執事コンテストと亀裂㉝
同時刻
その頃藍梨は、伊達と一緒に原宿を満喫していた。 今はゲームセンターにいる。 人は相変わらず多く、立ち止まるのも難しい状態だった。
「何か取ってあげようか?」
たくさんあるUFOキャッチャーを目の前に、伊達は藍梨にそう尋ねる。
「うん、何か欲しいな」
一緒に何を取るのか考えた結果、大きなぬいぐるみを取ってもらうことになった。
大きなサイズなので取るのは難しいと思っていたが、伊達は『UFOキャッチャーには慣れているから大丈夫』だと言っていた。
その結果、少し苦戦したが千円以内で取ることができた。 これは藍梨の大切な宝物だ。
「ありがとう!」
とても可愛いぬいぐるみだったので、藍梨は取ってもらった後からずっとそのぬいぐるみを見つめている。
―――可愛いな。
しかもサイズが大きいため、抱き心地も凄くいい。
「なぁ藍梨。 ・・・その、プリでも撮らない?」
そう言って、伊達はプリクラ機の方へ視線を送る。 特に断る理由もなかったためOKし、一緒にプリクラ機へ中へと入っていく。
プリクラを撮る時はとても距離が近く、終始ドキドキしていた。 それにプリクラはなくしたり捨てたりしない限りずっと残っているため、いい表情で写っていたかった。
―――ちゃんと私、笑えていたかな。
たくさん遊んでいるうちに、時刻はもう夕方。 まだ春で外が暗くなるのは早いため、藍梨たちはそろそろ立川へ戻ることにした。
夕方になるにつれ気温も下がり、少し肌寒く感じる。
―――明日は月曜日か。
―――また新たな一週間が始まるな。
「藍梨はもう、東京には慣れた?」
そう、藍梨は東京に来て一ヶ月が経とうとしていた。 この一ヶ月間、色々なことがあったが楽しかった。 結人と付き合うこともできたし、伊達とも出会えた。
「うん、でもまだ人の多さとかには慣れてないけどね。 直くんは、ずっと立川に住んでいるの?」
自分の話から、さり気なく彼の話へと切り替える。
「んー。 まぁ、そうだね」
「立川はどう? 昔とは変わった?」
そう尋ねると、伊達は難しそうな表情を浮かべた。 そして少しの間考え込み、ゆっくりと口を開きその答えを綴っていく。
「まぁ、変わったと言えば最近喧嘩をする人をよく見かけるようになったこと・・・かな」
―――喧嘩を・・・する人?
今の一言で、藍梨の頭には一人の少年が思い浮かんだ。 ――――結人だ。 結人ただ一人と言うより、結黄賊みんなのこと。 結黄賊はまだ立川には浸透していない。
結人自身も、あまり目立ちたくはないと言っていた。 だけどこの先、結黄賊が立川に浸透して様々な事件に巻き込まれたらどうするのだろうか。
あまり詳しく中学校時代の事件のことは聞かなかったが、色々なことをやらかしていたとは聞いていた。
ここに来てまで、結人たちの身に酷いことが起こらなければいいのだけれど。 そんなことを考えていると、藍梨は不安からこの身を少し震わせた。
「よく見かけるっていうか、この前俺たち不良に絡まれたじゃん? だからそれ以来、そういう不良たちを意識して見るようになった、っていうだけだけどな」
彼はそう言いながら笑って誤魔化しているが、その笑った顔は藍梨にとって苦しそうな表情にしか見えなかった。
この時の藍梨と伊達は、どうして最近“喧嘩をする不良たちが増えたのか”という本当の理由を知らない。
いや――――知らない方が、よかったのかもしれない。
「あの時は怖かったよね。 真宮くんが助けに来てくれて、本当によかった」
「・・・真宮には、藍梨から連絡したんだろ?」
「・・・」
藍梨の何気ない発言に、伊達は少し躊躇いつつも突っ込みを入れる。 だが藍梨は、何も返すことができなかった。
ここで『そうだよ』と答えたら『真宮は喧嘩が強いっていうこと、どうして知っているんだ』と聞かれると思ったからだ。
結人が結黄賊のことをあまり世間に知られたくないと言っていたため、藍梨もその理由を簡単に答えることができなかった。 ここで答えてしまうと、結人に申し訳ないから。
