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第4話

「……日本が……この国が滅ぶ⁉︎」
美妙(びみょう)蘇峰(そほう)の目を見る。
とんでもないことを言っているのに、その瞳はさきほどと同じく、静かで冷たい。ぞくりとした首筋をピシャリと手で叩き、美妙は恐れを振り払うように、
「ははは、また御一新(ごいっしん)でも起こるのかい?」
御一新––––明治維新のように、世の中の仕組みが大変容するのか、と渇いた笑いで問う。

だが、蘇峰は無表情のまま無言。土御門(つちみかど)もまたにこやかな表情のまま沈黙。
「……ち、違うのかい⁉」
と、耐えかねて美妙。
「日本が滅ぶ、というのは、日本人が滅ぶ、ということですよ」
蘇峰は形よいが、少し薄い唇を開いて答える。
「なにかい? 地震、噴火に、大雨、津波––––天変地異がおこって、この国が海にでも沈んで消えちまうってのかい⁉」
「日本が滅ぶ、ということであってこの島々は消えません」
「え? だっていま……」
いまにも蘇峰に掴みかからんとする美妙を制すように、
「この島々を日本と呼称する人間だけが消える。日本人と言われる生物のみが死に絶える、ということ、だな」
土御門が(げん)を継いだ。
「……ははは、まさか?」
一笑に伏すべき与太話(よたばなし)と口の()を吊りあげたものの、蘇峰と土御門の眼光に射られた顔の筋肉は、美妙の意思を(こば)み、ひきつった表情を浮かべるにとどめた。

「呪法でも妖術でもない。陰陽道(おんみょうどう)は確率論と言ったが、それをおこなうわれわれ陰陽師たちが、口をそろえて言うのだ、よもや間違いはない」
「……し、信じられない」
「が、事実だ。いや、正確には、事実になりつつある」
蘇峰は告げた。
「……なんで」
一気に失った血の気と引き換えに、蘇峰と土御門の話が真実であると受け入れはじめた美妙は、核心(キモ)の部分を蘇峰に問う。
「……ど、どうやって、われわれ日本人は滅ぶんだ?」
「正確には滅ぶんじゃない––––滅ぼされるんだ」

「ほ、滅ぼされるって⁉」
衝撃の真相に声帯(のど)(しび)れた。
かろうじて息と一緒に、
「……だ、だ、だ、誰に、誰にだよ⁉」
と、吐きだすことができた。
「……だ、誰にだよ! 日本人を皆殺しにするヤツってのは⁉」
美妙は蒼く染め抜いたその顔を、蘇峰と土御門に突き出す。
蘇峰はゆっくりと口を開く。
「……日本を滅ぼす者の名は」
「……その名は?」
(あやかし)

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