第二百四十七話
全方位からの魔物の大軍。
俺は魔力を全開にしつつ、特攻を始める。当然だ。全方位からの攻撃なんて待ってられるか。
虚を突かれた前衛の連中がスピードをやや殺す。それだけで後続の反応が遅れ、玉突き事故が起こった。
団子状に乱れたところへ、俺は刃を回転させながら突っ込んだ。
薄暗い海水に、血が混じる。
「おおおおお!」
俺は左右に手を伸ばし、トリガーを絞りながら回転。ハンドガンから電撃の弾丸を乱射する。
紫電が走り、次々と撃墜していく中、俺は刃を繰り出しながら縦横無尽に海を、魔物の群れの中を駆け回り、屠っていく。
ハンドガンが熱を持ち始めたタイミングで、俺は群れの中を突っ切った。
その視線の先には──デス・オクトパス。
大元をさっさと倒さないと、また呼ばれたらキリがない。絶対に俺の魔力が尽きる。
何より、あんな巨体で船は襲われたらひとたまりもないし。
俺は意識を集中させつつ呪文を唱える。
デス・オクトパスは脅威を覚えたのか、その足を伸ばしてくる。即座に刃を反応させて切り刻んでいく。
クラーケンに比べて、こっちはかなり柔らかいな。
あっさり切断された足を一瞥し、俺はデス・オクトパスへ更に接近する。
瞬間だった。デス・オクトパスは急激に離脱行動を始めると共に、大量の黒い液体──墨を吐き出した!
って、視界がっ!?
急制動をかけるが、遅い。とんでもない量の墨はあっという間に俺と周囲の海を包み込み、闇に閉ざした。これは、やばいな。魔力感知させないようにジャミングまで仕掛けてきてやがる!
俺は神経を尖らせつつ、水を操作して墨を希釈しようとするが、墨の量が多すぎて雀の涙くらいの効果しか出ない。
舌打ちしつつ《ソウル・ソナー》を撃つが、反応はほとんど無かった。
『いかん、気配が掴みづらいな』
ポチでさえダメか。
――だったら。
俺は思考を巡らせる。果たして、相手は逃げるだけだろうか? 否。デス・オクトパスはその名に冠する意味の通り、非常に攻撃的だ。この墨だって、逃げるためだけに使うとはとても思えない。
俺は意識を集中させ、音を頼りにする。
魔力の感知がダメだったら、こっちをアレンジするだけだ。
俺は素早く魔法の構成をアレンジする。というか、本来のソナーの役割だ。
「《フォノン・ソナー》」
放ったのは、音波だ。それの返ってくる反応をポチと一体化させることで鋭くなった感覚と魔力的に感知し、分析する。
よし、これなら丸わかりだ。
反応で俺は接近してくる巨大な影――デス・オクトパスを感知する。
即座に振り返り、俺は一気に加速する!
瞬間、墨の世界をかきわけ、巨大なタコの足が出現する。だが、予測済みだ。俺は螺旋回転しながら足を伝い、タコの頭に到達する。
「今度こそ逃がさねぇぞ!」
俺は呪文を素早く唱え、頭を刃で切り刻む。飛び散る皮膚。俺はそこへ腕を突っ込んだ。
「《百剣白樹ヴァイス・トロイメライ》!」
クラーケンと同じように頭の内部で白い剣が咲き誇り、絶命させる。
断末魔はなく、ただ力を失い、海の底へ落ちていく。
俺はそこから離脱し、墨の闇からも脱出する。周囲を確かめて、他に大物がいないかを確認する。
『反応はないな』
「だな。よし、最後の仕上げと行くか」
海中には、未だに大勢の雑魚の魔物がいる。一部は既に船への上陸を始めているが、そっちはメイたちがいる。問題なく処理してくれるだろう。
俺はハンドガンを重ねる。意思を感じ取ったアテナとアルテミスが稲妻を迸らせる。俺もありったけの魔力を注ぎ込み、その稲妻を更に巨大化させた。
「いっけぇぇぇぇええええええ――――っ!」
俺はトリガーを引き絞り、巨大な電撃の奔流を解き放つ。凄まじい勢いで電撃は海水を蒸発させながら突き進み、魔物の群れどもを屠っていく。
阿鼻叫喚とも言える悲鳴が上がる中、雷の銃撃が終わる。
大分減ったけど、もう少しだな。
「ポチ、頼む」
『承知した』
ポチが俺と分離する。合わせて、俺は魔物の群れに突っ込んでいく。
呼応するように、魔物どもがまたやってきた。
俺は十分に距離を詰めてから、スキルを解放した。
「《真・神威》っ!!」
閃光が駆け抜け、破壊を撒き散らす。
世界が、海が白に染まり、同時に魔物たちが焼かれて消えていく。広範囲での殺戮が行われ、魔物は一瞬で数を激減させる。
