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第5話

美妙(びみょう)は口ごもる。
「あ……や?」
土御門(つちみかど)は言い
「妖怪、幽霊、魔物、もののけ」
「つまり、人ならぬ者」
蘇峰(そほう)がつづける。

––––沈黙。

塑像(そぞう)と化した美妙が、ぐらりと後ろに(かし)ぎ、

––––ドン!
 
背を馬車の壁にぶつける。
それが合図かのように、
「……ははっ! ははははは! あはははは!」
美妙は笑い出す。腹の底から大声を吐く。タガがはずれたように笑い続ける。
「ひひひひっ! おぅえっ!」
笑いすぎて、最後は空気を吐いて、からえずき。
美妙が狂ったように笑い続ける間、蘇峰と土御門は表情ひとつ変えない。
「徳富先生も土御門子爵も、なにを言いだすのやら」
美妙はふたたび、そのとんがった前髪とともに顔を突き出し、
「バカにすんなっ!」
(あお)から(あか)に顔色を変えて怒鳴った。

「日本全土の人間が根絶やしにされる––––その蛮行(ばんこう)(あかやし)によるもの……だと⁉︎ 天災でも、はやり病でも、他国からの侵略でもなく、言うに事欠いてバケモンの仕業だって徳富先生さんよぉ⁉」
「あぁ、そうだ」
「……馬鹿げているッ!」
頭から湯気を、口からつばを出し、美妙はつっかかる。
手が出た。蘇峰の胸ぐらへと腕をのばす––––

––––パシンッ!

渇いた音が鳴る。
「……ッ!」
蘇峰の右手に握られていた扇子が、美妙の手の甲を叩いた。
動きを止める美妙。
逆に蘇峰が動く。
「馬鹿げている? あぁ、馬鹿げているさ」
空いた左手で美妙のスーツの胸もとを掴んで引き寄せ、左耳にささやく。
「だがね、事実なんだよ」
「……」
「美妙先生、あなたも気がついていたはずだ––––この世は人間だけのものではないということを」
ゆっくりと椅子に座りなおし、蘇峰は言う。
「……」
美妙は視線を床に落とした。

––––妖は……いる。

さきほどは大声で笑い飛ばした。笑いとばさなければいけなかった。「妖などいない」それが世間での認識であり、存在に気がついていた美妙の方が異端者のはずだから。

––––認めてはいけない。

––––そんなものはいない。

––––何をバカなことを言っている。

––––他人には見えないんだ。

……俺には見えても。いや、見えないことにしたほうがいい……

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