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第二百五十一話

 私とセリナは屋根を飛び伝い、町の東へ向かう。
 道はもう全体が濁流のようになっていて、とてもじゃないけど使えない。もう水没が近いわ。
 この三日間、ずっと雨だったのだから当然なのだけれど。

 セリナの誘導に従って移動すると、屋根に人影を見つけた。ルナリーね。

 ルナリー(というか、オルカナだけど)は周囲に黒い腕を出現させて複雑に絡み合い、大きな傘を作っていた。おかげで、彼女だけは濡れていない。
 時折吹き付ける暴風もまた、オルカナの生み出した結界か何かだろうかが防いでいる。

「あ、おねえちゃん」

 近くまで到達すると、ルナリーがこちらに気付いた。
 ぴょこん、と狐の耳を動かしつつ、ルナリーが駆け寄ってくる。

「たおしたよ」
「うん、セリナから聞いたわ。良くやったわね」

 私はルナリーに微笑みかけながらほめてあげた。
 彼女は重要な戦力だ。この雨の正体――魔族を打ち倒すために。

 こうなった発端は、おそらく私たちがこの港に辿り着いたからだ。
 はぐれたグラナダたちのことが気になって、海が落ち着くのを待ってすぐに船の手配をしようとした矢先だ。

 《この町で、生涯溺れて眠れ》

 そんな闇の声がやってきて、町は大雨に見舞われた。海もまた荒れに荒れ、船なんてとても出せる状態ではなくなった。
 魔族の狙いは明らかに私たちで、きっと私たちがどこか別の町へ移動しても同じことを引き起こす。というか、移動することが出来ない。

 この港町は、今魔族の展開した強大な結界に閉じ込められている。
 その影響だろう、町の人々たちは硬直して動かなくなった。強い魔力にあてられて、魔力経絡が麻痺して仮死状態に陥っている、というのがオルカナの出した診断だった。
 これを放置することは、出来ないわよね。
 むしろ魔族は町の人々を人質にしたようなもので、私たちは否応なしに戦う道を選んだ。

 そこまでして、チェールタに行かせたくないのだろうか、いや、きっとそこまで考えてないわね。たぶん上からの命令に従ってるだけ。
 魔族の上層部が何を考えてこんなことしてきているのか分からないけど、きっと帝国が関与しているのは間違いないわね。

『これで三体目、か。残る反応は一体だな』

 ルナリーに抱き上げられたクマのぬいぐるみ、オルカナが静かに言う。
 この夜の王たるオルカナは、現状のパーティで間違いなく主軸だった。メンタル的にはかなり怪しいしルナリーの言う事には逆らえないけど。でもその知識と戦闘能力はとんでもないわ。

『ルナリー、魔力に問題はないか?』
「ない。だいじょうぶ」

 オルカナの気遣いに、ルナリーはいつもの平調子で答えた。
 どういう経緯かは聞いてないけど、オルカナはルナリーの下僕らしい。そのせいか、魔力的繋がりも強く、オルカナはルナリーを通して魔力を回復させている。
 町に漂っている魔力は、そのままだとオルカナにとって毒だから、とか。

 そのため、オルカナは莫大な魔力を内包してるけど、一度使うと回復までにそれなりの時間が掛かる。

 グラナダはその辺りを知っていて、だからこそあの時、魔石を投げ寄越してきた。
 いざという時の活力源として。
 本当にアイツは、ああいう場面でも周りを最優先に考える。そういうトコが悪くはない気がしなくもないんだけどってちょっと今はどうでも良いんだからっ!

「それじゃあ行きましょうかねぇ。一刻も早くどうにかして、グラナダ様を探さないといけません」
『うむ。生命反応は消えていない様子だがな』
「命のペンダント、ですねぇ」

 ちらりと、セリナはルナリーの胸にぶら下がっているペンダントを見た。
 うっすらと赤く発光している宝石部分は、グラナダの生存を意味している。
 あの時、弱体化していたとはいえ魔神と遭遇しておきながら、良く生きているものだと感心するわね。まぁグラナダだからあり得るんだろうけど。それにメイちゃんもいるしね。

「グラナダならきっと、チェールタの本島を目指すはず。再会できるとしたらそこよ」
「だから、今をどうにかするのですねぇ」
「ルナリ−、がんばる」
『さて、では行くとするか』

 オルカナの仕切りに頷き、私たちは屋根を蹴った。

 オルカナがこの町で感知した魔族の反応ンも中で、特に強いのが四つ。
 おそらく、この四つが天候に影響を与えて雨を降らせるという魔術を維持していると思われた。

 この四つの魔族を倒せば、必ず本体――上級魔族が姿を見せるはずよ。

 町の人たちも、なんとか出来るはず。
 なんて考えていると、気配が生まれた。周囲に、八つ。

「来ますねぇ」
「セリナ、左。私は右」

 剣を抜きながら、私は言い残して屋根を蹴る。
 こっちへ接近してきているのは、やはり黒い不定形の影。――低級の魔族。

 不定形だけあって、射程こそ短いけれど、攻撃方法は多彩だし物理攻撃は通じにくい。だから、魔法を乗せた斬撃で対抗するしかない。
 もちろんSSR(エスエスレア)である私からすれば簡単なのだけれど、問題は魔力が必要以上に削られることにある。

 たぶん、魔族の狙いはそれね。

 こちらを疲弊させるのが狙い。だからこそ、私たちが戦う。

「空の秘剣――《連空(レンクウ)》っ!」

 周囲に無数の斬撃が発生し、黒の魔族を迎撃する。
 反対側では、セリナがテイムした魔物に指示を出して魔族を撃退していた。

 次々と魔族がやってくる。ということは、目的の魔族が近い!

