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第百五十話

「それを聞いた私がどうすると思っているんだ?」

 私は魔力を高めながら睨み付ける。ライゴウ程ではないが、魔物でも逃げるくらいの威圧は放っている。
 だが、カトラスはそれを一身に受けながらも平然としていた。

 おかしい。カトラスのレアリティはSR(エスレア)だったはずだ。それもレベルだって高くない。萎縮して動けなくなっても不思議はないのだが。
 怪訝になっていると、カトラスがゆっくりと足を踏み出す。裸足のそれは、爪がボロボロに割れていて、血だらけだった。見るからに不浄の気配が流れている。
 大地が汚染されていくのを確認しつつ、私は構えた。

「私と戦うつもりか?」
「……私は、ラテアさんは近しい方だと思っていました。世界を忌み嫌い、光と関わろうとしない。だから、きっとわかってくれるって思ってました」

 カトラスは失望の色を交えつつ口を開く。
 以前にあった可愛らしい声の奥に嗄れた何かが潜んでいる。

「けど、違う」

 ざわ、と、長すぎて地面を擦っている髪の毛が浮き上がる。まるで蛇のように蠢いて、底はかとない恐怖を滲ませる。

「あなたは光だった。影にもなれない光だった」

 伸びた爪はギザギザで、肉をかきむしったような血がこびりついている。

「──……裏切りもの」
「私は何かした覚えはないんだがな?」
「いいえ。裏切りものですわ。そう、裏切りもの。裏切りもの」

 ふらつく足取り。明らかに弱々しいのに、威圧があった。

 ──待て。

 威圧、だと? この、私が?

「あなたは存在そのものが、裏切りもの」

 ひた、ひた。
 地面に黒く、ジクジクとした足跡が残る。それは消えない痕だ。
 こいつは、危険だ。
 私は地面を蹴る。低い姿勢のまま加速し、すれ違い様に抜いたナイフをトン、と置く感覚で心臓を突き刺した。
 加速を緩め、私は地面を滑りながら振り返る。

 手応えはあった。これで──?

「……──あ?」

 ナイフがある。
 私の胸に。

「ああ、分かっていたの。あなたがそうやって攻撃してくるの」

 ──まさか、《神託》?
 いや、だからと行って、ナイフをどうやって私に……?

「だからお願いしておいたの」

 カトラスはゆっくりと言う。

「あなたの手に、自分で自分の心臓を刺すように、って」
「なん、だと……!?」
「あなたの身体はもう、私のもの」

 ゆっくりと私は沈んでいく。胸に刺さったナイフを抜くことも出来ず、ただ何も出来ず。

「《完全神託》」

 ふわり、と、カトラスの身体が浮かぶ。

「《身体掌握》」

 それは神秘的で、禍禍しい。

「私は終わらせにきたの、あの眩しい眩しい光を。影を作り出す、罪作りな光を」
「カトラス……貴様……っ」
「ああ、どうか動かないで。動けば死にますわ。《神託》です」

 同時に私は身体が縛られたように動けなくなる。せっかく集めていた魔力も拡散させられる。
 なんだ、いったい何がどうなっている。私の身体は──……?

 疑問は解決しない。私はもどかしい思いをしながらも、意識を、保て、なく──……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ──グラナダ──

 学園祭の終わり。
 最後はエキシビションマッチだ。まさに今日のメインイベントと言えるだろう。俺たちは商品を全部売り切ったことから早々に店じまいし、良い席を確保していた。
 場所は第一訓練所と名付けられた、闘技場だ。
 観客席は二階に作られていて、少し見下ろす形になる。俯瞰的に観れるので、非常に良い。

「ハインリッヒさんと、ライゴウさん、か……」

 まだ入場すらしていないのに、フィリオが緊張の面持ちでごくりと喉を鳴らした。分からないでもないが、いくらなんでも早すぎないだろうか?
 俺は少し呆れつつも、過呼吸を起こすとかしない限りは放置しておこうと決めた。
 だが、その態度が気にくわない女子が一人。アリアスである。ちょうどフィリオの真後ろに座っている。観客席は階段上になってるので、アリアスはフィリオを見下ろしている。

「何を心配しているの?」
「え、いや、そのどっちが勝つのかなって……」

 異様な威圧に晒され、フィリオは気まずそうに答える。フィリオの予想通り、それは地雷だ。そして思いっきり踏み抜いた。

「あんたは、間違っても兄様が負けるとでも?」
「え、あ、いや、その……ごめん」
「なんかムカつくタイミングの謝罪ね! 兄様が負けるはずないじゃないのよ! 現世界最強なのよ!?」

 怒涛の勢いで怒鳴り散らされ、フィリオはただ俯いて聞くしか出来ない。なんだか不憫だ。

「そう怒るなよ、アリアス」
「グラナダ! まさかあんたまでっ!」
「落ち着けってぇの。ハインリッヒさんが負けるとも思わないけど、相手が相手だろ? あのライゴウさんだぞ。今まであの二人は戦ったことがないんだ。どっちが勝つかなーって思うのもフツーだろうが」
「それはっ……!」

