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第1話

 
挿絵


「……って、なんなんだよ⁉︎」
山田美妙(やまだびみょう)は同じ台詞(セリフ)を、この一時間でいったい何度口にしたであろうか。
両手で抱えている二尺二寸の打刀(うちがたな)––––燭台切光忠(しょくだいきりみつただ)をさらにきつく胸に押しつけた。

––––彼はいま、馬車の中にいる。

「なんなんだよ!」
また吐き捨てた。
道に迷っていたであろう、おのぼりの娘に声をかけた––––ただそれだけだった。
「いろは」に連れていった。そこでいきなり、少女ふたり長槍での本気の殺し合いが始まった。
彼女たちを追って浅草寺(せんそうじ)本殿の裏手にまわったら、今度は金髪の鎧武者から燭台切光忠を渡された。

……パチン、パチンという乾いた音が車内に響く。
「自分は巻き込まれた、そう思ってるね」
神主のような白い狩衣姿(かりぎぬすがた)の中年の男が横に座っていた。
その手には算盤(そろばん)がにぎられおり、ほほえみを美妙に向けながらも、指は絶えずコマを弾いている。
「巻き込まれた? それ以外の何ものでもないでしようよ!」
美妙は声高に叫ぶ。自慢の突き出た髪は力なくたれ下がり、肩を震わすたびに右に左に大きく揺れる。


美妙に刀をわたした甲冑姿の異国人はあろうことか、一度の跳躍(ちょうやく)で本殿の瓦屋根に飛び移り、槍を打ち合っていたふたりの少女たちの真ん中に分け入った。
ひと言ふた言何ごとかを告げると、ふたりとともに地上に降りてきて、いつの間にかそこに用意されていた馬車へと乗る。
「あなたもです」
 
呆気にとられていた美妙に、御者台にのぼった金髪武者から声がかかった。
「……え? あ、あぁ」
言われるままに、美妙は車内に身を滑りこませた。
––––この異国人が誰なのか、なぜ少女たちは殺し合いをはじめたのか、馬車はどこに向かっているのか、何もわからない。言われるままに乗ってしまった。

馬車の中に、すでにふたりの男がいた。
ひとりは白狩衣の中年。
いまひとりは、二十代半ばの和装姿の男。目をつむり、腕を組んでいた。入ってきた美妙に、何の反応もしめさない。
「……ちぃっす」
ぼそりと言葉で返し、その長い髪を少し揺らして頭を下げると、美妙は狩衣男の横に腰を下ろす。

「うぅぅぅぅ!」
「くぅぅぅぅ!」
和装の青年をはさみ、栄子(えいこ)(きん)が獣じみた唸り声を出しながらにらみ合っている。
「先生、 聞いてくださいよぉ〜このメス犬、急に噛みついてきたの〜栄子、もぅ、追っ払うの大変で〜」
鼻にかかる甘ったるい声を出しながら、栄子は和装の若い男の腕にしなだれかかる。
繁盛店の女主人だけあって、わずか十六歳にして相当な手練手管(てだれてくだ)の使い手であった。
「なっ! なに言ってるんですかっ! そっちがいきなり仕掛けてきたくせに!」
端整な顔を(べに)とお歯黒で彩色している錦は、さらに忿怒(ふんど)(しゅ)を加えて反論。
「きゃぁ、怖い〜っ! 徳富(とくとみ)先生助けてくださぁ〜い!」
まったくこわそうじゃない悲鳴をあげつつ、栄子は徳富と呼ばれた男の腕に、胸を押しつけるよう身体をぴたりと寄せた。

「……こ、このっ!」
錦が怒りに震えて声をあげようとしたが、それよりも早く、
「あ、あんたが徳富……徳富蘇峰(とくとみそほう)かい⁉」
美妙が腰を浮かして、和装の青年に詰め寄った。

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