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執事コンテストと亀裂⑳




翌日 朝 沙楽学園1年5組


「藍梨、おはよ」
「うん、結人おはよう」
今日は金曜日。 今日が過ぎると、藍梨と二日間は会えなくなってしまう。 だから頑張って挨拶をした。 何も話せないせいで、その休日を後悔しないように。
挨拶すると、彼女は少し微笑みながら言葉を返してくれた。 無視されなくてよかった、言えてよかった、と安心して胸を撫で下ろす。

少しの間藍梨と一緒に話をしていると、夜月が結人たちの教室に入ってきた。
「ユイおはよー。 お、藍梨さんもおはよ」
「夜月くんおはよう」
藍梨と夜月は軽く挨拶を交わすと、彼女は『ちょっと行ってくるね』と言って教室から出ていってしまった。
彼女が向かった先は“きっと伊達のところだろう”と思い気分が下がっている結人をよそに、夜月は口を開き言葉を発する。
「昨日もさー、また喧嘩している不良たちに遭遇したよ。 立川も、結構危ないのかもな」
「んー・・・。 そうだな。 油断はできねぇかもな」

夜月が藍梨について話さないのは、彼女とはまだ付き合っていると思っているため、今の光景を見ても何も不自然には思わなかったからだろう。
夜月たちには、藍梨と別れたことはまだ言えずにいる。

「あ、そういやさ。 土日空いてる?」
「土日?」
「そう。 柚乃さんが、ユイに会いたいってさ。 休日だし、そろそろストーカーも正体現すだろ。 だから、ユイもその場にいた方がよくね?」
「まだストーカーは付いてきてんのか」
「そうだよ。 それで、答えは?」
「あー・・・。 悪い、土曜日は梨咲と一緒に出かける約束をしてんだよ。 日曜だけじゃ・・・駄目か?」
申し訳ないと思いながら、夜月にそう尋ねる。 すると彼は、複雑そうな表情を見せた。
「へぇ、高橋と出かけるのか。 ・・・まぁ、藍梨さんには嫉妬させんなよ。 分かった。 『日曜なら大丈夫』って柚乃さんに伝えておく」
「あぁ、悪いな」

―――夜月・・・ごめんな。 
―――俺と藍梨のこと、言い出せなくて。

夜月と話をしていると、突然真宮が結人たちの会話に入ってきた。
「おう真宮。 どうした?」
突如現れた真宮にそう尋ねると、彼は複雑そうな面持ちで小さな声で言葉を発する。
「・・・あのさ。 黙っているのも嫌だし、やっぱり言っておこうと思って」
「?」
しばらく真宮が次の言葉を発するのに躊躇っていると、夜月が何かを察したのかそっと口を開いた。
「ん、じゃあ俺教室に戻るわ」
「いや、夜月も聞いてほしい。 というより、聞いていても構わない・・・」
「?」
「何だよ真宮」
なかなか言い出さない真宮に、結人は力強く話の先を促した。 そしてその発言を合図に、真宮は意を決してある言葉を口にする。
「ん、あのさ。 ・・・一昨日、藍梨さんと伊達が不良たちに襲われたんだ」
「ッ、は!?」
「いやでも、藍梨さんは無傷だから! 伊達は、やられちまったけど・・・。 そのー・・・。 助けに行くのが、遅くなって」

真宮は一昨日起きた出来事を全て話してくれた。 藍梨から“不良に囲まれた”という連絡が来て、真宮は助けに行った。 だが、その時には既に伊達はやられていた。 
傷の手当てに結人を呼ぼうとしたが、藍梨が気まずそうだったため家が近い悠斗を呼んだ――――と。

―――なるほど・・・だから伊達は、あんなに傷だらけだったのか。
―――・・・藍梨を、守ろうとしてくれたのかな。

「すぐに報告しなくて悪い! 伊達の家へ行って謝りにいこうともしたんだけど、伊達は『いい』って言って何度も断るから・・・」
最初は勢いがあったものの、徐々に声が小さくなっていく。 だが結人はそんな真宮を励ますよう、優しく微笑みながらこう口を開いた。
「いいよ、真宮。 つか、ありがとな。 俺が知らない間にそこまでやってくれていて。 伊達のことは、今が落ち着いたら俺から謝りにいくよ」
「でも・・・」

「それが、俺の役目だろ」

彼に不安を与えないよう、無邪気な笑顔を作りながらそう口にした。





今日は特に目立った授業はなく、適当に受けていたらいつの間にか全ての授業は終わっていた。
藍梨との関係も、付き合っていた時みたいに凄く楽しかったとまではいかないが、何とか会話することができていた。 それだけでも“今はこれでいい”と結人は思っている。
藍梨に負担をかけないよう彼女の様子を窺いつつ話しかけるようにしているが、それはそれで藍梨をより観察することができるし藍梨を見ていられるから、結人は幸せだった。
「結人ー」
「おう」
放課後になり、梨咲が結人のクラスまでやって来た。 明日は梨咲と出かける予定があり、明後日は柚乃と夜月と一緒に出かける予定がある。
藍梨のことを考え関わる時間はあまりないが、今の結人には丁度いいのかもしれない。 柚乃の関係とコンテストが終わったら、藍梨に対して本気で向き合おうと思っていた。
だけどもしかしたら、伊達は藍梨に告白をしてもう既に付き合っているのかもしれない。 それでも、今の気持ちを藍梨にきちんと伝えたかった。
―――まぁ・・・本当に伊達が藍梨のことが好きなのかどうかは、分からないんだけどさ。
―――でも、見ていたら大体分かるだろ。

「なぁ、梨咲」

結人は梨咲と一緒に空き教室まで足を運ぶと、彼女の名を小さく呟いた。





同時刻


藍梨はその時、先生に用事があったため職員室を訪ねていた。
「失礼しました」
用件を済ませ、職員室を出る。 今日も藍梨は、結人と話すことができた。 藍梨からは気まずくて話しかける勇気がないため、結人から話しかけてくれたことは素直に嬉しかった。
今でも結人と話をすると、凄くドキドキする。 メールをするだけでも緊張するというのに。 この時にまた“やっぱり私はまだ、結人のことが好きなんだ”と改めて実感する。 
―――もう・・・結人とは、終わったのに。 
諦めないといけないのに。 でも、どうして結人は今でも藍梨に話しかけてくれるのだろうか。 もしかして結人は、まだ藍梨のことが――――

「梨咲のことが好きだ」

―――え? 
―――・・・誰?
教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、突然誰かの声が聞こえてきた。 馴染のある声に、思わず声のする方へ足を進める。 

だがそこで、藍梨が目にしたものは――――藍梨が好きだった結人が、梨咲に告白をしている光景だった。 

その現場を見た瞬間、藍梨は耐えられなくなりその場から急いで走り去る。
___どうしてだろう。 
___どうして・・・涙が出てくるんだろう。 
___もう・・・泣かないって、決めていたのに。 
行く当てもなく、校内を走り続ける。
―――結人たちは、お似合いだって思っていたはずなのに。 
―――ねぇ・・・お願い。 

―――・・・涙、止まってよ。

ひたすらひたすら、自分の気持ちを少しでも紛らわせるように藍梨は前へと走り続けた。


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