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第百四話

 ――メイ――


 煙。痛み。熱。痛み。
 私は僅かに呻きながら、目を覚ましました。

 失敗は、ほんの一瞬でした。

 エキドナの炎の弾丸を回避しつつ、遠距離からの攻撃を仕掛けていましたが、少しだけ連携が遅れてしまいました。そこを逃さず、エキドナは炎の渦を展開し、一気に私たちを薙ぎ払ったのです。

 回避する暇はありませんでした。

 皆が直撃を喰らい、こうして倒れ伏しています。
 周囲がまた燃え盛り、激しい熱を放っている中心に、エキドナは佇んでいました。

『なんだいなんだい。ちょっとアツくなってきたら、すぐこれかい?』

 口調はとても面白くなさそうです。
 おそらく炎の渦も本気の攻撃ではなかったのでしょう。しかし、魔神の一撃はかなり強烈でした。

 全身が痛みます。炎に焼かれただけでなく、熱波の衝撃に叩かれたというのもありますからね。

 それでも、私は起き上がろうと手足を動かします。大剣は、近くにありました。
 ぐ、と、一息ごとに力を入れますが、ほんの少ししか動いてくれません。
 これは、マズい。

『まったく。近頃のガキは軟弱……お?』

 エキドナが愚痴るように言った矢先でした。
 淡い光が私を包みます。いや、私だけではありません。近くでうつぶせになっているエッジさんやアマンダさんも包んでいます。
 このヴェールのような光は薄く青く、そして優しい。

 みるみる間に、身体が軽くなっていきます。
 まさか、これは回復魔法?

「さぁ皆さん、まだまだこれからですねぇ」

 声はセリナさんでした。
 ゆっくりと身体を起こしながら振り返ると、そこにはセリナさんと、巨大化した《神獣》の精霊さんがいました。この光のヴェールは、精霊さんによるもののようです。
 この驚くべき回復量、さすが、といったところでしょう。

「エキドナ。あなたの弱点はもう見破りましたねぇ」
『あたいの、弱点?』
「それを言ってはおしまいなのでぇ、あなたには教えません」

 セリナさんは薄く笑みを浮かべながら、テイムした魔物たちに指示を送ります。
 まず動いたのは、ガイナス・コブラです。

 いきなり起き上がり、ガイナス・コブラがまたエキドナの喉元に食らいつきます。直後、ウィンドフォックスがその身を震わせ、風の刃を放ち、ウンディーネが水の槍を放ちます。
 そのことごとくが、エキドナの身体を穿ちました。

『かはっ……!』

 衝撃に打ち負かされ、エキドナがのけ反ります。

「――やっぱり、ですねぇ」

 確信を得たように、セリナさんは指を鳴らしました。すると、巨大化した精霊さんが震え、私に――いえ、全員に意思を伝えてきます。これがテレパシーでしょうか。

 伝えられたのは、エキドナの弱点と、そこを突く作戦。

 かなり際どい作戦ですが、私ではそれ以上の策は出てきません。エッジさんとアマンダさんも同じ様子で、ただ頷くばかりです。
 これは、全員一丸となって挑まなければならない作戦ですね。
 私は気合を入れ直し、魔力を高めていきます。

 その間、時間を稼ぐべくウィンドフォックスとウンディーネが動きます。
 その二匹を狙って、エキドナが両手に炎を生み出しました。

『遊ぶ、アソブ、あそぶ! 弱点だかなんだか知らないけど、せいぜい楽しませなっ!』

 その炎から無数の弾丸が放たれ、その火線に晒された二匹は一気に回避行動を強制されます。
 素早くエッジさんとアマンダさんが魔法を放ちますが、エキドナさんは躱すことなくその身体で受け止めて、すぐに再生してみせました。
 攻撃が即座に再開され、炎の一撃が遂にウィンドフォックスの足を捉えます!

 まずい、まだ私は魔力を高めきれていない!

「ぎゃんっ!」

 短い悲鳴を上げ、ウィンドフォックスが地面に倒れます。そこを狙って、エキドナは喜々と狂気を孕みながら一気に腕を巨大化させ、ウィンドフォックスを圧し潰そうとその腕を振り下ろします!

「させるかぁぁあぁあああっ!」

 そこに割り込んだのは、アマンダさんでした。
 長剣を両手で掲げ、その腕を受け止めます!

 ガキン、と重い音を立て、長剣に風を纏わせていたのでしょう、それをフルに放ちながら押し戻そうとします。ですが、エキドナの腕は大きく、その重さを高めるように腕に炎が宿ります。

「っぐうっ!?」

 重圧を受け、アマンダさんの膝が折れます。
 ウィンドフォックスはまだ動けません。このままだと、まとめて押し潰されてしまうっ……!

