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執事コンテストと亀裂⑲




もうすぐで授業が始まるため、梨咲とは別れそれぞれの教室へ戻った。 藍梨は既に席に着いている。
彼女の顔を見ると、先程まで泣いていたようには思えない程顔がスッキリしていた。 まぁ――――目は先刻より、赤くなってはいたが。 そして何も言わずに席に着く。 
真宮はまだ気にしてくれているのか、授業中はチラチラとこちらを向いてきた。 だが気まずくて、結人は彼のことを見ることができない。
―――藍梨と友達に戻るには、どうしたらいいんだろう。 
今は簡単に話しかけることができなかった。 恋人同士だった時と、恋人同士になる前の方が、簡単に話しかけることはできていたのに。
どうして今は――――こんなにも話しかけることが、苦痛になってしまったのだろう。 藍梨との関係はゼロに戻したくなかった。 
だからせめて、普通に話しかけられるようにはなりたい。 他愛のないことを話して、笑い合いたい。 

だけど――――この考えは、全て無駄だった。

国語の授業で隣同士でする段落読みも普通にできたし、英語の授業で『隣同士で一緒に問題を解いて』と先生に言われた時も、普通にできた。
藍梨と、自然と会話することができたのだ。 話しかけることが気まずいとか、結人の考え過ぎだった。
まぁ英語の授業に関しては、藍梨は英語が苦手ということは知っていたため、結人がほとんどリードしていたのだけれど。
その他、次の授業が体育で気乗りしなかった結人は『次体育とかだりぃな』と独り言のつもりで言ったのだが、彼女は小さな声で『そうだね』と返してくれた。
そして授業中、先生が結人に話題を振ってきたため軽いギャグで返すと、クラスのみんなは笑ってくれた。 その中で、彼女も小さくだったが笑ってくれたのだ。
真宮も二人が少しでも気まずい関係ではなくなったのを感じ取り、後半はあまりこちらを向いてこなくなった。

―――よかった、藍梨との関係はまだ完全に切れてはいなかったんだ。 
―――俺はまだ、諦めなくてもいいんだよな。 
―――藍梨のこと・・・好きでいても、いいんだよな。

再び藍梨に“好き”という言葉を伝える日が来るのを、結人は信じていた。





放課後


授業が全て終わり下校となった今、空き教室で結人と梨咲は二人きりでいた。 そんな中結人は、携帯を片手に画面と睨めっこをしている。
「ねぇ結人ー。 さっきから携帯で、何を見ているのー?」
しばらく携帯と向き合っていると、梨咲が隣に来てそう声をかけてきた。
「んー? 別に」
「早く練習しようよー」
「少しくらい待ってろって」
携帯には、今藍梨宛てのメール作成画面が映し出されている。 だが、本文に文字は何も書かれていない。
「結人ー、早く声を聞かせてよー」
そう言いながら、彼女は肩を掴み軽く揺らしてくる。
「声? 声なら今聞いてんじゃん」
「そうじゃなくてー! 執事の台詞を言う時の声だよー」
彼女の発言を聞き流しつつ、携帯を持っている手の指に力を込めた。 そして数文字、入力する。 

“今何してる?” 

―――これで・・・いいかな。 
藍梨に何も負担を与えない内容を打ち込み、送信ボタンを押す。 藍梨と少しでも繋がっていたいため、勇気を出して自分からメールを送ってみた。
「執事の台詞を言う時の声って、一体どんな声よ?」
先刻の話の続きを、笑いながら梨咲にそう尋ねかける。 やっと目を合わせたことに嬉しく思ったのか、彼女は急に笑顔になり言葉を返した。
「んー? 普段よりも、少し低い声だよ」
梨咲の笑った顔は嫌いではない。 寧ろ好きだった。 だが当然、藍梨には負けるが。
「梨咲は低い声が好みなのか?」
「別に? ただ普段とは違ってギャップがあるから、聞いていてキュンとくるの」
「何だよそれ」
教室の後ろでくるくると綺麗に回転しながらそう口にする梨咲に対し、結人は笑って言葉を返す。 そんな時、結人の携帯が鳴り響いた。 
相手が藍梨からだと分かると、すぐさま内容を確認する。 

“今はコンテストの練習をしているよ”

―――あ・・・そうか。 
―――そうだったな。
―――何をやってんだろうな・・・俺。 
ということは今この校内のどこかで、藍梨と伊達は二人きりでいるということになる。 そんな彼らに嫉妬するも、今の気持ちをそのまま文字にして打ち込んだ。

“あぁ、そうだったな(笑) 何言ってんだろうな、俺(苦笑)”

「結人、さっきから誰とメールしているの?」
「梨咲は知らなくていいんだよ」

“何か、結人らしいね(笑)”

―――俺らしい・・・か。 
これらのメールのやり取りで、気持ちが楽になった。 やはり藍梨と関わっている時が一番幸せだ、と改めて思う。
「結人ー」
藍梨にメールを返し、先刻からまともに構っていなかった梨咲の方へ足を進めた。 
突然動き出した結人に驚いたのか、その場に固まっている梨咲の前まで行き、その場に跪いて彼女に手を差し出した。
「それでは練習致しましょうか。 お嬢様」
そう言葉を発すると、梨咲はまたもや突然笑顔になり結人の手を優しく取った。





数十分後 帰り道


「やっぱり私、結人が執事をやる時の声好きだなぁ」
結人たちは練習を終え、今一緒に帰宅している。 このまま、梨咲を家まで送ろうとしていた。
「声目当てで、俺をコンテストに誘ったのかよ」
苦笑しながらそう口にすると、彼女は突如声を張り上げる。
「違うよ! 最初にも言ったでしょ。 私は、結人のことが好きだからって」
「・・・」
その返事がくると想定していたのに、結人は何も返すことができなかった。 

―――・・・どうして梨咲は、こんな俺を好きになってくれたんだろうな。

そんなことを思っていると、隣にいる梨咲がそっと口を開きこう尋ねる。
「ねぇ結人。 土曜日って、空いてる?」
「土曜日? んー、まぁ・・・。 今のところは予定ないかな」
「じゃあさ! 一緒にどこか、遊びに行かない?」
「ッ・・・」
その誘いに、一瞬言葉を詰まらせる。 あまり梨咲と関係を持ちたくはないが、今週の休日は彼女と二人で一緒に過ごせる最初で最後の休日だった。
―――でも一日くらいは、梨咲を楽しませてやってもいいかな。
そう思った結人は、元気よく言葉を返す。
「ん、いいよ。 ただし! 俺に密着すんのは、なしな?」
「えー! どうして?」
「どうしても何も、俺たちは恋人同士でも何でもないだろ」
そう言うと、彼女は怒った顔をしながら反論してくる。 それに対し、結人も反論する。 そして――――一緒に笑う。 梨咲とのこの関係が、結人は好きだった。
互いに何も気を遣うことがなく、何よりも素の状態でいられるからだ。 

―――藍梨ともまた・・・一緒に笑い合える日が、来るのかな。

「それじゃ、また明日な」
梨咲を家の前まで送った後、自分の家へと向かう。 帰り道、携帯を取り出しメールを確認した。 藍梨からの返事が来ている。 今日は寝る時間まで、藍梨とのメールは続いた。 
特に難しい話はせず、軽い世間話程度。 それだけでも結人はよかった。 明日は金曜日。 明日を越えれば、休日になる。 

結人は“藍梨との関係がこのまま崩れませんように”と願いながら、今日は眠りについた。


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