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第二百四十一話

 一頻り露店街で軽いものを買っては食べ、談笑という名のセリナの色仕掛けと俺のツッコミ合戦を楽しんだ後、俺たちは屋敷へと戻った。
 セリナにガイナスコブラを呼び出してもらい、抜け殻と毒を手に入れてから、オルカナのところへ出向く。リビングには紅魔石も、ホーンラビットの角も届いていたので、それも持っていく。

『たった半日足らずで集めてきた……というのか……』

 それを見たオルカナは、驚愕の声を溢していた。
 うん。それは良いんだけど、本気で丸洗いされたのね。物干し竿から吊られてて、イマイチ締まらない。しかもまだ水が滴り落ちてるし。リビングから出てすぐの庭なので、周囲に見られる心配はないが……。
 というか、悲劇的なまでに喜劇だ。

「で、これでオッケーなんだよな?」
『うむ。質も悪くない。問題なく作れるだろう。早速取りかかりたいところなのだが……この有り様ではな』
「まぁ、水の滴る良い男、って言っておこうか?」
『皮肉でしかないな! 吾が輩泣き叫ぶぞ!?』

 抗議が飛んでくるが、ぷらぷらと揺れるしか出来ないオルカナは見てて不憫だが……──かなり面白い。
 必死に笑いを噛み殺しつつ、俺はフィルニーア帽子を見た。

「そうだねぇ。私がやるしかないさね」

 ため息を一つこぼしてから、フィルニーア帽子は王子から飛び降りてテーブルに着地した。
 しれっと視線が俺にやってくる。ああ、そうか、魔力の供給源が欲しいんだな。王子の魔力はまだ完全に回復しきってない。一時的に俺の魔力を供給して助かったが、その後、俺の魔力は抜けている。
 持ち直した後は、自力で回復していくしかなく、幽霊は魔力の回復が遅い。

 故に、王子の魔力を使うわけにはいかないんだろう。

 俺は了承の意味で頷くと、早速魔力回路が接続された。ってどうやったんだ今!?
 驚く間に、魔力の吸収が始まる。うっ、思ったよりも取られるな、魔力。

「へぇ、これだけとってもまだ大丈夫なのかい。驚いたねぇ」
「言っとくけど、しんどいことには変わりないからな……?」

 俺のレアリティはR(レア)だ。一度の最大出力量には限界がある。故に、魔力があっても一気に奪われるとどうしても目眩や動けなくなるといった弊害が起こってしまう。
 その限界は少しずつ拡張しているので、上級魔法くらいの魔力量なら三発程度は同時に展開可能だが――レアリティという肉体的限界は近い。

 もちろん、限界突破したらまたそれは向上するんだろうけどな。

 だがこの世界での限界突破はかなり難しい。人によって条件が異なる上に、二回目の限界突破の条件は相当に難しいので、それを実現させるものは超一流と呼んで差し支えない。

「ほれ、もう十分さね」

 フィルニーア帽子はぶっきらぼうに言うと、あっさりと俺を解放した。
 その頃には素材が全部淡い光を放っていて、一つに合体を始めている。錬成だ。

「大丈夫ですか、ご主人さま」

 そっと寄り添ってくれたのはメイだった。

「大丈夫、魔力が半分くらい持っていかれたけどな……」
「魔力水、飲みますか?」
「いや、大丈夫。自然回復に任せる」

 今は戦闘中じゃないしな。あんなアホ不味いモノを飲んでまで回復する必要はない。そもそも魔力水は貴重でかなり高いからな。
 俺は深呼吸しながら移動し、リビングのソファに腰かけた。

「出来たさね」

 淡い光が消え、小さな麻袋のようなものに変身していた。
 中には何も入っていないように見える。全員からの目線がやって来たので、俺は早速手に取った。
 早速性能を確かめたいところだが──。

