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第百七十五話

「可能性?」
「せや。あんたさんにはまだまだ可能性がある。それを教えてあげるわ。あんたさんのこと、気に入ったし」

 そう言いながら、アレンは露天風呂から出る。

「ついてきよし。ええトコあるさかいに」
「ちょ、ちょっと待って。それって、俺とアンタ――アレンさんが戦うってこと?」
「アレンでええよ。ワイは気にせぇへんし。その代わり、全力で戦うんやで?」
「えっと、その……俺、武器持ってません」

 気さくに笑うアレンに、俺は事実を告げた。
 というか、ここチヒタ島は武器の所持が禁じられている。もちろん有事の際は別だが、基本的に宿で預けることになっている。例外は警備にあたる騎士団くらいのものだ。

「大丈夫やで。もうそろそろ届くはずやから」
「届く?」
「せや。チヒタ島は宿場協会っちゅうのがあってな、色々と連携してるねん。例えば宿泊者が何日も滞在するけど、宿を転々とする場合とか、荷物の配送サービスとかも請け負ってるんやで」

 なるほど。今回はそのサービスを活用して、俺たちの荷物を届けてくれるのか。

「あ、でもあんたさんは学園の生徒やろ? あっちの宿は確保されたままやから、荷物を一時的に輸送するって感じやな」

 ともあれ、荷物が届くなら大丈夫だな。実はちょっと心配してたんだ。良かった。

「まぁそういうコトやから、安心しておいで。あ、そこの可愛いお嬢ちゃんもやで。付き人なんやろ? やったら離れたらアカンで」
「もちろんです!」
「ええ返事や」

 息巻くメイに、アレンは笑った。
 風呂から出るアレンについていくと、俺たちは地下に案内された。荷物はその途中でやってきて、俺とメイは武装する。
 地下は、とても旅館の地下とは思えない造りになっていた。
 分かりやすく言えば、かなり手入れのされた地下迷宮である。照明もしっかりあるし、湿気た感じもない。空調なんかもしっかりと整えられているようだ。

「ここはギルドの本拠地でもあるんやで」
「ギルド?」
「なんや、知らんのかいな」
「いや、ギルドそのものは知ってますけど」

 ギルドとは、冒険者たちの寄り合いだ。冒険者は基本的にその国に所属して活動することになるが、民間にせよ国からにせよ、依頼を受けなければ話にならず、また達成報告しなければ報酬も得られない。そんなメンドクサイ事務手続きを組織的に引き受けつつ、また、集団になることで依頼の数も増やそう、という目的で生まれたのがギルドだ。
 多くの冒険者は、大なり小なりのギルドへ所属することを選ぶ。
 俺も最初はどこかのギルドに所属する予定だしな。

「まさか旅館の地下にギルドの本拠地があるとは思わなかっただけです」
「あははは。せやな。確かにそうは思わへんわな。他のギルドは大通りとかに配置しとるし。けど、それやと土地代が高たこぅてなぁ。やっぱゆっくり訓練とかもしたいやろうから、土地を確保するために作ったんやで」

 なるほど、実に考えられているらしい。

「というワケや」

 重い音を立てて、アレンは扉を開けた。中は広いドーム状の空間だ。いつの間にかかなり潜っていたらしく、その天井はかなり高い。
 それだけでなく、地面は岩ではなく、土だ。踏みしめるとそれなりに弾力があって、何層にも重ねているのが分かった。おおよそ衝撃を緩和させるためだろう。それだけでなく、壁もマットみたいなもので覆われていた。

「ここはギルドの訓練場や。天井には古代遺産が埋め込まれててな、どんな攻撃でも意味をなさへんねん」

 それって学園にあるショックアブソーバーと同じか。学園にあるものよりずっと良い品なんだろうか。
 疑問に思っていると、アレンはチッチッチと指を振る。

「これは学園にあるものとは原理からしてちゃうねん。向こうのは受けた衝撃を殺すっていうモノやけど、コイツは範囲内の事象の停止、及び生命力を維持させるんや」
「維持?」
「せや。だから攻撃を受けたらぶっ飛ばされてまうし、腕とかも斬られたら千切れてまうけど……たとえ消滅レベルの攻撃を受けても、この範囲内やったら死なへんってワケや。回復魔法をかければ復活できるで」