 世界最強という名がハインリッヒに移動したのは、ライゴウが歳を取ったのと、総合能力でハインリッヒに軍配が上がったからである。実際、レアリティでもハインリッヒの方が上だしな。
 けど、ライゴウはハインリッヒ以上の威圧を放てる。それこそ大声だけで教室を半壊する威力を持っている。
 力、というか、純粋な破壊力で言えば、ライゴウは間違いなく未だに世界最強である。

 そんな怪物相手に、ハインリッヒがどう挑むのか。

 フツーに考えれば、魔法を中心に組みたて、距離を取った戦いを選択する。ライゴウの武器は巨大な戦斧だしな。
 チマチマと魔法で攻撃して隙を作るか、それとも手数で押しきるか。どちらにせよ、ライゴウと真正面から接近戦を挑むのは馬鹿げている。

 まぁ、あの人なら想像外の方法で戦いそうだな。

 何より、このエキシビションマッチには俺とメイの運命がかかっているのだ。何としてでも勝ってもらわないと。もしハインリッヒが負けたらメイはあのオッサンの嫁に、俺は決闘することになるのだから。

 二人が入場してきた。同時にすさまじいばかりの歓声が沸き起こり、地面が揺れる。
 おお、これが噂に聞くララ・パルーザか。
 内心驚きながらも、俺はじっと集中する。

 ハインリッヒとライゴウが同時に手をあげる。
 それだけで、あれだけ騒がしかった観客が静まり返る。うわ、なんかカッコいい。

 二人は同時に構える。
 ライゴウは戦斧を。ハインリッヒは周囲に七色の七つの剣を。

「ほう、それが噂の七星剣(セブンスソード)か」
「ええ、そうですよ。強力過ぎて制御が大変なんです。うっかり仕留めないようにしないと」
「がっはっはっは! このワシにそれを言うとはな。これは愉快。それじゃあ、早速──」

 ライゴウは豪快に笑うと、地面を爆発させた。
 いや、蹴ったんだろうけど、その勢いが凄まじすぎて地面が爆発したのだ。まさにロケットダッシュと言うに相応しい加速でライゴウが正面からハインリッヒを狙う。

 俺なら躱す。ハインリッヒは──?

 固唾を飲んでハインリッヒの行動を待つが、ハインリッヒは動かない。ってことは、真正面から受け止めるつもりか!?

「どっせぇぇぇぇぇぇ────いっ!」

 荒々しく戦斧が振り回され、上段からの叩き付けがやってくる! ハインリッヒは、それを七つの剣の全てを重ねて受け止めた。
 鈍い剣戟──否、炸裂音。
 無理だ。あんなもん受け止めたら、地面に沈むか自分の身体がぺしゃんこになるかどっちか、だ。

 だが、ハインリッヒはキッチリと受け止めていた。
 とはいえ、辛うじて、だ。今にも膝が折れそうだし、地面が窪んでいる。表情も平静を装ってはいるが、という程度だ。

「ほう、頑丈だな」

 引いたのはライゴウだった。
 瞬間、攻守が入れ替わる。素早くハインリッヒが飛び出し、七つの剣を自在に操りながら繰り出していく。
 その多角的な攻撃は芸術的とも言える動きだった。

 ライゴウはそれを笑顔で戦斧を振り回し、一本一本を捌いていく。──……冗談だろ? どうやったらあんなバカデカイ戦斧であんな繊細で細かい動きが出来るんだ?
 また甲高い金属音が重なる。
 ハインリッヒは二本の剣を掴み、文字通り躍りかかる。
 回転しながら跳躍し、上から叩き付ける。それを戦斧の柄で受け止められると、即座にその剣を離し、自分だけ着地して姿勢を低くさせ、呼び寄せた剣を掴んで延び上がるように足元へ切りかかる。
 だが、ライゴウは呼んでいたように跳躍して、ハサミのように繰り出された一撃を回避し、さらに戦斧を斜め下へ振り下ろしてハインリッヒの首を狙う!
 即座に空中にいた剣が三本重なって割って入り、戦斧の重い一撃を受け止める。

 ぎゃりんっ! と剣が散らされる。

 だがハインリッヒにとって、一瞬だけでも勢いを殺せればそれで良かったのだろう。ハインリッヒはライゴウの真横から切りかかる。その反対側からも剣。

「がっはっはっは! 愉快、実に愉快!」

 そんな絶望的な状況にも関わらず、ライゴウは笑い、豪胆に戦斧を振り回してハインリッヒと剣の両方を牽制する。

「──それじゃあ、ギアをもう一段階あげますよ?」
「何?」

 ハインリッヒが余裕の笑顔を浮かべた瞬間、ハインリッヒの姿が消える。まさか、あれは時空間転移魔法!?
 思う間にハインリッヒはライゴウの背後に姿を見せる。既に、剣を構えた状態で。

 これは、取ったか!

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