怒らせてしまうから。
そして――――困らせてしまうから。
「・・・まぁ、いいけど」
伊達は何も答えない藍梨に、その一言だけを返した。
数時間前
その頃結人たちは、鳥を育てるアトラクション残り時間5分となっていた。 偶然夜月たちを発見した結人は二人と合流し、そのまま成長の結果を見に行く。
「結構俺は頑張ったと思うけど、結果はどうかなー。 柚乃さんは自信どうですか?」
「私も頑張ったよ?」
二人の会話を見ていると、夜月と柚乃の方がお似合いのカップルに見えてきた。 二人共容姿はいいし、何も言うことがない。 だが今更、二人に嫉妬しても意味がなかった。
そして3人は鳥を箱の中へ入れ、結果を見る。
「おー、俺は健康鳥で3歳ジャスト! 柚乃さんは?」
「私は愛情鳥で3歳3ヶ月」
「柚乃さんっぽくていい結果ですね。 それに俺、負けました。 ユイは?」
「・・・」
そう問われるも結人はその問いを無視し、次の場所へと歩き始めた。
「あっ、おいユイ!」
「俺の負けだよ、二人には後で奢る」
突然歩き出した結人の後ろを走って追いかけてくる夜月に対し、冷たくそう言い放つ。
「じゃあ、鳥の性格はどうだったんだよ」
「そんなもん言う必要ねぇだろ」
そう――――言う必要なんてなかった。 鳥の性格は、今の結人をそのまま表しているものだったから。
“泣き虫鳥”だなんて――――言いたくもなかった。
その後結人たちは、他のアトラクションを楽しんだ。 ホラーやクイズ、占いなど。 笑いが本当に絶えなくて、久しぶりにたくさん笑った気がする。
「ははッ、めっちゃ面白かったー」
「俺は驚いてなんかいなかったし! つか、ユイが急に俺を驚かせたのが悪いだろ」
「でもビックリしていたのは事実っしょ? ははッ」
「笑い過ぎだっての・・・」
「でも、結人も怖がっていたよね?」
「はー? 何を言ってんだよ柚乃! あれはわざと驚いたフリをしたの!」
「それは嘘でしょ? だって結人は、意外とビビりだもんね」
「は!? 勝手に変なことを言うなよ!」
柚乃とまた、こんなに気を楽にして話せるとは思ってもみなかった。 それにこの中に夜月も加わると、より心が落ち着く。
夜月が結人を――――後ろから、見守ってくれているような気がして。
3人はサンシャインを出て外へ出る。 外は既に夕方で、夕日が綺麗に空の中で輝いていた。 それは結人たちを裏切らない、真っすぐで忠実で、どこまでも前向きな夕焼けだった。
「まぁ、このまま立川へ戻りつつ次どこへ行くのかを決めるか」
夜月がそう言い、結人たちは立川を目指して歩き出す。
そして向かい始めてから数十分後――――立川へ着くと突然近くから、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「はいはーい。 このゲームは俺たちが貰っていくから、僕たちはとっとと帰んなー?」
「素直に帰んねぇと、痛い目見るぜ?」
―――・・・また不良かよ。
最近は立川で不良たちを見かけることが多い。 今朝も夜月から聞いた話だが、昨日も不良に遭遇したみたいだった。
「またかよ・・・。 どうする? 囲まれている相手は、中学生くらいだけど」
―――いい大人が中学生をいじめてんのか。
―――マジ、最近の大人はなってねぇよな。
そんな彼らの光景を見ながらそう思いつつも、結人はやる気満々でいた。
「久しぶりに、俺もやるかな」
「お? じゃあここはユイに任せて、俺は柚乃さんを守っていようか」
「いや、夜月も一緒に来てほしい」
結人は夜月に、今もなお柚乃をストーカーして付いてきている男の方へと目をやり合図をした。
確かにストーカーもいて柚乃を一人にするのは危ないが、ここはさっさと喧嘩を終わらせてこの場を早く去ろうと考えたのだ。
「ん、了解。 じゃあ柚乃さんは、俺たちから少し離れていてください」
柚乃はその言葉に頷き、彼女が結人たちから離れていくのを確認すると再び合図を送る。
「よし。 それじゃ、とっとと片付けようぜ!」