの人気はもの凄いようだ。大半の村人から信頼されているのが見て取れる。
村人の中にはルルに好意を抱いている人も多いようで、男性陣、特に爺たちからは嫉妬の視線を受けていた。しかしその爺たちもマナーが行き届いているようで。嫉妬はしつつも、キチンと礼をしてきた。僕の中で一つの固定概念が崩壊の鐘を鳴らし始めた瞬間だった。
礼も一通り終わり、村人が各々の作業へと戻っていくと、僕はまたルルに手を引かれ、家へと着実に近づいていった。
ルルの家は木造平屋のようだ。
外観は他の家屋と変わらず、少し古い見た目だ。
ギィー……と扉を開けたルルは僕を扉の前で待たせ。先に入っていった。
中から怒号が聞こえることはなかったので、事態は穏やかに済みそうだ。
しばらくして、扉が開けば、そこにはルルと白髪で元気そうな婆……ルルの伯母さんがいた。
開口一番、伯母さんはルルの頭を無理やり下げさせて、自らも頭を下げた。
「ルルを助けて頂き、本当に……ほんっとうに、ありがとうございましたっ!!」
心からの言葉に、僕はルルがどれだけ愛されているかを改めて実感した。