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第百七十八話

「チームプレーって、どういうことですか? いや、意味は分かりますけど」

 怪訝になりながら訊ねたのはアリアスだ。

「いいか。奴等は怠惰の極みだ。トーマスが餌で釣って来てはいるが、数時間はかかるだろう」

 言い方がとにかくヒドいが、それだけ担任も怒ってるってことだろう。
 担任はまずアリアスとフィリオを指さし、それから俺とエッジを指さした。

「さすがに各個撃破となったら、お前らでも苦戦するだろう。腐りきった連中でも先輩だからな」
「それで、俺とエッジ、アリアスとフィリオでタッグを組めと?」
「そうだ。お前らは間合いも近いし、接近戦タイプだしな。セリナはそんな二組のフォロワーだ。テイムした魔獣で自衛しつつ、魔法や魔獣をけしかけて戦況を作れ。もちろん、お前ら二組はセリナを孤立させないようにしっかりと立ち回れよ」

 なるほど、ちょうど三角形を作るイメージか。 
 そう言えば、水棲魔物が大量に押し寄せてきた時も近い陣形を取ったな。あの時はメイのサポートをするのがやっとだったけど、今ならちゃんと働ける自信はある。

「ということで、その練習を今からするからな。まぁ本番までに疲れたらシャレにならんから、軽くで済ませるが、流れは掴めよ。手ほどきはちゃんとしてやるから」

 腕をまくりながら担任は言った。
 これはもしかして、またとないチャンスかもしれないな。担任から直接手ほどきは授業で受けているけれど、今回は少数人数だし、より濃厚に教えて貰えるだろう。
 強くなれる、チャンスだ。

 そこにエッジたちも気付いたらしく、誰もが強く頷いた。

「分かりました、お願いします」

 返事をすると、担任は満足そうに頷いた。

「それにしても、そこに寝転がってるグラナダはどうなってるんだ? 随分と疲労してるみたいだが。大丈夫なのか?」
「ああ、それはね、ワイが鍛えてるからやで」

 さすがに心配する様子を見せた担任に、トリモチさんが笑顔で言い放った。担任はぎょっとした表情を浮かべてトリモチさんを見る。
 何故驚くのか、と思ったけど、グラナダの様子を見てなんとなく察した。
 良く考えろ。あのグラナダがあんなことになってるトコ、見たことないぞ?

 ぞく、と、背筋に寒いものが駆け抜けた。

「お前がか?」
「ええ。見どころのある子やさかい、鍛えよう思いまして。中々おもろい子ですわ」
「まぁ分からないでもない。R+(レアプラス)に加えて光属性の転生者って聞いただけで不憫極まりないけどな、コイツはそれに抗ってるのか、どうなのか……とにかく強くなることに貪欲だ」
「せやねぇ。センセもうっかりしてたら負かされるんちゃいます? っていうか、負かします」

 ころころと笑いながら、トリモチさんは恐ろしいことを言った。
 担任――現役だった頃は《疾風のガイル》とまで異名を取った英傑を負かすなんて、とんでもないことだ。
 俺たちだって、未だに勝てた試しがない。

「それは楽しみだ。お前の訓練が終わったら手合わせでも願うかな」
「ははは、そうしてください」

 笑う二人のやり取りに、俺は密かに顔をひきつらせた。
 たぶんだけど、グラナダは担任との模擬戦では本気を出していない。本人は本気だって言ってたけど、明らかに何かしらの制約を付けてる。なりふり構わず本気で戦えば、担任なら何とかなるんじゃないかと思ってる。
 それをしないのは、グラナダが目立つのを嫌っているからだ。
 そもそもグラナダの目的は英雄になって世界を救う、という、転生者が本来持ってる目的とはかけ離れていて、故郷である村を復興させるため、にある。そのため、下手に目立って英雄に祭り上げられるのを避けたいんだそうだ。

