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最終話

妖怪の話から己の気質の話に変わり、突然()められたものだから、美妙(びみょう)も驚きつつ、頬を赤らめ照れた。

若くして名声を得たため、やっかみもあって山田美妙という青年小説家の性格、世間では評判がすこぶる悪かった。
書く小説の多くが恋愛ものだから、読者も若い女性が多く、町を歩けばつねに黄色い声に包まれる。
これが「御一新(ごいっしん)」から二十余年、「士道(しどう)」が抜けきらない昔かたぎの人々の目には「軽薄なヤツ」とうつり、かげ口をたたかれる。

それを知った美妙、おこないを(ただ)すどころか、意地になってさらに目立とうとするから、悪化の一途。ついには江戸っ子気質の尾崎紅葉(おざきこうよう)こと、幼なじみの徳太郎からも先日絶交をつきつけられた。
そんな自分を蘇峰(そほう)は「清い性格」と評したのだ。美妙は、はにかむざるを得ない。

(あやかし)とは、本来臆病な者たちなのだ。大和、飛鳥の時代から、いや、それ以前からかもしれない。人間とごくわずかに交わりつつ、夜や闇の中で生きてきた」
「……それが、なんで人間をみな殺しにして、妖怪の国を作ろうなんて……」
「明るくなり過ぎたんだよ、この国は。精神的にも物理的にも」
と、土御門(つちみかど)

––––蘇峰は言う。
「開国して、西欧の文明が奔流(つなみ)のごとく押し寄せた結果、日本は『この世界に明るくなった』。知識を得たことにより、それまで恐怖していた多くのことを克服した。同時に、畏怖(いふ)畏敬(いけい)も失った。迷信を払しょく、暗闇も恐れなくなった。ガス燈が街を照らし、家々も行灯(あんどん)から洋灯(ランプ)へと変わる。夜が夜でなくなった」
「……それって」
「そう、妖たちは生きる世界を追われたのだよ」
「……つまり、妖怪たちは行き場をなくした、と」
「そう。わずかばかりになったこの国の『闇』に、身をよせ合ってひっそりと息を殺して生きていくしかなくなった。西洋から文明の大波がこの小さな島国を飲み込んで二十余年。日本人の生活様式はがらりと変わった。それはこの国に巣くう妖怪の世界も同じこと––––ただし、彼らにとっては発展でも進化でもなく、衰退と消滅への数詠(かずよ)み」

土御門が継ぎ、
「きゃつらに残されたのは、滅びの道あるのみ……と、思っていたのだがね」
その広くなった額に、手にするそろばんをあてる。苦いものを飲み込んだように、鼻の頭にしわが寄った。
「一匹のヒツジに率いられた百匹のオオカミの群れより、一匹のオオカミに率いられた百匹のヒツジの群れのほうが強い––––この言葉、美妙先生なら知っているよね?」
「……え? あー、たしか仏蘭西(フランス)奈破翁(ナポレオン)の––––」
「現れたのだよ、そのか弱き妖怪どもの前に、英雄(エーロ)が! 皇帝(ランペルル)が!」

「光におびえ、人を恐れ、もはや座して滅びの時を待つだけの妖怪たちの前に奈破翁(ナポレオン)のような者が現れた。彼は言った『この日本を我々の手に取り戻そう』と。妖怪たちは歓喜し、奮起したよ、まるで仏蘭西(フランス)革命のように」
そう語る蘇峰(そほう)の言葉尻を待たず美妙(びみょう)は問う。
「……何もんだよ、その妖怪の奈破翁ってのは?」
普段の美妙の喉からは決して出ることのない、打ちのめされた獣のようなうめきをふたりに放り投げる。
「……どんなバケモノなんだよ、そいつは⁉︎」

蘇峰は目を(つむ)り、土御門(つちみかど)は深く息を吐き、
「……バケモノ? たしかに、ヤツはバケモノだ。怪物だ。だが『人間なのだよ』」
「……人間? 人か!?」
「あぁ、君もよく知っている人物……いや、日本人なら誰もが知っている男さ」
土御門は算盤(そろばん)でこめかみをトントンと打つ。
「男? 妖怪どもを煽動(せんどう)しているのは人間の、日本人の男なのか子爵?」
「そうだ……その男の名は––––」

––––ギャギャギャギャァァァァァァァ!

窓ガラスがびりびりと震えるほどの大音声の鳥の鳴きごえ––––三人を乗せた馬車は、いま幸田成行(こうだしげゆき)の屋敷に着いた。

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