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9話 たすけて Ⅰ

 助けに行ったときから遡る。

 洞窟暮らし初日は二人が着替えたあと、そのまま床に寝る。

 そして次の朝。俺は動けずにいた。
 あー、かったるい。今日はこのまま惰眠を貪る引きこもりになろう。
 脳内会議にかけて、二秒で決定。布団があればもっと早かったんだけどな。

「てなわけでおやすみ」
「おやすみじゃなくておはよう。それに龍。スマホつきっぱなしだったんだけど。勿体ない」
「お前は俺の妹か」

 くそ、地面がぼこぼこしてて二度寝しにくい。紗菜が頭しかない俺の体を揺するせいで尚更ぼこぼこが引っ掛かって、痛みで意識が覚醒しそうだ。うぅ、うぅぅ……
 仕方ないから起きてやるか。
 紗菜と反対の壁を見ていた頭だけの寝返りをうち、紗菜が持っている俺のスマホを受け取って、炎で操作してチャットを覗く。

 四文字に気がついたのはその時だった。
 送り主の名前の後ろについた交代の二文字に注目しながら、しおという名前の送り主に向けてオープンチャットで待ってろと送る。




「あれ、チャットに待ってろって打ち込んでる人がいる。善人の人には、ちゃんと助けに行く人もいるんだ」
「ほんとですね…………名前はなんて読むんですかね。これ?」

 -_-の三文字。
 私にはどう見ても顔文字にしか見えなかった。頭を捻りながら今朝龍のスマホに映っていたユーザー名を考える龍のなんだったけ。そう言えば、龍に内緒で個人登録したんだよね。

「顔? …………あれ、いや、え!?」

 画面に映った情報に驚いて、声をあげた。

「どうしましたか?」
「このアカウント,龍の…………」

 沈黙。あまりの出来事に人見知りすら起こらなかった。

「行ってくる」
「私も行きます。面白そうですから」

 そう言って私たちは龍の後を追った。




「あー、飛んで行ってるにしても動き遅いな。流石に待たせ過ぎて殺されてたじゃ、洒落になんないぞ」
「うん、洒落にならない」
「面白そうなことをやるのなら、教えてくださいよ。龍さん」

 するはずのない声に後ろを見れば紗菜とイケメンの大悟がいた。

「なんでいんの?」

 少し声音を下げてそう言うと、紗菜が弱気になる。

「だ、だって、龍が…………」
「ところで龍さん。この名前、なんて読むんですか?」

 -に_が挟まれた顔のような名前。けど、意味がある。
 いや、妹の動画を見ていたならピンと来るやつがいるかもしれないからここでも使ったが、この二人は情報屋じゃなかったか。

「それは引きこもり。マイナスさんとか、無言の顔とか前は色々呼ばれてたが」
「ほんとだ。引きこもりに頼みたいことがあるって言ってる人がいる。けど、なんでこれで引きこもりなの?」

 頼みたいことがあるって言ってくるってことは、情報屋じゃない。読み方知ってるってことは、俺が助けた人の逆サイドか? 
 いや、動画見て知ってたって線もあるか。
 それに、この-_-顔文字擬きと引きこもりの名前は妹が行った場所では大体噂になったから、というかあいつが流したから、普通の人間で知ってるやつがいてもおかしくはない。

「それはな。マイナス、つまり引くの間に布団敷いて籠ってるのを表してんだ。って、妹のネーミングな。俺がつけたわけじゃない」
「確かに言われれば見えなくもないけど」

 微妙に見えなくもないから、思ったよりも反応に困るんだよな。俺は名乗ったというより名乗らされたというほうが正しい。妹に初めてあったときは引きこもりじゃなかったからな。俺が名乗ってるわけがない。
 それに名前を考えるのも面倒くさい。

「じゃ、俺はスマホ見るわ。あ、あと紗菜。悪いんだが、運んでもらえないか?」
「…………私がお兄ちゃんって呼ぶのを許可するなら、私もこれから龍を運ぶのを許可する」
「いや、それくらいなら全然構わんが」

 というか、そんなことで運んでもらって良いのか? という質問はしっかりと口に出さずに飲み込んだ。言うと条件が悪くなるかもしれないということはよくわかっている。

「うん。じゃ、行こう。お兄ちゃん」

 いや、ん? 
 ちょっと待て冷静に分析してみたら、メイド服を着たケモミミの年下に運んでもらいながら、お兄ちゃんと言わせる。しかもそれが実の妹じゃないときた。
 これはかなり犯罪っぽいのでは?

