10話 たすけて Ⅱ
街は賑わっていた。
木造の簡素な家が建ち並び、質素な服を着た人達が自由に動き回ってる。いや、そうでもないか、働いてる人もいるみたいだし……でも、街にいるのは本当にただの人間なんだな。
少し汚れた服を着ているだけの人。骨じゃないし、透けてないし、耳も尻尾もない。ただの人間。
そのただの人間たちが立ち話をしている姿は、いたるところで見れた。男たちは嬉々として語り合い、その近くには女の人を立たせている。
多いな、男。
立ち話をしているのは大雑把に見て女性が二割、男性八割だ。どう考えたっておかしい。それに男は立ち話をしているだけで、仕事はなにもしていない。女が畑仕事をしていたりする姿が見えるのに。
「変だな」
「ええ、おかしいですね。この街も紗菜さんも」
大悟に言われて抱き上げている紗菜の顔を見上げれば、片方の手で自分の鼻をつまんでいた。
俺にはなんの匂いもしない。それどころか木の匂いがするくらいだ。けど、それだけなら紗菜の行動はよくわからない。
「どうかしたのか?」
「なんか、変な匂いが」
俺にはしないんだが。大悟も特にそんなそぶりはないし、紗菜だけ特別なのか?
いや、特別なのか。
紗菜の頭についた二つの三角を見て原因に目星がついた。
「あー、猫だからか。じゃあ、会話とかも聞こえてるか?」
勝手に納得して、ついでに猫耳のほうについても聞いてみる。
「うん、嫌な話してる」
ぴくぴくと揺らしながら頷かれた。
こういうときには便利だけど気をつけないとな。大悟と変な話してるときに聞かれるかもしれん。
「聞こえてる会話の中で気になることあるか?」
「……なくはない。けど、龍が助けようとしてる人の情報はないよ」
「そうか。なにかあったら教えてくれ」
そう告げると紗菜は無言で首を縦に振って、俺は紗菜の腕から抜け出した。そして手頃のなところにいた俺に背を向けている三人組の男に空を飛びながら近づいていく。
「すんません。変な顔文字の人の代理できたんですけど」
「ん? あぁ、引きこもりってやつ――っ、ぅひ」
話の途中まであらぬ方向を見ていた俺のほうを見ると、言葉と同時に、動作と表情が凍った。
怖がられてるな、流石に距離が近すぎたか。
わざと振り向かないと顔が見えない位置から声をかけて、振り向いた瞬間、鼻先が炎に触れそうな距離に無表情でいるんだもんな。青い炎をだした頭の骨が。
「お兄ちゃん、今のわざと?」
「ん? あぁ、まあな」
後ろから近づいてきていた紗菜が突然声をかけてきた。さっきまで龍だったのに突然お兄ちゃん呼びだったことに驚いたが、すぐに理由がわかる。
一秒のずれもなく三人の男たちの表情が変わった。
悪人らしい目だ。獲物を見るように、明らかに一人の女として見ている目。
そのまま俺に怯むことなく一人の男が声をかけてきた。
「そこの猫耳の女はあんたの妹か、可愛らしいな。あんたと違って。それで、俺たちが出した依頼についてきくんだよな? 引きこもり代理って名乗ったってことは」
「あぁ、そうだ。なるべく早く説明してくれ」
時間をかけたら、紗菜のことをそんな目で見てるのに耐えられなくて殴りたくなる。
死んでも口にしないような言葉を喉元に押し止めて、不機嫌を隠すことなく男を睨む。男も理由がわかっているのか、特に気にすることもなく笑みを浮かべていた。
「あんたから連絡をもらう十分前くらいにな、女が逃げたんだ。そこから女が逃げたと大騒ぎして、そのうち一人が引きこもりがいる、こいつに頼めば大丈夫だっつって頼んだんだ」
「なんで逃げたんだ?」
予想が出来ることを聞くのは無駄かもしれないが、一応聞く。
男はうなり声をあげたあと首をかしげて、別の男がもしかしたら、と口にしだした。