 何それ、チートじゃねぇか。
 つまりこの辺りは不死身フィールドってことかよ。

「けど、コイツは魔力も喰うし維持費もバカにならんでな、コレを使う時は確実に何かしら利を得る時だけって決めてるんや」

 アレンが無造作に右手を差し出す。すると、そこに光が収束し、一本の刀を出現させた。

「というワケやから」

 刹那、とんでもない威圧がやってきた。瞬間的に俺はハンドガンを抜き構える。
 な、なんだこの感覚! 潰される!
 慌てて魔力を全開にして抵抗し、俺はしっかりとアレンを見据えた。同時にメイが下がる。

「お互い、ちゃんと利になることを祈ろうや」
「そうだと、良いですね!」

 俺は地面を蹴る。同時に魔法道具マジックアイテムを発動させ、背中に隠していた刃を解放した。

「《ヴォルフ・ヤクト》!」

 魔力を全開にしながら発動させる。
 今度は逆にアレンへ圧力をかけるように魔力を放つと、アレンは楽しそうに笑った。

「へぇ、さすが強化されたステータスやな、有り得へんわぁ、羨ましいわぁ」

 言いながらも臆する様子は一つもないけどな!
 俺は一気に間合いを詰め、射程内に入ると同時にハンドガンを撃つ。速やかにゴーストが魔法を生成し、魔法の弾丸を放った。
 アレンが一瞬驚愕し、目を見開きながらも回避運動を取る。素早いな。

 俺はアレンの動きを分析しつつ、ハンドガンを撃っていく。

 かなり厳しい狙いをつけた上に投擲スキルを使用しているのだが、アレンは面白いように躱していく。アレンも転生者だから、ハンドガンというインパクトも薄いんだろうな。

「驚いたな、そんなもん、どこで作ったんや?」
「企業秘密です」

 言いながらも俺は攻撃の手を緩めない。
 分かるのだ。弾丸の一発も掠らない。それだけでなく、余裕がたっぷりと見える。
 くそ。さすがにハインリッヒと肩を並べるとまで言われるだけあるぜ。

 俺はハンドガンを撃ちつつ、じわりじわりと距離を詰めていく。

 あくまで予測だが、間合いそのものは俺の方が広い。
 そんな間合いに入った瞬間、俺は遠慮なく刃を七本繰り出した。超速で、且つ、多角的!

「へぇ、それ、アストラル結晶やんか。ええもんでこさえたなぁ」

 言いながら、アレンは刀を抜刀し、その一振りだけで刃の全てを弾いて見せた。
 ってマジか。有り得ねぇぞオイ!
 寒気に襲われながらも、俺は刃のコントロールを取り戻してまた攻撃を仕掛ける。今度はハンドガンの射撃付きだ。

「あらあら、火線が多いねぇ。数は確かに武器やから、立派な戦術やね」

 穏やかな動きと表情のまま、アレンはやはり捌いてみせる。それも刀一本で。
 なんだ、どういうことだ。大して動きが早いように見えないのに!
 得たいの知れなさに焦燥を覚えつつも、俺は果敢に攻めていく。攻撃が通用しないなら、魔法も織り交ぜていくだけだ!

「《フレアアロー》っ!」

 俺が放ったタイミングは、刃がアレンの周囲に展開している時だ。
 刃が伝導し、空中からマグマ色の火矢を放つ!
 瞬間、多方面から矢が降り注ぐが、アレンは驚きながらもあっさりと回避し、そればかりか反撃とばかりの姿勢を取った。身体を捩り、刀を腰だめに構えている。

 あ、これ、ヤバい。

 本能的に察し、俺は地面を蹴った。
 直後、無数の風の刃が周囲を切り刻み、ただ地面にその痕跡を刻んでいく。

 や、やばっ!?