 私は切り伏せつつ、ルナリーへ目線を送る。
 とたん、ルナリーが動いた。影から出た黒い手が猛然と動き、近くにあった一番大きい屋敷の三階の窓へ飛び込む!
 って無茶じゃないのそれ!?

 驚く間にルナリーは窓ガラスを砕いて侵入していった。
 一気に膨れ上がる、胸やけのしそうな魔力。魔族ね。呼応して周囲がざわつき、魔力が起き上がる。

「秘剣──《波薙(ナミナギ)》」

 屋根から滲み出てくるように現れた黒い不定形に、私は一直線の風を放つ。
 真一文字に刻まれ、魔族は消え去った。

 屋敷では、戦いが始まっている。
 私でも分かるくらい魔力が激しくぶつかり合っている。その余波で、魔族が屋敷の周囲に出てくる。私とセリナの役目は、そいつらの排除だ。
 オルカナ曰く、少し骨の折れる相手だそうだから。

「さぁ、キマイラちゃん、ウィンドフォックスちゃん、餌ですねぇ」
「毎回思うんだけど、餌じゃないでしょ、アレ」

 濡れ鼠のままけしかけるセリナに、私はツッコミを入れる。

「いいえぇ? 餌ですよ? 二体とも魔力を餌にしますから」
「……魔族の魔力って、穢れてるわよ?」
「大丈夫みたいですけどねぇ」

 ころころと笑うセリナ。
 戦いとは思えない空気に辟易しつつも、私は前を睨む。魔族がまた生まれた。

 ほとんど同時に、屋敷の屋根が膨れ上がって爆裂した。決着? もう?

 今までのどれよりも早い。思って目を凝らすと、爆裂した屋根から飛び出したのは、ルナリーだった。全身を仰け反らせていて、明らかに吹き飛ばされた様相だわ。
 猛威の雨がその肢体を打つ。瞬間、黒い手が何重にも重なりながら伸びあがり、ルナリーを包んだ。

「ルナリー!?」
『戦闘に参加せよ! こいつが――本体だっ!』

 大穴の開いた屋敷から飛び上がったのはオルカナだった。ぬいぐるみの片腕が千切れかかっている。
 次いで、出現してきたのは、ヒトの頭と、異様に長い髪の毛。

 私の全身がざわつく。

 あの時。船が半壊していく中、襲ってきた魔族!
 身体の内側から沸き上がる怒りのままに、私は屋根を蹴る。応じて、セリナも追随してきていた。
 ボコボコと音を立てて、頭と髪の毛だけの黒い魔族が、ヒトを象っていく。

「《エアロ・スティール》っ!」

 私は自分自身に風をぶつけて加速、魔族の懐に飛び込んだ。

「秘剣――《猛華(モウカ)》っ!」

 相手の胴体に剣を深く突き刺し、風の猛威を炸裂させる。
 直後、渦を巻くように斬撃が解放され、魔族の胴体は大きく抉り削られた。
 そこへガイナスコブラが魔族の全身に絡み付き、その首筋へ紫に染まった牙を突き立てる。
 瞬間、破壊の魔力が浸透し、砂になって崩れるように首筋が溶けた。追撃にウィンドフォックスが絶妙なタイミングと角度で飛び掛かり、爪を閃かせて首の半分を切り裂いた。

 悲鳴もなく首が飛びあがる。

 ひゅう、と、暴風とは違った風が頬に触れて、何かしらと思う暇もなく飛び上がった首をハクテイオオワシが掴んでいった持ち上げる。
 なんて見事な連携かしら。
 オオワシはアクロバットに回転して首を放り投げる。その頭には亀裂が走っていて、とんでもない膂力で掴まれていたのが分かった。

「グルアアアアアアッ!」

 咆哮。
 降り頻る雨を蒸発させる水蒸気の軌跡を残しながら、膨大な熱を放つ火炎の球がその頭に直撃した。
 火球が弾け、轟、と爆音を轟かせながら衝撃波がやってくる!

 って、危ないわね!

 私は慌てて身を屈めつつ風をやり過ごす。
 真っ赤にも見えた炎は、魔族の頭を完全に灰へと追いやっていた。が。

 残っていた胴体から、再生が始まる。
 魔族としてのコアはそっちに置いていたのね。

 どろどろと、スライムのようにそれは再生して女を象る。けど、顔は口しかない。その口は忌々しそうに歪んでいた。
 忌々しいのはこっちって話よね。
 私は剣を構える。その隣に、キマイラに乗ったセリナがやってきた。相変わらず穏やかな表情だけど、実は憤怒に満ちていることは分かったわ。

「さぁて、魔族さん。覚悟してくださいねぇ」

 そのセリナが、とてつもない怒気を孕んで言う。

「グラナダ様と引き離してくれたこの恨み、千年にも勝ると思いなさい」

 それはまさに、強烈な発言だった。

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