8話 たすけて 三
さあ、ご飯を食べよう。
私は手に持っている前世からの付き合いの携帯食料を口に含んで、咀嚼する。いつもは味を気にしていられなかったそのご飯も、今日に限っては美味しいような気がした。
そして、私は木漏れ日を見つめる。
スマホは部屋に忘れてきたけれど、今さら私が助けを求めていたことを知っても、逆上した彼らは私のところに来れない。だから、それを理由に弄ばれることはない。
少し残念なのは、今はこの足のせいで動くことができなくて、疲れてもいないから眠むること出来ないということ。暇を潰すものがなにもないから、チャットができるスマホがあれば良かった、と今更ながら思ってたりする。
まあ、今更戻ることも出来ないし、私はこのまま森の観察でもしていようと思う。
目に映る植物は、毒草や、私の家に使われていた木。それに薬草なんかもある。
動けるんならあの薬草を取ってくるんだけどな。
出来ないことを考えながら、苦々しい自嘲的な笑みを浮かべた。
痛覚が戻ったときのことを考えると、これ以上の無茶は出来ない。けれど、このまま動かなくても大丈夫だと思う。
追っての人たちは食料を持ってきていなかったし、一度戻ってから来るなら、まだ私の食料がなくなる二日は捕まる危険はないはずだ。
暇潰しにこの世界ならではの知識を使って植物を取ることにした。薬草を取るのが当面の目標だ。いつの間に得た知識なのかなんて、この際どうでもいい。
まず、魔力ってやつを使ってみよう。
身体のなかに流れる血を注射器で抜くように、魔力を身体の外に出す。知識のなかでは難しいとなっていたことだったのに、始めてから数分で出すことが出来た。
手のひらから出る魔力、は真っ赤に輝いていて、危険だけれど美しい。そんな雰囲気だった。
次の段階に移ろう。
次はこの魔力を植物に与えて、私の操作が出来るようにする。魔力を操作することから練習するのが良いのだろうけど、魔力自体を操作するには魔法が必要で、農民の知識に魔法の使い方は入ってなかった。
だから私は、一段とばして物体操作の練習をする。
まずは手に乗っている私の魔力をなにかに移す。
物体が大きいほど魔力は必要で、使いすぎると身体に影響が出るらしい。私は今、身体の状態を認知できないはずだから慎重にやらないといけない。
手の届く位置に生えていた本当になんの役にもたたない雑草に魔力を移した。
葉の部分が少し赤く染まったけれど、まだまだ操作は出来ない。身体に流れる魔力の流れを確認してから、出来そうな範囲でその雑草に魔力を与えた。
今日出来たのは、茎の部分が赤く染まるところまでだった。根が染まってないとわかったのは、まだ動かすことが出来ないからだ。
よし今日は、この辺で終わりにしよう。
いつの間にか暗くなっている周囲を見てそう決めた。ご飯はここについたとき食べたし、あとは寝るだけだ。疲れは感じていなかったけれど、目を閉じると不思議なほどすぐに眠ることが出来た。
「ん。うぅーーん」
上半身だけ延びをして起床。いつもよりもぐっすりと眠ることが出来た。
朝起きたら、まずは魔力を確認した。本当は川に行きたいけれど、この足じゃ行けないし仕方がない。
正確な状態はまだ確認できなかったけれど、昨日始めに出した量と同じくらい出しても、意識が飛びそうになることはないし、回復はしているみたいだ。
魔力を少しずつ出しては雑草に移して、動くかどうかを確認する。三回もやれば雑草は葉を手のように動かし、根を足のように動かして走ることが出来るようになっていた。
「なんとか出来たみたい」
そこまでいってわかった。
魔力は出すことよりも動かすことのほうが難しい。視覚が動かすものにはないから、狙った場所に動かすことが出来ない。
移動は簡単に出来るんだけど、木や他の草にぶつかってしまう。
「あれ、転んじゃった。……頑張れ、立ち上がって」
自分が操作をしているのに応援して、雑草を動かし続けた。
しばらく練習してから、私は雑草に名前をつけた。
「ネイにしようかな。フォレは木じゃないから違うし、リーだと、中国か、韓国か……とにかく違う気がする」
由来は、自然。ネイチャーからだ。
安直だけれど、働き詰めだった私にはそう言う知識はあまりないし、仕方がない。
真っ赤な雑草、ネイに暇潰しにシャドウボクシングやダンスをさせて遊ぶ。いつ以来だろうこんなに自由な時間を過ごすのは。
仕事詰めが嫌だった訳ではないけれど、こういう時間も楽しい。
さあ、そろそろネイを薬草取りに向かわせよう。
ネイをとてとてと走らせて、雑草の目の前に向かわせる。
自分と同じくらいの大きさの薬草を引き抜こうとするネイは、なんとも愛らしかった。なんというか、健気な感じが可愛い。
「……頑張れー、頑張れー」
あの薬草は最悪千切るだけでも良いのだけれど、草で草を切るなんて難しいよね。しばらくネイを働かせていると色が葉先の色が紫になってきたので、これじゃあ操作できなくなると、慌てて私の手の届く位置に戻した。
「どうしたんだろ?」
ネイに手を当てて、ネイに流れている私の魔力を確認する。すると、どうやら薬草の持っていた治癒性のある魔力を触れることでネイが持ってきたみたいだ。ネイ、出来る子!