 危機感を募らせた刹那でした。

「おおおおおおりゃああああああああっ!」

 裂帛の咆哮を上げ、エッジさんがその炎の腕に拳を叩き込みます!
 周囲を震わせるような轟音を響かせ、その拳はエキドナの腕をへし折ります。

『――っ!』

 ゴキゴキと生々しくくぐもった音は骨を砕いていくもので、たまらずエキドナは腕を引き上げます。
 さらにエッジさんは空中で姿勢を入れ替え、その足で空を切ります。

「風王脚っ!」

 生み出されたのは、真空の刃。
 鋭い音を立て、それはエキドナさんの腕を斬り飛ばします。
 斬り飛ばされた腕は炎となって散り、エキドナさんが即座に腕を再生させていきます。

 僅かに稼げたその時間でアマンダさんは立ち直り、ウィンドフォックスも足を引きずりながらですがその場を離脱します。
 セリナさんが即座にウィンドフォックスの治療を精霊さんの力で始め、私の魔力も高め終わりました。

「セリナさん、行けますっ!」

 私の声にセリナさんが頷きました。

「ごめんねぇ、フォックスちゃん。ちょっと無理させるけど、頑張って」

 セリナさんは白い体毛を優しく撫でながらウィンドフォックスを励まし、前を向きます。
 作戦の始まりは、ガイナス・コブラからです。
 地面を滑りながら忍び寄り、それを悟らせまいとエッジさんとアマンダさんが仕掛けに行きます。

『何を狙うかと思えばっ!』

 エキドナは再生の終えた巨大な腕を横薙ぎに払い、エッジさんとアマンダさんを同時に狙います!
 しかし、二人はしっかりと予測しており、空中に跳び上がって回避。

「風王剣っ!」
「風王脚っ!」

 同時にスキルを放ち、エキドナの胴体を傷付けます。
 炸裂音が響く中、ガイナス・コブラは飛び出し、エキドナの首に噛みつきます!

 生々しい、砕く音。

 エキドナは喉を潰されて呻くことさえ出来ません。しかしガイナス・コブラも無事ではなく、炎の煽りを受けて鱗を焦がし、たまらず口を離します。
 そこに飛びこんだのは、ウンディーネの水の刃でした。
 極限にまで圧縮されて放たれたそれは凄まじい切れ味でもって、だらんとなったエキドナの首を刎ね飛ばしました。

 今です!

 私は地面を蹴り、その背後からキマイラが迫って私を追い抜きました。

『ふんっ! キマイラは炎に弱いんだよっ!』

 エキドナが焔の壁を生み出します。
 ですが、キマイラは何の躊躇いもなくその壁へ飛び込み、あっさりと通過します。

『何っ!?』

 エキドナの驚愕。当然ですね、キマイラが炎に弱いのは事実ですから。しかし、このキマイラは変異種。炎に強いのです。
 キマイラは獅子よりも猛々しい唸り声をあげ、その牙と爪でもってエキドナの上半身をズタズタに切り裂きました!

「今ですねぇっ!」

 すかさずセリナさんが指示を下し、ウィンドフォックスが風の刃を、ウンディーネが水の刃を生み出してそれぞれで片腕ずつ切断します!
 一瞬で首と両腕を失ったエキドナに、エッジさんとアマンダさんが追撃を仕掛けます。

「風王斬撃っ!」
「風王斬蹴っ!」

 二人が重なるようにして放ったのは、風の巨大な刃。
 回転しながら刃は高速で飛び、エキドナの上半身と下半身を分断します!

 ――どっちだ!

 思った瞬間、また精霊さんからテレパシーが届きます。
 何か考える必要はありませんでした。
 私は本能的に跳躍します。

「あああああああっ!」

 そのまま魔力の循環を極限にまで高め、更に炎を纏います。
 激しい燃焼の中、私は自分の力が上昇するのを感知しました。そして私は、力の全てを大剣に宿します。これで――終わらせる!

「《切り刻め》《運命の烈風》《極限に舞え》――――《絶風剣》!!」

 私は下半身に向け、全力で無数の風の刃を展開、放ちます。

『これは、こんなっ!? なんて、言うと思ったかい!』

 首から上だけになったエキドナは、焦燥を隠すようにがなりたて、炎を燃やします。
 精霊さんが動いたのは、まさにその時でした。

 まるで空中を泳ぐように、そして、水面から飛び出すような動きで跳ねて、静かな水を呼び込みます。

「そう言うと思ってましたねぇ」

 後ろでセリナさんが嬉しそうに言います。
 そう。全てはセリナさんの描いたシナリオ通りです。

「──《サイレンス》」

 放ったのは、鎮火、ではなく、魔力の流れそのものを停止させる魔術。これは精霊さんでなければ使えないもの。
 直接的な攻撃力はありません。
 しかし、これは究極的に相手を封殺します。

 荒れ狂うまでの魔力の流れを断たれたエキドナは、その炎のまま動きを止め──私の無数の風刃を受けました。

『はぎゃああああああああああっ!?!?』

 上がったのは、間違いのない断末魔。
 苦痛どころではないでしょう。何せ、魂そのものを切り刻まれたのですから。

「不思議に思ってたんですよねぇ。どうして、その皮膚の一片まで魔力であり、己の魂であるはずの魔族が、攻撃を受けて苦痛にまみれていても笑っていられるのか」

 セリナさんは私の隣までやってきて語ります。
 すでに全身ボロボロです。魔力を異常に浪費したせいか、汗が尋常ではありません。

「それは核が無事だからですねぇ。魔神ともなれば、核から魔力を産み出せますから。あなたは攻撃を受けるたび、核を身体中のどこかへ移動させて回避していたんです」
『アァ……カハッ』
「だったらその移動できる核の場所を制限してやればいいんですねぇ。その上で鎮静化し、核を丸裸にしたところで圧倒的な攻撃を加えれば──……」

 下半身が風の刃で消滅します。
 呼応するように、エキドナの残った体躯が炭化していきました。音もなく。

「滅びるだけですねぇ」

 セリナさんのその言葉は、勝利宣言でした。

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