 俺は地面を滑りつつ着地の勢いを殺し、戦慄を覚えていた。
 風圧がようやく俺の頬を撫でるが、ピリッと鋭い。指で撫でると、薄く切れていた。

「手数だけやったら、負けへんで?」

 泰然とそう言い放ち、アレンは一歩踏み出す。
 たったそれだけなのに、俺の全身が警鐘を鳴らし、怖気立たせる。これは手段を選んじゃいられねぇ!

「《バフ・オール》っ!」

 俺は自分にバフの魔法をかけ、強化してから地面を蹴った。同時にアレンも地面を穏やかに蹴る。
 だが、次の刹那、俺はアレンと肉薄していた。
 ――って、へ?
 これに面食らったのは俺だ。まさかここまで早いとか!

「へぇ、いきなりスピード……いや、ステータスがまた跳ね上がったな。どんなカラクリや?」
「くっ!」

 言いながら平気でそれについてくるアンタは本気で何者だよっ!
 ステータスだけで言えば、俺はハインリッヒさえも上回る。それなのに、俺を超えてくるなんて!

「《エアロ》っ!」

 俺は咄嗟に暴風の魔法を放つ。だが。

「《フォレスト・プリズン》」

 アレンが聞いたこともない魔法を発動させ――俺の魔法を完全に拡散させた。
 ――はぁ!?
 なんだ、今の!
 俺は寒気を覚えつつも刃を繰り出して牽制していく。だが、アレンはたった一振りでまたもや刃を蹴散らし、ぐいっと間合いを詰めてくる。その表情は余裕そのものだ。

「《アジリティ・ブースト》!」

 俺は即座に奥の手を切った。
 一気に加速する世界の中、俺は距離を取りつつアレンの背後へ回り込む。
 荒々しく地面を削りながら鋭角に曲がり、俺は真後ろを取ってハンドガンを構える。だが、トリガーを引き絞ったと同時に、アレンの姿が陽炎のようにブレた。

 本能に従って、俺は横っ飛びしていた。

 理解がおいつくと同時に、俺が立っていた場所の地面が斬られた。
 視界には、笑顔を携えたままのアレン。

「おやおや、反則的なアジリティやね?」
「どっちが! 《ベフィモナス》っ!」

 言い返しつつ、俺は着地して地面を踏み抜く。アレンの周囲の地面が歪み、無数の針となってアレンを足元から襲う。しかし魔力の流れを読んでいたのか、アレンは軽く跳躍して回避して見せた。

「《アイシクル・エッジ》っ!」

 そこへ俺の魔法が飛びかかる。

「無駄やで。《フォレスト・プリズン》」

 放たれた氷の礫が、拡散する。まるで自爆したかのように。
 驚きに一瞬思考を奪われるが、俺はすぐに切り替える。どういう理屈かは知らないが、アレンの使う魔法はアレだ。魔法を無力化させるものだ。

 どれだけのレベルを無力化させるか分からないが、この手は俺にとって最悪の相性と言える。

 何せ、俺は初級魔法しか使えないからな。裏技ミキシングで強化しているとはいえ、根本的に初級なのだから、こういった類には簡単に防がれてしまう。防御魔法とかなら威力依存だから貫通出来るんだけどな。
 だったら、この強化された敏捷性で勝負を決める!
 俺は地面をまた蹴り、一気に肉薄する。

「ああ、正直やね」

 まるで俺の攻撃を完全に分かっていたかのようなタイミングで、アレンは刀を振るう。
 その一撃を、俺はハンドガンの銃身と三枚の刃で受け止め、残りの刃を差し向ける。だが、その刃はただ空を切るばかり。