 俺としては、それでも構わないと思っている。

 別に悪人になろうとしてるワケじゃないし、そういうのは自由だと思っているからだ。

「さて、そういう分けだ。いくぞ、お前ら」

 担任が話を切り上げ、踵を返した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――グラナダ――

 そして、数時間後。回復した俺は、地下のフィールドに出向いていた。
 剣呑で、どこか張り詰めた空気。そのくせ、ダラダラとした空気。
 その二つが入り混じって、地下の空間は変な状況にあった。

 その中で、対峙するのはフィリオたち五人と、上級生たち、総勢四〇人。

 明らかに多勢に無勢の様相で、上級生たちは先頭に立つ連中こそ血気盛んだが、後方の連中は明らかに面倒臭そうにしていた。とはいえ、どんな餌で釣られたか、武装だけはしっかりと済ませている。
 対するフィリオたちは、既に陣形まで整えていて、戦意も綺麗に整えられている状態だった。

 うん、気力も充実してて申し分ないな。

 アレンに案内された見学席で、俺は五人の様子を見て頷いた。
 俺の部屋で担任とフィリオたちのやり取りを聞いた時はかなり心配だったけど、大丈夫そうだな。
 思い返せば、フィリオもアリアスもセリナも、アザゼルとアズラエルを相手にした時、特訓に励んでいたし、アマンダはハインリッヒに連れられていたから鍛えてもらってたみたいだし、エッジだって強い相手に師事してたみたいだしな。
 担任の言う通り、すっかり腑抜けになってる上級生たち相手に劣るとは思えない。

『大丈夫そうだな』

 しっかりとついてきたポチも様子を見て、自信ありげに言った。

『主があまりに心配するから付いてきたが、問題なさそうだな?』
「うるせぇ言うな」

 実のところ、こっそりと支援魔法をかけようかと思ってまでいた。
 けどそれは卑怯だし、思いとどまったんだぞ、ちゃんと。これはフィリオたちが強くなるチャンスだしな。

「あ、始まりそうですよ」

 メイの言葉の通り、担任がフィールドの説明を終えていた。この見学席はガラスで仕切られているが、収音管を通して向こうの声はしっかりと伝わってくるようになっている。
 五人が陣形を維持したまま構えるのと対照的に、上級生たちは思い思いに散って構える。

 もうこの時点でどっちが優秀なのかは目に見えてるんだけどな……。

 金属音がしばらく鳴り響き、ようやくそれが収まる。
 さすがに緊迫した様子に空気が張り詰め、息をするのも辛くなってくる。それが最高潮に達したタイミングで、担任が振り上げていた腕を勢いよく下した。

「はじめっ!」

 合図と同時に、上級生たちが飛び出す!
 けど、てんでバラバラだな。

「おら、死ねやぁぁぁぁ――――っ!」
「《風王剣》っ!」
「《氷王槍》っ!」

 剣と槍を構えた上級生三人が、まずフィリオとアリアスに襲い掛かる。あ、ビーチバレーで戦った奴等がいる。
 同時に、アマンダとエッジへは戦斧を構えた三人組が挑みかかっていた。あっちはあっちでかなりの殺意だ。やれやれ、そんなに下級生が嫌いなのかよ?

 辟易していると、フィリオたちが動いた。

 まずフィリオとアリアスだ。
 アリアスが素早く前衛を担当し、フィリオは気配を殺してやや背後に。これ好機にと三人が一斉に迫るが、アリアスは《超感応》を発動させて攻撃を先読み、見事に回避して見せる。
 うん、スキルの発動範囲が広くなってる上に、反応速度も上がってるな。
 華麗な動きでアリアスは囲まれた中から脱出し、反撃の構えを取る。たまらず三人は身構えた。アホか。アリアスの今の動きは囮ブラフだ。