 紗菜のやつ眩しいほどの笑顔しやがって、そんなに俺が引っ掛かったのが嬉しいか!
 ……そのうち慣れるか。

 怒るのもめんどくさくなり、楽観的な結論を出してため息をついたあとスマホを見る。
 紗菜が言ってた依頼ってのはこれか。

「引きこもりに人探しを頼みたい。探すのは農民の女だ。お前なら簡単だろう。報酬は来てから話そう」

 いやまて、なんだこの胡散臭いのは。
 てかタイミング的にこの農民の女ってしおだろ。一応他のやつの意見……。
 大悟にでも聞くか。紗菜に聞いても話にならなさそうだしな。

「大悟、この頼み胡散臭いと思うの俺だけか?」
「いえ、私もですよ。この探す相手がしおという人が女性ならばそれこそ龍さんを貶める罠でしょう。いえ、それでなくとも悪人の依頼は受けないというレッテルを貼る為かもしれませんね」

 なるほどな。確かにその可能性もあるか。
 実際,直感的にこの探せって言われてる女性はしおって人な気がする。なんの根拠もない勘だが。

「とにかく、こっちの女を探すって奴と連絡とったほうが良さそうだな。しおってやつは連絡とれねぇから、今はなにかやってるんだろ」
「あ、この悪人の人とはもう連絡とりましたよ。場所もわかっています」

 爽やかスマイルでそう口にするイケメンスライム。優秀だな、ありがたい。
 さてと、そらされてたことについて考えるか。
 元々俺は一人でこういうのをやっていたんだから、現状についてはしっかり考えないといけない。
 特に、趣味に紗菜を巻き込むかどうかだ。
 大悟の面白そうだからってのはありだ。なにかをやるときは普通そんくらいの意気込みでやるからな。で、紗菜のほうは…………理由を教えてもらってないか。

「紗菜、ひとつ聞いていいか?」
「なに? お兄ちゃん」

 見上げた先、真上から紗菜の嬉々とした声が俺の耳に届く。だからこそ、こんな質問して機嫌を損ねないか? と思う。
 聞かないといけないことだから仕方ないのだけれど。

「なんで追いかけてきたんだ?」
「……りょ、龍のことが気になったから」
「嘘だな。お前は気づいてないかもしれないが、嘘つくとき、左の耳が震えてるぞ」
「え、嘘!」
「嘘だ。けど、こんな古典的なのにかかるとは……驚くってのは、嘘だって認めてるようなもんだぞ?」

 紗菜が悔しかったのか歯噛みして、憎々しげに俺のことを睨む。
 だから俺はため息をついて一言だけ言った。

「そんなに言いたくないなら言わなくていい。でもな、誰だってなにかしらはあるぞ? 紗菜が言うなら俺のやつでも言ってやろうか?」
「龍のは気になる。でも、私のは……」
「龍さん、紗菜さんは悪人なんですよ」

 大悟のその一言で、紗菜は目を見開いた。そして大悟を睨んだ。本気で。
 けれどすぐにはっとして、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「龍、騙しててごめん」

 弱々しい声だった。けれど、言われたほうである俺は、開いた口がふさがらないような、そんな間の抜けた顔を浮かべていた。いや、だってなぁ……

「なに言ってんだよ、頭でもおかしくなったのか?」
「悪人の私が、善人の振りをして龍の友達に……」
「なあ大悟」

 俺が突然会話のボールをパスすると、大悟は動揺することもなく、なんですか? と聞いてきた。だから俺は聞く。

「悪人と善人の違いってなんだ?」
「難しい質問ですね。けれど、そうですね。明確な違いはないと思いますよ。それこそ、神の采配です」
「ま、そうだな。でだ紗菜。とにかく言いたいのは俺と大悟はそんなちっさいこと気にしてないってことだ。昔がどうあれ今はこうして人助けに行くみたいだしな」

 今さら置いてくなんて言えないよな。
 紗菜が嬉しそうに笑っているのを見て、俺はそう考えた、と思う。いや、考えてないか。俺も嬉しかったからな。
 大悟はいつも通りの爽やかスマイルだったが。

 妹……ナナもちゃんと紗菜みたいに話ができるといいな。とか考えると謎パワーで俺ことを見つけるかもしれん。
 なるべく考えないようにするか。

 とりあえず別のことに考えるために、大悟の爽やかスマイルを眺め続けた。
 そんな大悟の案内のもと、俺達は悪人の街に到着した。

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