「ほな、いくで」

 一歩、アレンは後ろに下がっていて、その言葉の直後、また間合いが詰まる。
 な、ん、だ、これっ!?
 俺は呼吸さえ忘れ、ただ無我夢中で回避行動を強制された。
 左、下、上、右、斜め下、横――。
 次々と繰り出される刀はどれも凄まじく、完璧に整えられていた。強引に身体を操って俺は逃げ、間合いを詰めるが、アレンはそれさえも分かったように詰めてくる。
 これじゃあ逃げられない!
 俺は必死に躱していくが、確実に追い詰められていく。後何手だ。何手で詰む?
 なんとか相手の攻撃筋から逃れようと足掻くが、他の回避手段が選べない。

「《エアロ》っ!」

 たまらず俺は自分に強風をぶつけ、強制的に離脱した。
 ほとんど直後に、《アジリティ・ブースト》の時間が終わる。全身がいきなり軋み、俺は呻いた。

「へぇ、驚いた。戦況はしっかり読めるんやね」
「くっ……《真・神威》っ!」

 甘い。
 俺がただ離脱しただけだと思うな! そこは《神威》の効果範囲ど真ん中だ!
 空気が切り裂かれ、無数もの光の筋が駆け巡って轟いていく。

 ――ばぢばぢばぢばぢばぢっ!!

 耳障りな雷鳴。光、破壊。土を爆裂させ、炭化させていく。
 だが、そこにアレンはいない。

「あーあー。危ない危ない」

 ギリギリ範囲外に、アレンは地面を滑っていた。その表情は笑顔ではあったが、硬直していた。
 つまりアレンの余裕を突き崩したってことだ。
 けど、それでしかない。

 俺は急激に失った魔力のせいで動けなくなる。

 これは、致命的な隙だ。

「あんたさん、ホンマに色んな攻撃方法持ってるんやな。偉いもんやで」
「それ、全部捌く、アレンの方が、凄いけど……?」
「あはは、褒めてもろてスマンこっちゃで。せやけど久しぶりに本気でヤれて嬉しいもんや」

 本気って……まだ隠し手がありそうだけどな、そっち。
 思いつつ、俺は上手に動かないながらも両手を上げて降参を示した。どちらにせよ、《神威》を回避された時点で俺に勝ち目はない。というか、勝負だったらもう負けてる。

「あら。降参するんかいな。まだまだ戦えるやろ? あんたさんの強さはこんなもんちゃうはずやで」
「……そうかもしれないですけど、フツーの勝負だったら負けてるんで」

 もちろん、まだ俺にも余力はある。なりふり構わずに《アジリティ・ブースト》と《神撃》を組み合わせて奇襲を仕掛けるとか、手段はあるしな。
 けど、それでも勝負に負けてるからな。続けるのは嫌だ。

「なんというか、愚直やねぇ。まぁそれでええなら構わへんけど、もう少し続けてたら、引き分けやったで?」

 言いつつ、アレンは刀を腰に収め、震える両手を見せて来た。否、両手だけじゃない。足も微妙に震えている。痙攣に近いな、あれは。限界だったってことか?

「ワイもあんな苛烈な攻撃に晒され続けて、いつまでも捌くのん無理やて」

 アレンはそう苦笑して、へたりこむように尻から座った。

「まぁそういうことやから。引き分けや引き分け。けどホンマ、攻撃力だけを見ればえげつないなぁ。それやのにまだいくつか攻撃手段あるんやろ? たまったもんちゃうわ」
「……それはどうも」
「けど、やっぱり予想通りやったで。思ったよりも攻撃手段が多かったからこうなったけど、一つでも手段がなかったら、ワイの圧勝やったやろうけどな」

 アレンはそう言いながら、人差し指を立てた。
 くそ、嫌味なく言ってくるな。

「そういうワケやから、始めよか。あんたさんの弱点講義」
「……それは有難いんですけど、ちょっと、休憩……」
「せやな。ワイも休憩したいわ」

 俺の訴えを、アレンはあっさりと受け入れてくれた。

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