11話 たすけて Ⅲ
大悟が街に入っていってからしばらく経っても、俺たちはまだ大悟と別れたところに佇んでいた。
多分俺が動いたらついてくるつもりなんだろうな。
そんな予想を立てるが、まだ動けない。紗菜に聞かないといけないことがある。
「あのさ、紗菜」
「なに?」
待ってましたと言わんばかりに興奮している紗菜の尻尾をばれないように見てから紗菜の顔を見る。真面目な表情というより少し無愛想な表情をしていて、不覚にも可愛いと思った。
尻尾とのギャップが可愛いという話だが。
「お兄ちゃんって呼ぶやつ。俺に妹のこと意識させて聞き出そうとしただろ?」
「……なんでそう思うの?」
尻尾の動きが止まって、表情は変わらないまま。どうやら本当に真面目モードみたいだ。
急な変化とプレッシャーに耐えられず、木漏れ日が差し込む緑と、普通の空が見える森と街との境目で上を向いた。
「なんとなく、そんな気がしたってだけだよ。間違ってたか?」
紗菜は緩く首を横に振って、ゆっくりと話し出した。
「龍にあったばっかりのとき、言いにくそうにしてたの思い出したから気になって、これが揺さぶりになるかなと思ったんだ」
誤魔化すことなく話してくれる紗菜に、嘘ついたりしないんだなと、素直さを微笑ましく感じた。
だから俺も、嘘をつかないことにした。
「妹が似てるってのは言ったよな?」
無言で頷いてくれる紗菜を見て、そこから話を続ける。
「名前はナナ、本名は違うんだけどな。兄妹間のあだ名みたいなもんだよ。で、そいつがさ。子供なのに妙なところで大人ぶるんだよ。勝手に空気読んで行動するんだ。しかも俺以外には全然なつかなくて、ずっと俺が面倒見てた」
吹く風の音と、葉の揺れる音がしっかり聞こえるくらい。紗菜は静かに聞いてくれている。
俺もここまできて言わないなんてのは情けなくて意を決して口にした。
「ナナは俺の妹って言っても義理でさ。三年くらい前だったかな趣味の人助けで街歩いてたときに拾ったんだ。しかもそいつが変な力使って親を洗脳したりするんだから、俺もびっくりしたよ……って、なんだその顔」
目を白黒させていて、驚きすぎて意識が飛んでるみたいだった。
「あ、いや、驚いて。それで、ナナちゃんは?」
「いや、こんくらいにしておくよ。あいつの昔話をすると暗い話になるしな。とにかく言いたかったのは、紗菜にもそんな感じの過去があることはわかってるから。あんま気にすんなよってこと。あと、話したくないやつと無理に話したりしなくていいぞ」
街にいた男と話していたとき、少し不思議だった。どう見ても年上の人なのに話せているのが。だから思った。
元からどんなやつかわかっていて、話なんてしたくないから人見知りが起こる余地なく、無理やり話をしてるんだろうなと。
俺に街がどんななのか伝えるために話に混ざってくるとか、バカらしいだろ。
紗菜は、えへへと控えめに、わざとらしく笑った。
「あ、話かわるけど、今日野宿する予定だから」
「えっ?」
当然の反応だった。
でも、街周辺の人探しをしつつ、そのまま大悟のやつが終わるまでは野宿をするってのは俺のなかでは決めていた。
それに……今の話を続けてたら、紗菜が泣くような気もしたしな。
「まだしおって人見つけてないからな。紗菜の耳と鼻で今日中に見つけられば野宿はなしにするから、頑張ろうな」
「ん、頑張る」
両手を胸の前で動かして、かなりあざとい頑張るアピールをした。普通やんないぞ、それ。
心の声が聞こえたんじゃないかと思うぐらいぴったりのタイミングで紗菜が恥ずかしそうに笑う。
森のほうに向かって飛んでいく。
「龍……ありがと」
後ろからかけられた言葉は聞こえなかったフリをして無視した。俺が気をつかって話をそらしたことはバレバレだったみたいだ。
小走りで紗菜が俺の横にやってきて「あ、でも待って」と声をかけられた。今度は無視しないで「どうした」と聞くと、紗菜は少し考えるような動作をしてから俺たちが向かう方とは違う方向を指差した。