「──雷神っ!」

 刹那、絶妙なタイミングでフィリオが加速し、横手から三人に襲い掛かる。凶悪な一撃を回避できる余裕などない。
 って言うか、気づいてないし。

 フィリオが冷静に剣を振るい、まず一人目の脇腹を深々と抉り、さらにその勢いのまま回転、剣の軌道を変え、斜め下から掬い上げるようにして二人目を切り裂く。
 ぶしゅ、と血飛沫が舞い、残った一人が動揺して致命的な隙を晒す。

「はぁぁぁあっ!」

 そこへ、アリアスが裂帛の気合いを籠めて突撃、横薙ぎの一閃で残った一人を無力化させた。
 見事な連携だ。
 一方のアマンダとエッジも負けていない。

 迫ってくる三人は、真ん中を先頭にした三角形の突撃陣形だ。先頭の上級生は両手に小型の戦斧を持っていて、明らかに超攻撃スタイルだ。
 その威圧は侮れないはずだが、アマンダとエッジは臆することなく密着しながら突っ込んでいく!

「さっきはよくもやってくれたな! はっはぁ! 仲良くミンチになれやぁぁぁ────っ!」

 汚い唾を吐きまくりながら上級生が斧を振りかぶる。同時に魔力が生まれ上級生の腕に風がまとわりつく。
 そうか、風の力で加速するつもりか!
 言うまでもなく、アマンダとエッジも気付いている。加速されて襲い掛かってくる攻撃にタイミングを合わせ、左右に跳んで展開する。

「《火神剣・刺突》」
「《火神拳・正突》」

 同時に龍を象った炎を解放し、左右の上級生を呑み込む!

「「っぎゃあああああっ!?」」

 悲鳴が上がり、炎の破壊力に負けて二人が火ダルマになりながら吹き飛ばされる。
 アマンダとエッジの攻撃はそこに終わらない。二人はターンし、残った一人に挟撃を仕掛ける!

「んなっ!?」

 完璧に呼吸の整った攻撃に対処しきれず、防御さえままならないままアマンダとエッジの攻撃を受けた。
 生々しい音を立てて片腕が切り飛ばされ、もう片方からの拳が脇腹にめりこみ、幾重もの骨の破砕音を響かせる。

「んごぉ、えぇっ」

 血を撒き散らしながら、上級生が前のめりに倒れる。

 一瞬だ。一瞬で六人が《無力化》された。
 ざわり、と上級生に困惑が広がるが、すぐに攻撃がやってくる。遠距離からの魔法攻撃だ。
 待っていたように、セリナが仕掛ける。

『キェェェェェェエエエエっ!』

 甲高い咆哮。
 見ると、セリナは王冠を頭につけた白い大鷲──ビャクテイシロオオワシの背に乗っていた。体長にして数メートルを超えるその体躯の通り、非常に強靭な猛禽類だ。
 人間など容易く持ち上げ、否、頭蓋骨を軽く握り砕く鉤爪に、金属鎧さえ貫通する嘴。そして風の魔法を自在に操る魔力と知性。キマイラと同等の危険度を持つ魔物だ。

 どこで、いつの間にテイムしてたんだ……!?

 驚愕している合間に、ビャクテイシロオオワシは翼をはためかせ、暴風を生み出す。

「《ベフィルナ・バレッド》」

 広範囲へ撒き散らす風の中に、セリナは無数の石の礫を紛れさせる。それらは、迫り来る魔法を次々と撃ち落としていった。
 重なる爆発音。
 上級生からの攻撃は、あっさりと迎撃された。

 いくらなんでもこれは、圧倒的だな……。

 一切同情はしないけどな。
 上級生たちももっと努力していれば、これだけの数の差があれば余裕で勝てているはずである。しっかりと打ち合わせもせず、烏合の衆よろしく自分勝手に突撃するからだ。

「さてぇ」

 上空で、セリナが薄く笑う。

「まだまだこれから、ですよねぇ、先輩諸氏方?」

 その挑発は、死刑宣告のようなものだった。

しおり