癒し潺④
ルロ肉を厚さ1cmの大きさで2枚切り落とす。青物は千切りにし、木の浅い皿に満遍なく載せる。
焚き火の炎が弱くなっていたので、薪を足し、空気を送り、炎の勢いを活性化させる。ボォッと激しく燃えだす前に、焚き火の周りを適当な石で囲み、簡易的な釜戸を作る。そして鉄製のフライパンにルロ肉を1枚のせ焼いていく。
脂が染み出し、ジュゥゥゥ~……という音とともに香ばしい匂いも漂ってきた。涎が垂れそうになるのを我慢し、完全に焼きあがる直前で皿に盛りつける。
つまり食べるまにまた焼くのだ。そうすればベストな焼き上がりで、熱々のジューシーな肉が食べられる。山菜を取りに行ったルルがどれくらいで帰ってくるのか分からないための策だ。
同じように2枚目も焼いていく。
焼きながら、今度は酸味のある果実を取り出し、それを縦に6等分する。皮と実の間に半分ほど切れ込みを入れ、皿の端っこに盛り付ける。
最初の頃は素っ気なく「ただ食べられればいい」と思って作っていた料理も、今では少し見た目にもこだわるようになった。もちろん効率は落ちるが、それ以上に楽しさを僕は感じていた。
2枚目も焼き上がり、同じく皿に盛り付ける。
料理がほぼ完成し、あとはルルの帰りを待つだけだ。
料理が終わると、急に寂しくなったように感じ、同時に不安も感じ始めていた。少し帰りが遅いな、と思っていると時は訪れた。
「お兄さぁぁぁん!! 助けてぇぇぇっ!!!」
森の中から聞こえたのはルルの悲鳴。可愛らしかった声を荒げて、必死に助けを請うている。
青物を切る時にも使ったサバイバルナイフを腰にさし、すぐ声の方へと向かって行った。
一心不乱にルルのもとへ駆けて行った。
「ルルっ!」
見れば獣に囲まれていた。中心には山菜を大事に胸に抱えてへたり込むルルの姿があった。
獣は全部で4体だろうか。しかし今回は追い払うことが出来なさそうだ。
獣は飢えた目でルルを見つめている。グルル……という声を発し、威嚇しながら、タイミングを今か今かを待っている。
これは食われる。
そう思ったら、あとは殺すしかない。
そうだ。この4体からルルを守るには獣を殺すしかない。しかしそれを見た後、僕はルルにどう思われてしまうのだろうか。そんな逡巡が頭をよぎった時、獣の1体がルルへ目掛けて突進し始めた。
すぐルルの前に立ち、僕も獣へと向かいダッシュする。そして殴りかかってきた腕をつかみ、勢いを使って地面にたたきつける。すぐにナイフで首元を割き、頭にナイフを突き刺した。
青い血がダラダラと流れ出ている。白目になった獣を確認し、すぐ2体目に向かう。
姿勢を低く保ち、獣が立ち上がった瞬間に胸元へ飛び込む。
拳をつきあげ、完全に入れる。気絶しているところへナイフを突き刺し、命を刈り取る。
3体目は怖気づいたのか、森の奥へ逃げていこうと背中を向けた。
しかし僕は止まらない。
止まれなかった。
会ったばかりとはいえ、僕がここまで信用しているルルに危害を加えようとした。
それに対し、静かな怒りを感じていた。
僕の目は据わっていた。傍からは、やる気がないように見えるのだろう。しかしそういう人に限って気づけない。
その目の奥には静かにメラメラと燃える怒りの炎が宿っていることに。
全力で背後に近づき、獣の頭の頂点ににナイフの刃をあてる。
「背中を向けるなんて、失格だよ」
そのままナイフを奥までギュッと差し込む。そして完全に息の根が止まったことを確認し、すぐにルルの状態を確認する。
「ルル、大丈夫?」
ルルはボーっとしている。それもそうだろう、目の前で死を賭けた闘いが行われていたのだから。おそらく獣が殺されるところを見たのも、獣に襲われそうになったのも初めてなのだろう。
視線を合わせ、頭を撫でる。
安心してもらえるように、優しく撫でる。
意識的にやったわけではない。自然と手が伸びていた。そうしないとルルが泣いてしまうと感じたのかもしれない。
「……兄様」
いつ呼び方が変わったのだろう。しかし僕は気にせず、ルルの言葉を待った。
「怖かったの……」
僕の胸に顔をうずめ、そう呟いた。ルルが落ち着くまで、僕は頭を撫で続けた。
食事のことなんて、忘れていた。
しばらくして、ルルは眠っていた。
夕食の肉は焼いても固かったが、ルルは美味しそうに頬張ってくれた。食事を取ったら、すぐ寝袋にくるまありそのまま眠りに落ちた。
一方、僕は今晩だけ寝ないことにした。
もちろん獣の襲来に備えるためだ。焚き火の火力を調整したり、保存食を作ったりで夜を明かした。
そして日の出を迎えれば、朝はムカつくほどに清々しい。
まるで夜中に戦闘があった事実を隠すように、陽は煌めき、空は雲一つなく、人々に嘘を付いているようだった。
そんな僕も今朝は「ちゃんと寝たよ」と心配するルルに嘘を付くのだった。
朝と僕は、この日だけ似た者同士になった。