「もしかしたら……その女は農民だったんだけどな、ここ三日朝から日が暮れるまで働いてたんだ。そのせいかも知れねぇな」
「なるほどな」
それもあるのかもしれないな。それだけじゃないと思うが。
「逃げたって言ってたが、どっちのほうに逃げたんだ?」
周りの森を見たあと、最初に話していた男が迷わず指を指した。
「あっちだな」
「なんでわかるんだ?」
「大騒ぎしてるのを見ててな。結構な騒ぎだったから印象に残ってんだよ」
方向は俺たちが来た場所より少し右だった。
森のなかで役にたたない可能性も、こいつらの情報だから信用も出来ないが、覚えておく。
「どんな女だったのか教えてくれ」
「長い黒髪でな。身長はあんたの妹と同じくらい、いや、少しあんたの妹のほうが小さいか。そんで、胸がでかい。あとは少し痩せててな。可愛いというよりは美人な感じでな、肌とかも綺麗なんだよ」
そうそう、と勝手に同調する男を見てため息をつき、残る質問をすませる。
「性格は?」
「よく喋らないやつだったからなぁ。まあ、明るくはなかったと思うぞ。なぁ?」
「そうだな、どちらかと言えば暗かったと思う。話したことはないけどな」
身体のことを話してたときとの盛り上がりの差に呆れる。
そして、本当の原因を確信した。
あからさますぎる。身体について知りすぎなんだよ。話したことない割に詳しすぎるだろ。
目の前にいるやつらを殴りたくなるが、目を瞑って気を沈める。
「どうかしたの?」
「いやなんでもない。もう一つだけ質問するか」
ひと探しには馴染み深い。
いや、迷子のお知らせでお馴染みの質問だ。重要かつよくある質問を疑うような眼差しで見ながら口にする。
「女の名前は?」
「ほんとに一言も話をしなかったからなぁ。覚えてねぇやぁ」
「あっそ」
予想通りの返答をどうもありがとう。
目付きの悪い男に内心で毒づいて、紗菜の方をちらりと見る。これ以上いても紗菜が危なくなるだけか…………男のズボンが膨らんできている部分をを一瞥して、ため息をついた。
「情報はもらったから、あとはこっちで探す。あんたら手を出すなよ。紗菜行くぞ」
背を向けてそそくさと男たちから立ち去る。
そして、いつの間にか消えていた大悟を探そうと周りを見回した。
「あっち」
紗菜が指を指したが別に人に指しているわけではなく、木を指差していただけなので、怒るのはやめた。
大悟がいるらしい木のほうに向かっていると気になっていたことがあったことを思い出した。
「そういえば、紗菜が聞こえてた嫌な話って、女のことだったんじゃないか?」
「うん。胸が大きいとか、従順とか言ってた」
逃げたくもなるよな、こんな男ばっかりなんだから。
街から逃げ出した女の人に同情せざるを得ない。それくらいひどい場所だった。
「どうでした?」
「真っ黒だった。主に男が」
木陰から歩いてきた大悟に素直にそう言うと、いつもと変わらない爽やかな笑みで頷かれた。
こいつも最初からそんな予想をしてたってことか、と察した。
「あ、そうだ大悟。ひとつ頼みがあるんだけど、いいか?」
「ついてきている身ですから、なんなりとどうぞ」
「手頃なやつ一人取っ捕まえて、そいつと入れ替わって、助けたほうが良さそうな女の情報集めてきてくれ、基準は大悟に任せるから」
「洞窟に逃がしたりはしないんですね」
大悟の言葉に苦笑いを浮かべる。
「それは出来ないんだよ。飯が準備できないからな」
大悟は笑ってそれもそうですね、と言うだけ。わかってて言ってるのがまる分かりだ。
そのまま文句のひとつも口に出さずに街に向かっていく大悟の背中を見て……忘れていたことを思い出した。
「あ、待った! 集合場所と時間決めないとだよな」
「いえ、こちらのようが終わり次第、龍さんに連絡しますよ」
その言葉を最後に、出来る男大悟は街のなかに消えてった。