「あっちに川があるから、ちょっと色々したくて」
そう言いながら自分の髪をさわる。水浴びでもするみたいだ。
「川入ってる間俺はどうするべきなんだ?」
「大人しく待ってる以外に選択肢ないでしょ……ないよね?」
そうなんだけどな。覗いた方が面白そうではある。
まあ、バカなことしてないで待ってるべきか。近くにあの街があるわけだし、非常時には覗くことになるかもだしな。
紗菜が一人で歩いていくのを見て、俺は途中まで尾行した。
別に覗きのためじゃなくて、川が見えないからだ。
紗菜には音でも聞こえてたんだろうが俺にはなにも聞こえなくて、場所がわからなくなるため、少なくとも音が聞こえるところまでは行こうってことだ。繰り返すが、断じて覗きのためではない。
しばらく尾行すれば水の音が聞こえてきて、俺はそれ以上先に進むのをやめた。
紗菜のこと心配だな。
身体を地面に下ろして目を閉じ、人探しに備えて休みながら考える。
別に紗菜だけが心配な訳じゃない。しおって人も心配だ。けど、紗菜のほうが近くにいるから贔屓してしまう。
目を閉じていると川の音が鮮明に聞こえて、紗菜が鼻歌を歌っているのを聞こえた。なんか盗み聞きしてるような気がしていたたまれなくなり、考え事を再開しようとした。
微妙に温かく、川の音で涼むのが気持ちよくて、気がついたら眠りに落ちていた。
身体が持ち上げられて木に寄りかかって地面に寝るのとは違う、柔らかい感触がした。
深い眠りに落ちていきそうな寝心地の良さ。けれど、森で寝てるのを思い出して俺は片目だけ開いた。
木に寄りかかっているメイド服を着た紗菜のお腹が目の前に見える。足の上にのせられてるみたいだ。
「よく寝てる」
紗菜の声が頭の上から聞こえて、俺は慌てて目を閉じた。
「……実は龍の妹の話聞いたとき、少し嫉妬したんだ。洗脳とかはよくわからないけど、龍が家族なの羨ましいなって……身内が引きこもりなのは大変かもしれないけど、優しいから毎日楽しそうだなって」
一人喋りだした紗菜の言葉を、俺は目を閉じて無言で聞いていた。
「大悟が私は悪人だって言ってたけどそれだけじゃなくて、本当は人殺しなの」
その言葉に俺は驚いた。
俺が知ってる紗菜がそんなことをする人間には見えなくて、なんでそんなことをしたのか気になった。
「私、いじめられっ子でね。死ぬ直前の日までずっといじめられてて……トイレで水かけられるとすごい寒いんだよ。まあ、そんなだったから、顔見ればなに考えてるのかわかるようになっちゃった。って、そうじゃなくて、私が殺したのは私のことをいじめてた子なの。多分あの子もここに来てると思う。自殺する前に道ずれにしてやろうと思って、突き落としたんだ。……引いた?」
突然の疑問符で、話を始めたときから俺が起きてるのわかっていたことに気がついた。だから、俺は目を閉じたまま答える。
「別に引きはしないかな」
「そっか。じゃあ、私のこと言ったし龍にひとつ聞かせて」
「なんだ?」
「龍ってなんで人助けしてるの?」
俺は目を開けて、紗菜の泣き顔を見た。
まさかそんな質問が来るとは思わなくて、不意をつかれた。すぐに今見ちゃダメ、と言って俺の目を手で隠すのも不意打ちだ。
言うの辛いなら言わなくてもよかったんだけどな。なんて言葉を今さら口にはできなかった。
「俺が人助けしてるのは単なる趣味だよ。今話すほど面白い話じゃない」
元々正義感が強かったとか、表面的な可能性は語れるが、その実俺がこうしてるのは、つまらない意地だったりする。
初恋の人の困ってる人を助ける人が好き、なんて言葉が理由で人助けを十年近くしているのなんて聞いても面白くないだろう。
まあ、その人はその言葉を聞いてから会ってないし、今となっては単なる思い出だけどな。
だから俺は静かに寝たフリを再開して、紗菜が寒くならないよう炎をつける気遣いだけはして、紗菜が泣き止むのを待った。
この距離だと堪えてて小さいけど、聞こえるんだよ。
そう言えばさっき見たときもう夜になってたな。なんて、寝過ぎたことに気がついた。