それを見届けつつ、俺は身動きが取れなくなっていた。反動だ。
『引き上げるぞ』
「頼む」
この状態で襲われたらひとたまりもないのだが、そのためにポチと分離している。
ポチは俺のフードを噛むと、鮮やかに泳ぎながら海面へ向かった。
生き残った魔物たちが追い縋ってくるが、ポチの方が早い。
ポチはかなりの勢いをつけて海面から飛び出し、そのまま跳躍して甲板に着地した。俺はしっかりとポチの背中に乗っている。
すぅ、と深呼吸して、俺はポチから飛び降りる。
甲板では、終盤とはいえまだ戦闘が行われている。援護しないと。
「《ヴォルフ・ヤクト》」
自分の周囲に刃を展開し、魔力を伝播させていく。
「《アイシクル・エッジ》」
飛んでいったのは、大量の氷の刃。それらは過たず魔物どもへ突き刺さり、氷に閉ざす。
「ご主人さま!」
「待たせた。こいつらを倒したら終わりだ。もうちょっとだけ頑張れ!」
「はい!」
檄を飛ばすと、メイは強く頷いてから大剣を持ち直した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
掃討戦は、程なくして終わった。
デス・オクトパスの特性なのか、弱い魔物しかいなかったし、大群は海中で始末したし。とはいえ、甲板は血の海になっていて、あちこち損傷していた。
もし悪天候だったら船の運航に支障が出ていたのかもしれないが、船長たちが頑張ってくれている。
残る問題として、どうしてチェールタの船が襲われたのか、だ。
俺たちは早速調査に乗り出すことにしたが──すぐに分かった。ヴァータの加護を持つ乗組員の部屋を訪ねたら、無惨な死体で転がっていたからだ。
抵抗した痕跡はないが、血が部屋中に飛び散っていて、首には左右に切り傷があった。ポチの検分では、左右ともに頚動脈をバッサリやられたようだ。
「な、なんて酷い……」
口元を手で押さえながら、アリアスは険しい表情を見せる。
当然だ。こんな場面は出くわしたことがない。正直、目にするだけで気持ち悪くなる。
当然ながらメイとルナリーは入室さえさせず、セリナに指示して部屋へ戻し、俺と平気だと言うアリアスだけ残す。
一応俺は魔力探知を行うが、犯行から時間が経っているせいもあるか、少しの反応も見付けられない。否、そもそも魔力を使ったかどうかさえ怪しい。
「急所を一撃。これってどうみてもプロの仕業だろ」
「それ以外有り得ないわね」
だよなぁ。
俺はそこまで詳しくない。でも、傷口を見ればどれだけ鋭利なもので躊躇いなく斬ったかは分かる。俺も刃を操るからな。
ってことは、暗殺者ってことだよな。それにしてはド派手にやってる気がするけど。いや、でも俺たちが訪ねるまで誰も気付いてないんだから──……。
ちょっと待て。
それっておかしくないか?
引っ掛かりに俺は考え込む。すると、アリアスが怪訝になった。
「どうしたの?」
「いや……──なぁ、こいつはヴァータの加護があって、魔物を寄せ付けないんだよな?」
「そう聞いてるわね」
「ってことはさ、船にとって一番重要な存在だよな? 現に船で一番良い部屋だし」
この船は夜に出航し、朝に到着する予定だ。そのため、寝泊まり出来るようになっている。ほとんどが大部屋で雑魚寝で、部屋を取ったとしても二段ベッドがぎゅうぎゅう詰めになっている狭さだ。
だが、ここはベッドが備え付けられた個室で、宿屋と同じくらいの広さがある。
おそらく、船長室と同じくらいのグレードだろう。
「そうね」
「だったら、《魔物から襲われた時点で最優先で生死を確かめるよな》? だって、加護が消えてるってことだろ」
「もちろんそれは私も疑って調査したわ。でもその時はちゃんと返事があったって。船長とか乗組員とか、みんなそう答えてたわよ。だから……だから……まさか?」
アリアスの表情が一変する。
「おかしいだろ? 無事だったら加護がきいてるよな? それは、《神獣》の加護を受ける俺が一番分かる」
だとすれば疑うべきはただ一つ。
証言者全員が虚言を放ってるってことだ。そんな大掛かりな仕掛けをする理由なんて、わかりきっている。
「そんな、それじゃあ……」
「俺たちは最初から狙われてたってことだ」
結論を放った刹那、ドアが蹴破られた。