第二百十二話
とりあえず一晩を明かした翌日、朝ごはんを済ませ、俺たちは街に繰り出した。ルナリーの着替えを確保するためだ。
終わったら街を後にする手筈だ。
とはいえ、行くアテはない。早くルナリーをなんとかしてやらないとなぁ。まともに依頼さえ受けられないぞ。
宿場町の宿は割高というのもあって、ずっと住まわせるワケにも行かない。
「んー……どうしたもんかな……」
田舎村には一応屋敷があるが、王都からは遠く、活動拠点には向かない。ルナリーを閉じ込めたら住む場所が変わっただけで前となんら変わりない。
それだとオルカナの反感を買うだろう。
俺としても否定的だしな。ルナリーには外の世界を見せてあげるべきだと思う。刺激が無かったことが感情が薄い原因だろうし、根は優しいだけに勿体ない。
後、メイのためでのある。
俺は甲斐甲斐しく世話をしているメイを見る。普段からかなりの世話焼きなのだが、妹が出来たみたいなのだろう、かなりルナリーのことを気にかけている。
どこかシンパシー感じてる部分もあるかもな。
「おや、ずいぶんと悩んでるみたいだね」
気配が生まれた刹那、声と共に俺の両肩がガッチリホールドされる!
ざわりと全身が怖気立ち、俺は魔力を一気に膨らました。それは衝撃を生む威力となり、俺の背後を襲わせる。
軽い衝突音がして、誰かは離れた。「ふぎゃっ」と情けない声を出しながら。
素早く振り返り──俺は呆れた。
「なーにやってんですか、ハインリッヒさん」
道端で情けなく尻餅をつくハインリッヒをジト目で見ながら俺はため息を漏らす。
「いたたた、ひどいなぁ、もう」
「いきなり現れて両肩ホールドするからでしょうが」
腰をさすりながら起き上がるハインリッヒは抗議してくるが、俺はキッパリと反論する。
まったく。転移魔法で出現すると同時に肩を掴むなっつうの。
「それにしたって、手加減なしとは容赦なくない?」
「誰の影響ですか?」
「それ、答えるとますます僕が追い詰められるよね? そんな詰将棋みたいな会話はしたくないなぁ、広がりがないじゃない」
いったい何を求めてるんだ、この現世界最強英雄は。
「最初から詰んでる気はしますけどね」
「なんか本気で容赦ないね? どうしたの、悩みなら訊くよ?」
目をぱちくりさせながらハインリッヒが首を傾げる。正直イケメンだから許される所作だ。
「その悩みを知ってるからここに来たのでは?」
「こりゃ重症だね。その通りだよ。アリシアさんから命令を受けてやって来たんだ。相変わらず人使い荒いよ」
少しばかり疲労の見える息を吐いて、ハインリッヒは苦笑しながら頭をかいた。
どういう関係なのか、ハインリッヒはアリシアに頭が上がらないらしい。しばしば小間使いにされている。
「それで、詳しくは聞いてないんだけど、とりあえず国籍が作れないんだって? 手立てが無いわけじゃないんだけど」
「え、そうなんですか?」
「うん。裏の組織を使えば、行方不明になっている国籍ぐらい融通してくれるだろうから、それを使えば……」
「却下で」
俺は即答した。
食いついた自分がバカみたいだ。裏の組織とかそんな犯罪臭しかしない単語のお世話になるつもりはない。
仕事柄、ハインリッヒは繋がりを持っているようなので、ツテになってくれるんだろうけど、正直にごめんである。
それにどんな足がつくか分かったもんじゃない。
「まぁ、そうだろうなと思ってたけど……あれ?」
苦笑していたハインリッヒの顔色が変わる。
「ねぇ、もしかしてあの子……獣人? いや、ちょっと違うね。獣人が混じってる感じかな?」
「……良く分かりますね」
「当たってた? なんとなくだったんだけどね」
あはは、と笑うハインリッヒ。本気でチートめ。
「とはいえ、何が問題なの?」
「問題って……」
「いやだって、グラナダくん、《ビーストマスター》でしょ?」
本気で不思議そうにハインリッヒは首を傾げた。
「ええ、そうですけど」
「だったら《主従》させれば良いじゃない」
……………………は?