この魔力を私が出すように放出することが出来れば、私の足を治すことが出来るかもしれない!
ネイの中にある薬草の魔力を動かそうとするけれど、どうしても動かすことが出来ない。どうしてだろうと考えたけれど、考えてみれば簡単だった。私自身の魔力じゃないからだ。
そうとわかれば作戦変更。
ネイの根っこから私の魔力を入れて葉先の魔力を押し出す。その葉先を私の足に触れさせておけば、治癒成分の含まれた魔力は私に流れるという感じだ。
結果的にそれは成功した。けれど、魔力が足りないのか、あまり治らなかった。ほんの少しだけ見た目がましになった程度だ。
「ネイ、もう少し頑張ってね……」
私はネイをもう一度薬草のもとに向かわせた。
そして、薬草に触れると、どこからともなく飛んできた鋭い目付きの鳥がネイを咥えて飛んでいった。
「あ――っ! ネイ!」
叫んだ。初めて動かしたネイに愛着が湧いていたんだろう。
そしてそれは迂闊だった。
「おい! あの女の声がしたぞ!」
「あー、やっと見つけたか」
二人分の男の声が聞こえた。
私の頭は真っ白になった。予想では男がここまで来るにはまだまだ掛かるはずだった。なのにどうして…………一人は私が来たほうから、もう一人は私が向かっていた先から。
どうして、どうして?
逃げなきゃ……
どこに?
道は両方塞がれている。どっちにも行けない。それにこの足だ。逃げることなんて出来るはずがない。
明るかった木漏れ日が雲のせいか消えた。
「見つけたぞ! 農民の女だ!」
「嫌、嫌……」
私は必死に呟いた。どうして、どうしてなの? なんで?
私はみんなのために頑張ってた。逃げ切った。そのはずなのに、どうして目の前にはあの人たちがいるの?
嫌だよ。生きたいよ。死にたくない。
みんなみたいな人のために私は……
「嫌だって」
「だろうな。俺もあんな男のナンパよりは昔の俺がナンパしたほうが可能性があると思うわ」
「案外過小評価なんですね。龍さんの性格ならモテたでしょうに。でもどうしましょうか? あの足では逃がせませんよ?」
私の知らない声が聞こえた。
目の前にいる醜い男とは違う賑やかな会話。けれど、もう私の手はあの人に捕まれていて、引き摺るように動かされた。卑しい笑みを浮かべた男たちに……
「逃がさないって。聞こえてるだろうから言っておくが、しおってやつ。気絶するなよー? よし、聞こえる言ったから紗菜、消える魔球やってみよう」
「き、消える魔球?」
「要するに投げろということですよ」
「……ん。わ、わかった」
そんな会話のすぐ直後。目の前を青白く光る球体がこっちに向かってきた。そして……
醜い笑みに球体がぶつかる。
「い、いってぇぇぇ! あー、ちくしょうが。まじで腹立つわ。まあいい。ひとつ言ってやる。今は悪魔が微笑む時代なんかじゃねぇ、骸骨が微笑む……って、こいつ気絶してるし、他のやつ聞いてないし、しおには伝わってないな。くそが、許さん」
そこで言葉を区切った骸骨頭が、一呼吸おいてもう一度喋る。
「どこぞの動画サイトで俺の出没情報を集めてた妹はいないが、久しぶりの人助けだ。張り切らせてもらう。だから…………」
骸骨頭の目が怪しげな青い炎を灯した。
「逃げんなよ?」
にやりと笑った顔と、燃えたぎる炎。
その姿は化け物だったけれど、凄く温かかった。