「中には何も入ってないよな?」
「……あっ」

 そういう地味に間抜けなとこ、フィルニーアっぽい。

「っていうか、どこに繋がってるんだよ」
「あー、この屋敷の倉庫へと繋がってるさね。思ったより供給された魔力が多かったから、そこそこ広いと思うけどねぇ」

 唸る様子を見せるフィルニーア帽子。
 とはいえ、そこが分からないと物資を保管するも何もない。っていうかこの屋敷、フィルニーア邸宅だっただけあって、倉庫は多く設置されている。探すのは骨が折れるな。
 魔力的に探知できれば一発かもしれないけど。

「まぁ、袋に手を突っ込んで、魔法をぶっぱなせば探知できるさね」
「……それしかないか。ポチ、任せられるか?」
『委細承知』

 息を吐いて訊くと、ポチはあっさりと頷いた。まぁ本当に朝飯前なのだろう。
 神獣だけあって、その辺りの感知力は冗談抜きで凄いからな。

「それじゃあ、早速……」

 俺は袋の口を縛っている紐を緩める。

 ──刹那だった。

 黒い魔力が噴き出したのは。
 驚愕と緊張が同時にやってきて、俺は反射的に袋を投げ捨てる。直後、袋からは何かが飛び出してきた。

 ヒト?

 疑いは一瞬だった。それは黒く、深淵のような負の魔力を抱きながらテーブルに着地する。
 ゆらり、と、それは猫背になりながら両手を力なくぶら下げた。だが、隙は一切ない。
 荒々しい髪形に、揉み上げから顎までラウンド状に繋がった長い髭は獅子の鬣たてがみを思わせる。明らかに実戦で鍛え上げられたであろう肉体美は彫刻のようで、ただでさえ大きい体格を更に大きく見せていた。

『この気配……獣人かっ!』
「それだけじゃないさね、この魔力……瘴気だよ!」

 フィルニーア帽子の警告じゃなくても分かる。この全身を粟立たせるような嫌な感覚は間違いない。

『呪いの一種だな、気を付けろ、凶暴化しておるぞ!』

 吊るされたままのオルカナが言い放った瞬間、そいつは動いた。音を立てて腕と胸の筋肉を肥大化させ、テーブルを蹴り足で砕きながら突っ込んでくる!
 ──疾はやい! けど!

「メイ!」
「はい!」

 指示を飛ばしながら俺も飛び出す。身体能力強化魔法フィジカリングを全力にし、まず繰り出された拳を左へ半身ずれて回避、カウンターのタイミングで膝を鳩尾に叩きつける!

「グガァっ!」

 苦痛の悲鳴と、メイが庭へ続くドアを全開にするのとは、同じだった。
 ステータス任せの一撃は凄まじく、相手はまともにぶっ飛んでいく。吊るされたオルカナのすぐ真下を通過し(オルカナの悲鳴が聞こえた気がする)、背中から庭に落下し、何回もバウンドしてからうつ伏せに沈んだ。

『おい主! 今、吾が輩のこと何も考えていなかったであろう!? 危うくあと少しで吾が輩巻き込まれて下敷きになるところだったではないか! 怖くて泣きそうだぞ今! っていうか泣いて良い!?』
「吸血鬼がそんなことで泣くな!」
『怖いから怖いんだ! 仕方なかろう!』
「ちゃんと計算したよ! そのあたり!」

 これはマジである。
 さすがにオルカナを巻き込むわけにはいかないので、蹴り出す方向はしっかりと定めた。思ったよりも上にいったから掠ったけど。

『主、漫才は良いから追撃だ。起き上がるぞ!』

 ポチが険しい口調で窘めてくる。
 気配はすぐにやってきて、地面に伏していた相手が起き上がる。ダメージはあったようだが、動く分にはそこまで支障なさそうだ。
 これは、厄介だな……。

 俺は思いながら魔力を高める。

「ちょ、ちょっと待って!」

 その時だった。
 投げ捨てた袋から、やけに聞きなれた声がやってきたのは。すかさずメイに目くばせし、頷いたメイが駆け寄って袋の口を開ける。すると、出てきたのはポニーテールの女騎士――アリアスだった。
 って、え、ええ? どういうこと?

「あまり手厳しいことはしないで、あの人、獣人の国の王子様なのよ!」

 その衝撃的な一言に、誰もが沈黙した。

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