俺は訳がわからず、頭を空っぽにさせた。
どういうことだ?
「いや、だって獣人の魂が入っているなら、《ビーストマスター》の能力は効果があるよ? 違うのは相手がそれに従う意思を見せないと《主従》させられないトコだけど」
「そ、そうなんだ……」
世の中まだ知らないことばかりである。
とはいえ、これは良いことを聞いた。《主従》関係にあるのであれば、冒険者の資格がなくても依頼に同行できるし、国籍が無くても街に出入りが出来る。
問題はオルカナとルナリーが納得するかどうか、だが。
「わかった」
『それで解決するのであれば良いのではないか?』
あっさりと許可が下りた。
少し拍子抜けなような、ほっとしたような。
ともあれ、俺はさっさと作業を済ませた。ルナリーが一切抵抗しないので、数秒である。
「ん。これで、ルナリー、お兄ちゃんの、奴隷」
「よしよし、色々と不穏だし色々と世間体悪いからそんな言葉使わないでいこうな?」
ルナリーのとんでも発現を諫めつつ、俺は頭を優しく撫でた。
「私は《主従》なんてなくてもご主人さまの奴隷ですけど?」
「メイまでやめよう!?」
「だったらメイも頭撫でてください」
「ちくしょうそれが狙いだったか! ああもう、分かった!」
ずい、と頭を差し出してくるメイの頭を俺は撫でてやった。
たまにだが、メイもしっかり甘えてくるようになったんだよな。良いことだけど。自分の思いをしっかり伝えられるようになったって証拠だ。
「とりあえず微笑ましい限りのやり取りを見てるんだけど、まぁ確かに考えたら幼い少女二人を連れ従える鬼畜飼い主ではあるよね」
「ハインリッヒさん。面白がるのはやめましょう?」
「うん、ごめん。謝る。素直に謝る。だから真顔で睨まないで?」
脂汗を垂らしながらハインリッヒは素直に謝った。
「それじゃあ解決したってことで良いかな? アリシアさんへは僕から言っておくから、じゃあね」
「え、ああ。ありがとうございました」
「あ、そうそう。一つだけ」
ハインリッヒは魔法を発動させようとして、人差し指を立てる。
「近々アリアスが困ったことになりそうなんだ。たぶん、SOSが来ると思うから、助けてあげてね」
「え?」
「ていうか、助けてくれないと割と本気で困ることになるんだよね。色々と。そういうことだから」
言うだけ言って、ハインリッヒは笑顔で姿を消した。
って待てぇぇぇぇ――――――――っ!? 肝心なところだけ言わないでどっか行くんじゃねえよ!
思いっきり叫びたかったが、それは出来なかった。
『相変わらず忙しい奴め』
魔力の残滓さえ消えてから、ポチは呆れて言う。
「ああ言い残すってことは、《神託》なんでしょうね」
「だろうな……」
軽い頭痛を覚えながら俺は返事をする。
俺のことをしれっと手伝いながら、その恩を返せと言わんばかりに言い残す。全くもってハインリッヒらしいやり口だ。
「けど、ハインリッヒさんがああいうなら、やるしかないんでしょうね」
「だな。何が起こるか分からんけど、とりあえずしばらく警戒しておくか。まずはルナリーの服選びからだな。早く済ませ……」
俺の言葉が中断される。
見えたのだ。
視界の端から、巨大な何かが飛び出したのを。そして、それが頭上を通過したのを。
影になった瞬間見上げると、そこは白いもふもふで満ちていて、全くもって意味が分からない。
白いもふもふは、放物線を描きながら俺がいる大通りを通過し、建物を越えて向こう側に着地し、盛大な衝撃音と風を送り込んで来た。
「きゃあっ!?」
風に煽られたメイとルナリーをキャッチしながら、俺は凝視する。
「なんじゃあれ……」
着地した白いもふもふ。
それは、三階建ての建物よりもまだ大きい、一角ウサギだった。