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第6話

無人のベッドが並んでた部屋が一階、金之助(きんのすけ)(のぼる)がいたのが二階だとするなら、成行(しげゆき)が階段あがりきった天辺(てっぺん)は三階になる––––はずなのだが他の階と様子が違っていた。

違いすぎる。暗いのだ。薄暗い、というより真っ暗と表現すべきか。
大きな窓から入る陽の光と白い壁で明るさに満ちていた階下(した)とはまったく違っていた。数歩も進めば、目の前に掲げたおのれの手すら見えないほど。窓もないのか、一条の光も入らない真暗(しんあん)……
「なんだここは?」
成行はうめく。さきほど一階の窓から見た感じでは夜にはほど遠い時間であった。だがこの三階はまるで真夜中。しかも月もない闇夜。

「……あかりがないことには」
悲鳴を聞いて勢いよく駆けあがってきたものの、何か照らすものがなければ、先へは進めない。
階下(した)からの光が届くところまで戻った成行。
––––そこに、
「たぁ、たぁ、たすけてくれぇぇぇ!」
男の悲鳴が届く。

「なにっ、なにっ、なにっ!」
階段を上がってきた升も絶叫を聞いて丸太のように(たくましい)成行の腕にしがみつく。
「誰か来る」
升とともに上がってきた金之助が、闇がはがれるように現れた人影を指さす。
「……たぁ……たぁ……助けてくれ!」
白衣を着た医師らしき丸メガネの中年の男が、こけつまろびつ、成行たちのところへと向かって来る。

「佐藤先生!」
升、金之介の後ろにいた看護婦(ふさ)が叫けぶ。
「……あぁ、景山くん……」
ふさの顔を見た佐藤医師は、ひきつった顔を崩し、安堵の表情を浮かべる。
––––と、

––––ヴォォォォォン!

高波のような、鳥のはばたきのような、空気を激しく震わす音が響いた。
 
闇が、黒々とした影が、佐藤医師の頭からつま先まで飲み込む。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! 」
苦痛に満ち満ちた絶叫。

––––カッツン!

渇いた音を立て、成行たちの足下に、ひしゃげ、ひび割れた眼鏡が転がってきた。

「……先生……佐藤先生はどこ?」
佐藤医師の姿は、ふさや成行たちの前で一瞬にして消えた。
「……それに、なんで? なんでこの階、こんなに暗いの⁉」
唖然(あぜん)としていたふさは、震える声をしぼり出す。普段は下の階と同じように明るさに満ちているのに、いまは一条の光も射し込んでいない。

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